第6話
アルトたちの方に向かって走るレーネの後ろ姿。それを眺めながら、俺はため息を吐いた。
先程まであいつが触れていた場所。
無意識に目が向かい、手で触ってしまう。
直接、触れられていたわけじゃない。
あくまで服を引っ張られただけ。
だけど――じんわりと、熱がこもっている気がした。
「フローラ!」
と、名前を呼ばれた。
それが誰の声なのか、すぐに分かる。
レーネの声だってことぐらい。
俺は顔を上げた。
レーネが手招きをしている。
心配そうな顔を、俺に向けていた。
俺はつい、鼻で笑ってしまう。
照れ屋で、臆病もの。慣れた相手には強気だが、初対面の相手にはなかなか自分を出すことができない。
それでも――誰かのために勇気を出すことができる、そんな強くも優しいところがある。
「今行くっての!」
俺が叫ぶと、レーネは安堵した顔をする。
あぁ、もう――あいつは本当、俺を狂わせる。
だけど、それが苦しくも――快くもある。
俺はすぐに、レーネの隣に向かった。
ここを出る前とはぜんぜん違う俺が、レーネと共に王都の門を潜った。
◇
王都の大通りは、まるで勝利を祝うために用意された舞台のようだった。石畳の道の両脇には、民衆がひしめき合い、その顔には安堵と感謝の笑みが輝いている。
王宮までの道はかなり長い。
だが、民衆の壁は途切れることがなかった。
* * *
長いパレードは終わり、城の中を歩く。
そして、謁見の間と通じる扉が兵士により開かれた。
大理石の床には深紅の絨毯が敷かれ、両脇には戦の功績を示す武器や盾が飾られている。
バカ兄貴と聖女ウルカを先頭に中へと入る。
壁際に身を寄せた書記と侍従、護衛の騎士たちが一礼をした。
部屋の奥に据えられた玉座は、威厳を感じさせつつも装飾は決して過度ではない。
椅子は二つ並んでおり、左に王が――右には王女が座っている。
王の姿は――お世辞にも威厳があるとは言えず、どこか人懐っこい笑みを浮かべた中年の男性。銀糸を織り込んだ深い藍色のローブは地位を示しつつも、肩のあたりには質素な紋章しかない。王冠は小ぶりで、むやみに飾り立てられたものではなく、どこか親しみを感じさせるデザインだ。
正直、彼の隣に座っている王女の方がむしろ威厳がある。背の低い王と違い、背が高く筋肉質で、武人気質である彼女は装飾の少ない濃紺の軍装を身にまとっている。その装いは式典向けというよりは実戦を思わせる機能性重視のもので、胸元に小さく王家の紋章が輝いているのみ。昔は前線で誰よりも魔物を退治したというのだから、大したモノだ。
玉座へ行くまでの両側の通路には、たくさんの人間が列を作っている。
左手側の列の一番奥には、純白の法衣に身を包んだ白髪交じりの教皇が静かに立っていた。
そして右手側の奥には、この国の軍事を司る大貴族──侯爵家の当主が堂々と立っている。身にまとうのは黒と金の礼服で、肩からは赤いマントが静かに垂れている。堂々たる体躯と鋭い眼光は、俺とくそ兄貴に向けられている。あれと血が繋がっているとは、まじで思いたくない。
玉座まで近づくと、王が立ち上がる。
それと共に、俺たちは膝まづき、頭を垂れる。
レーネひとりだけ、遅れて反応した。
顔を真っ赤にさせて俯く姿は、不覚にもくるものがある。
「よい。そなたたちは英雄だ。膝まづく必要などない」
と、王は言った。
その言葉通り、俺たちは顔を上げ、立ち上がる。
レーネはまたもや一拍遅れた。
先に立ち上がった俺たちを見て、慌てて起き上がる。そんな姿を見て、俺は必死に笑いをこらえた。その姿を目ざとく見つけたレーネは軽く睨みつけてきたが、当然何も言ってこない。まぁ、それが当然なわけだが――俺は物足りなく感じてしまう。
あぁ、早く――レーネがのびのびとできる場所に行きたい。と、俺は切実にそう思った。
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