第7話 いつか双頭となり

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 放課後の生徒達がなにをしているかといえば、主に、剣術の訓練、乗馬、お茶会、農業体験、といった趣味と実用を兼ねた「部活動」のようだ。アニシアは生徒会に在籍しているので、部活には所属していない。では、俺は放課後になにをするか。

 図書館通いだ。今日も、授業が終わるなり気分はダッシュで、見た目は優雅に校内を視察しているように微笑んで、廊下を闊歩する。


 自分で言うのもなんだが、なかなかに王子っぽい振る舞いが板に付いてきた。


 たとえ思考や感性が、嘗てのアニシアとはかけ離れたド庶民クオリティに落ちぶれていようとも。

 虚しくなりかけるたびに、俺のこの人生は数週間前に始まったばかりなのだと自分に言い聞かせて、なんとか鼓舞している。図書館に通っているのはアニシアの知識があまりに偏っているのを自力で矯正しようとしているのだ。

 王はこの世界のこの国において、ほとんどただの象徴だ。偉そうに踏ん反り返って民に手を振り、外交の飾りとなり、豊かさと安寧を体現して国民を安心させるためにいる。所謂政治的なことは総督に任せきりだ。


 王と、総督。お互いの管轄に干渉しないのは長い歴史の中で尊重し合うことを選んだからなのだと、俺にだって想像はつく。

 それぞれが自分に出来ること、為すべきことをする。それも正しい。下手に知識をつけて相手の領分を侵害するような今の俺の行動は、先人たちの教えに背く行為でもあるのだろう。


 でも俺はこの世界に、仲間が欲しかった。人生が数週間前から始まったばかりだと言って過言ではない俺にとって、一番欲しいものは信頼できる相手や人脈だ。

 そう。これは擦り寄りだ。俺はあなたを理解しようとしています、頑張っています、敵意も悪意もないんですというアピールなのだ。誰にってそれは、もちろん「総督」への。現総督ではなく、俺がいつか王になったときに総督の座に就くであろう、次期総督候補への。




 図書館は普段から利用者は少ないが、次期総督候補であるセイジは毎日のように此処に通って、書物や課題と向き合っている。

 ゲーム内ではアニシアは学校にほぼ来ていない設定だったから、そんなことはきっと知らなかっただろう。俺も知らなかった。知ろうとしてセイジを目で追って、初めてその努力が分かった。

 俺も、せめて前世で政治経済が専攻の学生とかだったら。せめてもっと文系に強くて歴史を真面目に学んでいたら。

 むしろどちらかといえば理系だった俺に、政治っていうのは苦手分野のど真ん中だ。まだ経済のほうが理解できそうな気がする。西暦以前のことって教科書にもあまり載っていなかったから、トクガワ将軍とか全員言えないし。このゲーム世界が所謂、立憲君主制に近いシステムをとっていることだけは少しだけ理解してきた。


 父親が王だから俺も次の王になるだなんて、そもそも良い制度とは思えない。俺よりずっと王に相応しい人間なんて、この世界には幾らでもいるだろう。でもそうやって不貞腐れて卑屈になって放り出していいわけもない。


 ぴしゃり、と自分の両頬を叩いて喝を入れたら、思いのほかその音は図書館中に響き渡って生徒達の注目を集めた。

 やばい……。また先生に叱られるんじゃないか。王子の威厳がみるみるすり減っていくことへの恐怖で、俺は借りた本を搔き集めて両腕に抱いて外へと飛び出した。別に読むだけなら他の場所でだってできる。セイジへの売り込みとしての意味はなくなってしまったが、いつか磨いた自分を見てもらう方が、姑息なアピールよりよっぽどいい。


「あの、お忘れでしたよ」

「え!?」


 だというのに二度目の会話がこれだ。追い掛けてきたセイジに呼び止められ、ストーカーがバレたみたいな罪悪感もあって情けない悲鳴を上げてしまった。

 違うんだ決して邪な感情があるわけではなく、俺は単に、君と、話がしたくて。


「ありがとう……すまない、うっかりした」

「王子がそのご様子では、民の手本とはなれませんね」

「あ、はい。以後は気を付けます……」


 仰る通りである。

 的確なお叱りをいただいてしまって縮こまる俺に、けれどセイジは立ち去ろうとはしない。顔を上げれば、なにか言い淀んだような、迷いの滲む瞳が俺を捕らえていた。


 セイジは、なんだか紙と似ている。

 元の世界で、本というものの実物に触れたことがなかった。書籍というものは知識として知ってはいたけれど、手に取ったことはなかった。紙というものは日常には存在していなくて、けれど俺はこの世界に来て初めて目にした図書館の本の一冊一冊に、畏敬と親しみを覚えた。めくるのが面倒で、冷たいのかと思っていたけれど意外と柔らかく、便利で、真っ白なところに人の知識や心が書き込まれていく。元から木々や緑に対して信仰にも近い憧れを抱いていた俺にとって、そこから作られる紙というものは、魅力的で興味深いものだった。


 セイジは、それに似ている。硬そうに見えて薄く柔らかく、触れば滑らかで、真っ白で平らだ。そしてたくさんの情報を詰め込むことができる。誰かのために、後世に伝えていくために、知識を書き記していくことができる。


「……いえ。失礼なことを申し上げました。王子はご公務の際は、いつもご立派に民衆の前にお立ちになられています」


 一瞬、社交辞令かと思って否定しそうになった。けれどすぐにそれが空世辞ではないと気付いた。


「お前に、褒めてもらえるのが俺は今、一番、嬉しい……」

「なんですかそれは」

「認めてもらいたいからお前の目を気にしている。共に国を守っていく者として、相応しいとお前に思われたい。そういう未来をつくるために、今できることをお前に負けないくらいに、きっと成し遂げてみせよう」


 まるで愛の告白だ。我ながら熱烈なその台詞に、何も返せずセイジは口を開けて驚いていた。俺はそんな間抜けな顔に笑う。

 先が長いことは分かっている。セイジにも、エスティアにも認めてもらえるような王になれる日が、どれだけ遠いか俺には想像もつかないけれど、一歩一歩進んでいくと決めたばかりだ。


「まずはこれ、先日はノートを貸してくれてありがとう。君の見解がまとまっていて、大変参考になった。君の努力には到底及ばないだろうが、俺なりにここ数日、学び考えて『返事』を書いたから、読んでくれると嬉しいよ」


 こんなに早く渡す機会に恵まれるなんて。ただ、思っていたより早かったから内容も未熟で精査しきれていないかもしれないのが恥ずかしい。

 ラブレターのようなものなのだ。生まれて初めて書く恋文がエスティアたん宛ではないなんて、人生というのは本当になにが起きるか分からない。


 受け取ったセイジは、混乱を隠せない様子で立ち尽くしている。ノートと俺を奇妙そうに交互に見て、でもきっと読んでくれるであろう未来の相棒に、俺は心の中で握手を求めた。いつか本当に、手を取り合えることを願っている。




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