第8話-1 理想郷



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 ゲーム世界に転生する前から、妹はまあまあ可愛い顔立ちをしていた。身内がそんなこと言ってもなんの説得力もないだろうが、学校でもそれなりにモテていそうなくらいに。インドア趣味にしては溌溂とした雰囲気、やや小柄だが背筋がしゃんと伸びていて、いつも明るく笑っているような女の子。本人に美人だなんて自覚はなかっただろうが、家族に愛されているということは必要以上に理解していたので、俺に遠慮なくわがままを言い、好きに振舞って、そのうえで誰にでも優しくて親切な子だった。

 フレイヤになってからは「主人公らしい」外見が強調されて、元来の性格により一層合っているようにすら思える。特権のない家庭の生まれではあるが、才能と運に恵まれ、自らの力で出世コースを駆け上がり、どんなルートだろうと物語の中心に立つに相応しい活躍をみせる。絶対に選ばない未来だと言っていたが、王子とパートナーになる道に進むことも可能なくらいには、国民を惹きつけるカリスマ性だってあるのだろう。


 そんな女が、地べたに這いつくばって覗き見をしている。

 あまりにも嘆かわしい光景ではないだろうか。


「……久々に見る妹の姿がコレって、俺もう頭抱えるしかないんだが」

「静かにして! 気付かれちゃうでしょ!」


 茂みに隠れるようにしてコソコソと話しているところを、万が一にも誰かに見られたら、俺の次期国王としての立場も怪しくなる。

 生き方の方向性が定まってきたことを報告しようとフレイヤを探していたはずが、当初の目的が薄れて霧散したことに諦めを感じるよりほかない。妹の視線の先を目で追って、こんな風に監視されている憐れな男二人を視界に捉えた。


「なんだ、副会長じゃないか」


 ショー・アルパ──生徒会の副会長を担う、学園における俺の片腕といって過言ではない優秀な男だ。入学当初から実質学園のリーダーを勤めてきただけあって、人望にあつく仕事もデキる。ほう、と思わずにやける顔を抑えきれなかった。


「なんだお前、ああいう男がタイプなのか。良い奴だよなアルパ。俺はいいと思うぞ応援する」

「は……?」


 なぜ氷点下のような視線と、木の根より低く深い声で威圧されねばならないのか、全く意味が分からない。


「やめてよ!! 私は、アルパ先輩とクリエの仲を見守ることだけが生き甲斐なんだから!」


 唯一の生き甲斐っていうのは盛りすぎだ。オタクという生き物は遥か太古より大袈裟な物言いが特徴とされていたと聞くが、悪い癖である。


「アルパと……え? なんだって?」

「だから、私の幼馴染のクリエ。クリエ・オメガよ。私と一緒に田舎から出てきて、この学園に入学したの。魔法職人としての腕は将来的にこの国で一番になる設定なんだけど、まあメタだからその辺はいいか」


 さらっとネタバレをしないでくれ。お前が作った設定とはいえ俺にとってはもう現実でしかないのだ。神視点での発言はお控えいただきたい。


 妹曰く、アルパとクリエはこの学園で出逢い、意気投合して親友同士となるらしい。心を救い合う間柄などと妹は言うが、つまりはカップリングとして見ているのだ。そう、妹は、古に生まれ表舞台に出ることなく静かに衰退したBLと呼ばれる女性をターゲットとした物語を、好んで親しんでいるのだ。

 キャラクターならともかく、もはや実在する人間ふたりに対して、そういうスタンスで目を向けるのは如何なものだろうか……。

 兄としては窘めたい心境でもあるのだが、今は他人だしな。フレイヤの人生や趣味嗜好に口出しできる立場かと言われると、そんなことはない気もする。


「お兄ちゃん、絶対にあの二人には必要以上に関わらないで」

「生徒会で一緒なんだけど……」

「そういうビジネスな関係はいいの。友達になるとか、パートナーにするとか、そういう過剰な干渉をしないで」


 妹が俺の人生や交友関係に口出ししてくる以上、俺がフレイヤの趣味をとやかく言う資格くらい実はあるのかもしれないが。

 俺、そしてアルパとクリエ。フレイヤがゲームのシステム上、パートナーに選ぶことができるメインキャラ5人の内、既に3人は候補から外されているわけだ。早く誰か、共に人生を歩む相手を見付けて欲しいものである。そうじゃないと本当にエスティアたんを奪いに来るかもしれない。妹ならやりかねない。


「こんな調子で、学校生活はうまくやれてんのか?」

「甘く見ないでよ。私そういうのは得意だもの」


 それはそうだろうな、と反論はしない。昔から要領は良いというか、波風立てずに上手に人の信用を勝ち取っていくタイプだ。


 多少、趣味嗜好に難があろうと、兄への態度が不遜を極めていようとも、楽しくやっていけているのならそれでいいか。今はもう血の繋がらない他人なのかもしれないが、兄が妹に願うことなんて、元気で幸せであってくれること以上にはなにも無い。

 たとえ知り合いにストーキング行為をおこなっているとしても、目を瞑るとしよう。アルパには悪いが、生き甲斐ならしいので。どうか大目に見てやってくれ。実際には害悪でしかないが、本人に悪意は全くないので、何卒お目こぼしを頼みます。


 特に困った様子もなさそうなので、学園にいる間は少なくとも放っておいて良いだろう。

 将来のことや金銭的に悩みがあるのなら援助も厭わないのだが、今のところは必要なさそうだ。過干渉にならない内に立ち去るか、と茂みを一人出ようとして立ち上がったところに、ちょうど女生徒が通りかかった。


「……エ、スティア」


 その女生徒が意中の相手である絶望といったら。

 元妹、現他人である女とふたりきりで、何故か茂みの中に隠れてコソコソと密会している現場を、目撃されるなんて、浮気と言われたって否定できない。全く一切そのような気持ちも事実もないのだが、どう言い訳したら許されるのか。

 心の中で悲鳴を上げそうになっている俺に、けれどエスティアはのんびりと首を傾げ、あろうことか隣にいるフレイヤを見て顔をほころばせた。


「フレイヤさ、いえ、トランペッタ様……」


 親しげに呼び掛けようとして、躊躇いがちに他人行儀に言い直す。

 まるで憧れの相手を前にした少女のようではないか。そんなはずない。次期国王の婚約者であるといわれている、由緒正しいお家柄のお嬢さんが、平民の新入生のなにに憧れるというのか。絶対にない。やめてくれ。


「エスティアちゃ……エスティア様!!」


 俺の恐怖をよそに、エスティアの存在に気付いたフレイヤは飛び跳ねるようにして立ち上がり、大好きなキャラクターに会えた喜びで周囲一帯の花を咲きほこらせた。




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