第12章

質問を、と思ったが複数個しか用意することができなかった。

"メダカ"を内面的に攻めるのか、あるいは暴力的に介入するのか、どちらにとっても心地のよいものではない。

なんとかして平和的な方法で解決できないのか。

悶々と考えた、田辺は「イエスかノーかの二択だ」と言った。

一度私はイエスと言ってしまった。

どのようなことになるのか、皆目検討がつかなかった。


少し早めに家を出た。

軽く夕食を済ませ、落ち着いた状態で、"タガメ"との接触をしたいと思った。

人を隠すなら人の中、その通りに夜は喧騒を奏でていた。(イヤホンをする私にはあまり関係のない話だったが)

繁華街を征く人だかりは楽しそうだったり、孤独を隠そうとする大人たちに溢れていた。

月曜だというのに、これだけ繁華街に向かう人がいるのだ。私もそのうちの一人だったが。

キャッチがたむろし、タバコを吸いながら闇雲に声をかけ、不快感しかなかった。


指定されたサンシャインビルに到着するまで、赤信号に何度も捕まった。これもまたフラストレーションを感じさせた。

赤信号だというのに渡る者、それに便乗して行く者、いずれにも腹が立った。ルールは守れよ、と。

だが、時刻はすでに約束の時間の5分前だった。

私も一つ、信号を無視した。

クラクションを鳴らされた。

流し目でそちらを見たが、車高を低くし、ブルーライトで飾った、下品な車だった。

どちらもまともではないのだからいいだろう。と、歩みを進めた。


ビルの少し手前の信号まで来た。

それもまた、赤信号だった。

辟易とした。

ほんの数秒が、やけに長く感じた。


そしてようやく雑居ビル群を抜け、ビルに着き、階段で4階まで登った。

傾斜の急な階段であった。

少し息を切らしながら登り切った先には田辺が待っていた。

私に気がつくと、田辺は会釈をして、私に声をかけた。

「こんばんは、お越しいただいてありがとうございます!公民館だったり、目印もエレベーターもないビルだったりと、偏屈な場所ばかりにお呼びして申し訳ありません」

確かに、ビル群を抜けるのには一苦労した、私は息を切らしながら

「こんばんは、少しお約束の時間を跨いでしまってすみません」

「私ももう少し目印になるようなものをお伝えすればよかったです、申し訳ありません。寒かったでしょう、店内でお話をしましょう、ささ、お入りください」

確かに寒かったが、階段を登ったことで体は温まっていた。

汗ばむほどだった。


コックテイル、とドアにテプラで貼り付けられているのを見つけた。

隠れ家的な場所だ、バーなのだろう。

店は落ち着いた雰囲気で、薄暗い上に音楽はなく、客の私語はあったが、グラスの中の氷のカランとした音や、紙タバコを吸う、ジリジリという音が聞こえるほどには静寂な店内だった。

田辺がマスターに、カウンターからテーブルに移動してよいか確認をとり、テーブルに席を移した。

上座に座らされ、落ち着いた雰囲気にさらに圧倒された。

田辺はもう既に一杯ひっかけているようだった。

そして、田辺がグラスを持ち、テーブルに移動してきた。

「こちらが、会わせたいとお話しした、宮城に住んでいらっしゃる四木(しぼく)さんです」

聞き馴染みのある苗字だった、珍しい苗字だったため、記憶していたのだ。

すると、田辺の真横には見知った顔があった。

「海周(かいしゅう)さん?」

バイト先で、何年か前に退職された、私の先輩であった。

四木海周、学生ながらにアルバイトの総合リーダーに上り詰め、大手の就職先の内定を蹴り、フィリピンへ向かい、日本へ帰ってきて宮城でクラフトビールを作っている、フットワークが軽くて、頭の切れる変人だ。宮城に行ってからも私と交流があるその先輩が、田辺から紹介されるとは思いもしなかった。

「おっ、久しぶりじゃん、何?"タガメ"に入ろうとしてんの?」

「え、いや、そんなところ…かな」

と歯切れの悪い返答をしてしまった。それほどに動揺した。

なぜ海周さんが?

「あれ、お知り合いなのですか?」

「そうそう、バイトで一緒だったんだよ。コイツの大学デビューの話から、失恋の話まで全部知ってるよ」

知っている顔なのに、このコックテイルという場においては初対面かのように背筋が伸びた。

安心と緊張が同時に生まれた。

「それは都合がいい!そのお話もぜひしましょう、聞かせてください」

アハハ、と彼はやはり高い声で笑った。

「じゃあ二次会開始ってことで、みんなビールでいいね?」

と促され、同調圧力に負け、ビールを提供された。

乾杯をし、濃い苦味と強い炭酸に、思わず眉をしかめてしまった。

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