第5話
「王都が見えてきたよ」
と、勇者――アルトさんが言った。
「王都!?」
と、私は叫ぶ。
そして――フローラとの激しい戦いを終え、倒れていた体を起こす。
「もう、大丈夫なのかよ」
と、フローラが上から目線で声をかけてきた。余裕ぶって本を読んでおり、俺は何のダメージも受けてませんけど? を必死にアピールしている女。
本当、なんて生意気な女!?
今の私は激オコ中なのだが、フローラよりもお姉さんなので、スルーしてあげようじゃないか。
因みに、戦士――ゼクスさんは荷台の後ろで再びいイビキをかいて寝ている。あの人の凄いところはどんなところでも秒で寝ることができることだと思う。
「うわぁ、でっかい壁だぁ」
と、荷台から顔を出した瞬間、私は感激の声を上げてしまった。
そのため、アルトさんと聖女ウルカさんから、微笑ましそうな視線を向けられてしまった。
何だか、めちゃくちゃ恥ずかしい!
「王都を守る城壁は10メートル以上ある」
フローラはずいっと、私の後ろに立ち、聞いてもいないことを勝手に語りだした。
まぁ、助かるけども。
「にしても――色々と旅してきたが、あれだけ高く、広大な壁はここぐらいなもんだったな」
彼女が振り返る旅の記憶。
それを、私は途中からしか共有できない。
それを、どこか悔しい――と、そう思ってしまった。
それは――何故なんだろ?
「レーネ。あの城壁の外周、何キロメートルだと思う?」
「え? そんなの、分かるわけないから」
「31.5キロメートルだ」
と、フローラはドヤ顔で言ってきたが、いまいちよく分からない。
ただ、凄く長いんだろうなぁーってことだけは、なんとなく分かった。
ん?
「あ――門の前に人がたくさんいる」
と、私は指さした。
「どうやらあれは、僕らを出迎えてくれる人々のようだね」
え? 本当に?
今から、あんな大勢の人に囲まれるの?
「おい、胸を張れよ」
と、フローラが言った。
「お前だって一応、勇者パーティーの一員だろ?」
「い、一応ってなによ!」
と、私が怒ると、フローラは笑い出す。
本当、失礼なやつ!
……だけど、ちょっとは緊張がほぐれた気がする。
「くそ兄貴」
と、フローラはアルトさんの方に視線を向ける。
「なんだい、我が妹よ」
その返しに、フローラは鼻で笑う。
「帰ったら、結婚の話が馬鹿みたいに舞い込んでくるだろうから、今のうちに覚悟しておけよ」
「そう――ならないと、いいんだけどね」
「大丈夫です、勇者様。わたくしがお守りいたしますから」
と、ウルカさんはアルトさんの方へと身を乗り出す。
「そうかい? それはすごく助かるよ」
と、アルトさんは笑みを浮かべる。
「何だよ、ウルカ。このバカ兄貴を貰ってくれんのか?」
「ち、違います――ってことも、ありませんが、はい」
「じゃあこれからは、お義姉さま――とでも呼んだ方がよさそうだな」
「ま、まだ、早いですから!」
「まだ早いって――いつかはなる気まんまんなのかよ」
「もう、揚げ足を取らないでくれますか? フローラ様!」
と、ウルカさんは顔を真っ赤にしながら叫ぶのであった。
◇
私たちが馬車から降りると、大きな歓声がおきる。
王都の大門の前には長く伸びた石畳の道があった。
左右に分かれた巨大な木製の門扉は、鋼鉄の飾り金具が施され重厚感を漂わせている。
門の周囲には、民衆があふれ返り、子どもから老人までがごった返していた。人々は雀のように肩をぶつけ合いながら、好奇と期待の入り混じった声を上げている。
あちこちから「勇者様!」「聖女様!」といった歓声や、拍手が波のように広がっていた。
石壁の上では、城の衛兵たちが剣を揺らしながら整列し、厳かな規律を保って見張りを続けている。
私たちの前に、兵士数名がやってきた。
一番手前にいる厳つい男の人のことは知っている。
ひとつ前の街に滞在した時、話した人だ。
彼は確か――騎士団長という、とても偉い立場の人。
その人が、アルトさんとウルカさんに何か話しかけた後、数歩後ずさり頭を下げた。
「それじゃー、行こうか」
そう言って、アルトさんとウルカさんが歩き出す。
ゼクスさんはこちらの方に視線を向け、ウィンクをしたあと、アルトさんたちの後を追いかけた。
「おい、そろそろ行くぞ」
と、フローラが言った。
「え? あぁ……うん」
私は舞い上がっているのか、頭がぼんやりとしている。
「このまま歩くつもりかよ」
と、フローラはなぜかニヤニヤしながら言った。
「まぁ、俺としては全然――これでもかまわないんだけどな」
そう言って、フローラは顔を近づけてきた。
「だが――俺の服の裾を掴んだまま歩いてたら、ばれちまうかもな。お前が俺の飼い犬だってことが」
……はい?
私の視線が下に向かう。
……。
一瞬、思考が停止した。
そして、慌てて彼女の服から手を離すと、私は後ずさった。
「なんだ、もういいのかよ」
「い、いいに決まってるから!」
私はそう叫ぶと、アルトさんたちのあとを走って追いかけた。
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