第2話 双子のプロデュース宣言とコーディネート

 夕日が屋上のフェンスを長くオレンジ色に染めていた。


 目の前にいる学園の女神、一ノ瀬姉妹からの「アタシたちが、あなたをプロデュースしてあげる」という衝撃的な申し出に、俺の思考はまだ現実への着地を拒んでいた。


「プロデュースって……どういうことだ? 俺なんかをどうするつもりなんだ?」


 絞り出した声に、自分でも戸惑いが滲んでいるのがわかる。全く接点のない二人がなぜ?

 一ノ瀬結愛さんは静かな、確信に満ちた瞳で俺を見つめている。


「言った通り。律は磨けば絶対に光る。アタシの見立てを信じなさい」


 その揺るぎない口調に、返すべき言葉が見つからない。隣で一ノ瀬咲耶さんが話を仕切り直すように、にこりと笑った。


「まずは、呼び方から決めましょうか! 私は咲耶で、こっちが姉の結愛です。名字だと紛らわしいので、お互い名前で呼び合いませんか?」


 名前で呼ぶ? 俺がこの双子を?

 この学校でそんな奴、多分初めての快挙だぞ。大抵はフルネームか一ノ瀬姉、妹呼び。そもそもこの姉妹が親しくしている人を聞いたことがない。


「それでもう呼んじゃいましたけど、私はりっくんって呼んでもいいですか?」


 咲耶が上目遣いで、少し首を傾げながら俺に尋ねる。とんでもない破壊力だった。これで嫌と言える人類などいるだろうか。いやいないだろう。


「え……りっくん? あ、うん。別に構わないけど」


「アタシは律って呼ぶ。……嫌とは言わせないけど」


 淡々と告げる結愛の口の端が、ほんの少しだけ楽しそうに上がったのを見逃さなかった。静かな圧力、というやつだ。


「じゃあ決まりですね! よろしくお願いします、りっくん!」


 咲耶が弾んだ声でスマホを取り出す。ごく自然な動作で俺との距離を詰めてきた。


「さっそく連絡先交換しましょ! LEENやってますよね?」


 拒否権など最初からなかった。ほとんど強引に連絡先を共有すると、俺のスマホの画面に「一ノ瀬 結愛」「一ノ瀬 咲耶」という、この学校ではお守りか何かのように扱われている名前が表示された。


 クラスで誰とも繋がっていない俺の連絡先リストに浮かぶその二つの名前に、軽い眩暈を覚える。


「じゃあ早速ですが明日はどうでしょう? 学校はお休みですし、まずはアナタを変身させるための買い出しに行きたいんです」


「明日!? というか、なんで俺なんだっていう理由を先に……」


「律にとっても悪い話じゃないはずよ。理屈は後。まずは行動しましょう」


 結愛が俺の言葉を遮った。見事な連携プレーで外堀を完璧に埋められ、俺は頷くしかなくなる。


「明日、14時に駅前の時計台に集合です! 絶対ですよ? 来なかったら……わかってますよね?」


 咲耶が小悪魔のように片目をつむる。双子は「じゃあまた明日!」と軽やかに手を振ると、嵐のように屋上を去っていった。


 一人残された屋上。「一体、なんなんだ……」と、誰に言うでもなく呟いた。








 翌日。14時きっかりに駅前の時計台に着くと、双子はもう待っていた。

 ファッション誌からそのまま抜け出してきたような、洗練された私服。対する俺はヨレたTシャツに色褪せたジーンズだ。



 コンタクトレンズを購入した後に連れて行かれたのは、俺が一生縁がないと思っていたオシャレな美容院だった。


 なんだここは。白と銀を基調とした洗練された空間。「スター・ウォーズ」に出てくるクローン製造施設か、帝国軍の最新鋭艦のブリッジか。

 これから俺は、オーダー通りに完璧に「改造」されるクローン兵の一人というわけか。


「この子を最高にカッコよくしてください」


 結愛の女王のような一言に美容師が圧倒される。すかさず咲耶が、完璧な笑顔で具体的な指示を付け加えた。


「りっくんは少し癖っ毛ですけど、髪質は良いので活かせます。骨格的にサイドはタイトにしてください。トップに動きを出すと知的な雰囲気が引き立ちますね。前髪は眉が見えるくらいでアシンメトリーに……」


