第16話「僕の楽器がトロンボーンになったので練習していきたいと思います。」

次の日。

僕は早速、楽器を決めるための個別面談に臨んでいた。

面談では、音楽歴、希望する楽器、志望動機、そして吹奏楽部に入ろうと思った理由などを聞かれる。


「吹奏楽部に入った理由は……やっぱり音楽が好きで、去年の駅前ステージを見たとき、すげぇなって思って。そのときから吹奏楽部に入りたいと思ってました。」


これは本当の話だ。

去年の秋、駅前のお祭りで見たあの光景。青い空の下で奏でられる音楽。その中に、自分も混ざってみたいと思って吹奏楽に入りたいとその時から思った。

それから、吹奏楽のコンクールについて調べたり、いろんな楽器のことを調べたりしてきた。


「へぇ、8年もピアノやってるのね。幻想即興曲まで弾けるって、すごいじゃない」


片方の顧問の先生が言った。もう一人は、外部の吹奏楽団の指揮者らしく、厳しそうな目つきで僕を見ている。


「金管メインで考えようか。音感もあるし、肺活量もありそうだし」


……たぶん、今回も結局トロンボーンになるだろう。


面談が終わり、僕は礼を言って部屋を出た。

そのまま、部員たちが集まっている第一音楽室――通称「一音」へ向かう。まあ、この通称は適当に僕がつけたんだけどね。


教室に戻ると、絶賛練習中だった。

リコーダーの音、椅子を叩いてリズムを取る音、誰かが笑っている声……騒がしくて、でもどこか楽しげで、心地いい。


「1組の人〜! 僕の次、誰〜?」


声をかけて、順番待ちの子に案内をした。面談が終わった人はまだほとんどいない。全体で32人中、終わったのは僕と、あともう1人だけ。


そしてその間、音楽未経験の人たちがわからないところを教えてほしいと寄ってくる。


「そうそう、高いラの音はこの指づかいで……」

「違う違う、えっと、こういうリズム!」

「あ〜、リズムに変なクセがついちゃってるね〜」


教えるのは正直、大変だ。早く楽器がやりたい。だけど、教えるうちに、少しずつ――なんというか、部の一員としての自覚みたいなものが芽生えてきた気もする。


〜〜〜〜〜〜次の日〜〜〜〜〜〜


テストと面談が早く終わった僕ともう一人だけ、楽器の仮決定のために再び呼び出された。


案の定、僕はトロンボーンに決まった。

「仮だけど、まあ多分このままでいくと思うよ。」と先生は言う。


「じゃあ和田さん、明日から練習に入っていいわよ。これからも頑張ってね」


「はい!」


(“これからも”ってことは、やっぱり本決定ってことだろう)


――とはいえ、今日の練習はないらしい。

しかし、僕はやることがないのでとっとと練習したい。


「先生、先輩! 今日から練習させてください!」


と思い切って頼み込んだら、意外とすんなり許可が出た。


「まあ……確かに、一日ぼーっとしてるよりはいいかもね。早く上手くなった方がいいし」


先生はそう言った。

なら最初からそうしてくれよと思ったけど、口には出さなかった。


先輩に案内されて、僕は楽器倉庫へと向かった。


「あの事件のとき、一回は倉庫入ったことあるよね?」


「1年生は最初、テナートロンボーン使うから、このケースのやつね」


と宮坂先輩や三枝先輩が言いながら、ケースを指差す。


開けてみると――中には、ぴかぴかのトロンボーンがあった。


「すご……綺麗」


「ふふっ。あのときのお礼も兼ねて、新しいテナートロンボーン、使わせてあげることになったの」


……僕は、壊された楽器を最初に見つけただけなのに。どこか申し訳なくなった。でも、それ以上に嬉しかった。


そのまま、トロンボーンの個人パート練習をする部屋(通称:個パ室)へと連れて行かれ、さっそく練習開始した。


マウスピースでBから上のBまで出したり、それを繋げてサイレンみたいにしたり。

ポジションも丁寧に教わり、カエルの歌を吹いて、他の簡単な旋律にも挑戦した。


(……なんか、前回のループとは全然違うルートを通ってるな。)


そんなことを思っていたとき。

宮坂先輩が、一枚の楽譜を僕の前に差し出した。


「これ、できる?」


見ると――“2024年度 課題曲”と書かれた楽譜。

先輩は、その終盤部分の旋律を指差している。この曲は、今度のコンクールで先輩たちがやるやつだ。


僕は、目を凝らして譜面を追い、音を拾って……少し詰まりながらも、なんとか吹ききった。


「……やっぱり、できるんだ。すごいね、和田くん」


宮坂先輩が、ふっと笑った。


その笑顔が、どうしようもなくまぶしくて――

だけどその背中の向こうに、ふとあの“新入生”の顔がよぎった。


(……あいつは、何をしてるんだろう)


昨日の事件。何か周りとは違うような、あの視線。

ただの入部妨害じゃなかった。

あれは、僕に「何かをさせせようとしていた」ような――そんな目だった。


でも、もう僕は決めたんだ。

僕は、トロンボーンをやる。ちゃんと部の一員になる。


そう決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る