 まるで軍師のように淀みなく語る咲耶に、美容師が内心で驚愕しているのが伝わってくる。

 されるがままに髪を切られセットされ、最後にメガネを外してコンタクトを装着するよう促された。



 鏡の前に立った時、そこにいたのは本当に俺なのか?

 ボサボサだった髪はすっきりと動きのあるスタイルになり、野暮ったいメガネで隠されていた涼しげな目元が現れている。


 鏡に映る見違えた自分の姿に俺自身が一番驚いていた。

 その姿を見た双子が声を揃えて満足げに呟く。




「――ほらね。やっぱり、最高」







 美容院を出た俺たちは、次にセレクトショップへと向かった。ここからがプロデュースの本番らしい。

 店内に入るなり、結愛と咲耶はプロデューサーの顔になる。


「わー! なんだか映画のワンシーンみたいですね! 地味だった主人公が、急におしゃれに目覚めて変身するやつ!」と、咲耶が楽しそうに言う。


「まあね。『プリティ・プリンセス』みたいに、ただ着飾るだけじゃ三流。その人の本質を見抜いて、最大限に引き出すのがプロの仕事よ」と、結愛が涼しい顔で答えた。


 プリティ・プリンセス……。なるほど、彼女たちにとって俺はアン・ハサウェイの役どころか。つまり地味な一般市民から、いきなり王族、カースト上位に仕立て上げられると。

 だとしたら、俺に割り当てられる役名は『一色王子』とでもなるんだろうか。柄じゃないにも程がある。



「律は、こういうエッジの効いたデザインが似合うと思う」


「お姉ちゃん、りっくんの本来の雰囲気には、こっちのシンプルな方が素材の良さを引き立てますよ」


 二人は真剣な顔で、俺に似合う服を巡って小さなプレゼンバトルを繰り広げている。俺はそれを呆然と見ているしかなかった。


 結局、二人の意見を折衷した完璧なコーディネートが完成して、言われるがままに何着も試着させられた。


 最後に試着室の鏡の前に立った時、そこにはもう、昨日までの「陰キャ」な俺の姿はどこにもなかった。

 髪形の変化とコンタクトに加えて今時っぽい服を着た俺は、多分知り合いでも気が付かないんじゃないか。まるで狐につままれたような感じだ。


 会計の段になり、双子が当然のように自分たちのカードを出そうとするのを見て、俺は慌ててそれを制止した。


「待て! さすがにこれは高すぎる! 悪いよ!」


「いいのよ、これは私たちの趣味なんだから気にしないで」


 結愛が笑って受け流そうとするが、これだけは譲れない。


「そういう問題じゃない! 借りを作るのは嫌なんだ。必ず返すから!」


 頑なな俺の様子に咲耶がふっと、何かを思いついたように悪戯っぽく微笑んだ。


「わかりました。じゃあ、そのお返しは、今度のデートでお願いしようかな?」


「……え?」


「デート」という単語に、俺の思考回路が停止する。


「また近いうちに三人で出かけたいんです。その時に、りっくんが私たちに何か美味しいものでもご馳走してください。それでこのお返しはチャラってことで、どうですか?」


 小悪魔的な上目遣いに、俺はぐっと言葉に詰まる。


「それ名案! 次のデートの約束、決定ね! もう逃がさないわよ、律」


 結愛が勝ち誇ったように笑う。


 こうして俺は、見事な連携プレーの前に次のデートという名の、とてつもなく難易度の高い契約を結ばされてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る