第7話

『──氷の魔法!』



 ……何も起こらない。



 あー、またダメかあ。



 今度こそ行けると思ったんだけどな。



 集中力も切れた。今日はもういいや。



 大きくため息をついて、地面に横になる。



 大自然のクッションが、俺をふんわりと出迎えてくれた。



 空を見ると、イキイキとした大樹が気持ちよさそうに太陽光を浴びていた。



 暇ではあるけど、癒されていいなあ。



 横を向いたら、もぞもぞと芋虫が動いていた。



 無感情にデコピンをし弾く。



 ──転生してすぐはこの程度で悲鳴を上げていたのになあ。



 懐かしい話だ。



『またダメだったか、ラスティン?』

『ワールズ』



 イケメンがにゅっとどこからともなく出てきた。

 その顔にはそろそろ諦めたらどうかというあきれが混じっていた。



 あーあ。俺もお前みたいに男に生まれてたらな。というか前世は男だったのに。



 身長が低いから周りの奴らからは愛玩動物扱いだし。



『魔法陣を介さない、即時の魔法行使。全魔法使いの夢かもしれないが、できないから夢のままなんだ』

『え──? 正直できる気がするけど』

『何をもってして』

『なんかこう……イメージ的に?』



 ワールズのあきれ顔がさらに深まった。

 でも前世のイメージされる魔法ってバンバン打ちまくってたし! 

 いちいち魔法陣書いて、とか性に合わないね。



 ジーっとワールズがずっと見てくるから、こっちも見つめ返す。



 顔になんかついてる? 



 ちょっと気まずくなって、にへらと笑った。



 そうしたら、ワールズはすっと顔をそらした。



 おいおいなんだ、思春期か? 



『あ、そうだ!』



 ガバッと体を起こす。

 気分転換にはやっぱりあれだよな。



『ワールズ、いつもの! 肩車!』



 そういうと、ワールズは少しいやそうにした。



『またか。そんなに楽しいものか? ……やっぱり、チビだからか?』

『チビで悪かったな! そうだよ! 高い景色が好きなんだよ!』

『……いや、身長が低いところもかわいらしくていいと思うが……』

『ごにょごにょうるさい! とっととしろ!』

『理不尽』



 ワールズにしゃがんでもらって、肩に乗る。



 ワールズがゆっくりと立ち上がり、そして、景色が広がった。



 おそらく樹齢何百年とあるだろう大樹たち。



 少し遠くには、ほんとにこんな美しい色があったのかと感動するほど美しい、青色の池。



 集落のほうをみたら、まさにファンタジーといった感じの、大樹を利用したツリーハウス。



 すごい世界だよなあ。



 ……ん? 



『おい、ワールズ、あれ、なんだ、あの、黒いの』

『黒いの?』




 最初は点だった。風に舞う何かかと思った。



 だが、それはゆっくりと、けれど確実に近づいていた。



 列をなしている。それも、武器のようなものを持って。



『人間……?』

『……違う。あれは──兵士だ』



 ワールズの声が、微かに震えた。



 ──気づいた時には、すべてが手遅れだった。



 ──まず、友達が殺された。



『おい、おい! なんで一緒に戦わないんだよ!!』

『族長からの命令だ! 俺たちだけでも逃げろと!』

『いやだ、戦う!』

『阿呆! そんなことやっている暇はないんだ!!』



 ワールズは俺をわきに抱えて走っていく。



 ──俺たちを逃がすために、親が死んだ。



 ──隣の気さくなおじさんが死んだ。



 ──優しくしてくれたお姉さんが死んだ。



 ──そして、集落は燃やされた。



 ワールズに抱えられ、燃えていく故郷を見て、思い出した。──この世界は、あのゲームの中だ。



 脳裏に焼き付いた光景と、目の前の現実が重なり合う。



 その元凶は、ゲームでのラスボスである光の女神。



 そしてゲームでそいつが語っていた。エルフの村俺たちの故郷が燃やされたのは、女神が何となく気に入らなかったからだと。



 理由も、罪状もなかった。



 単に、女神が『気に入らなかった』。それだけの理由で。



 村は、焼かれ、奪われ、蹂躙された。



 ゲームでは、ただの演出に過ぎなかった。テキストの羅列。悲劇の舞台装置。



 でも、今は違う。



 耳が焼けるような悲鳴。皮膚に刺さる煙。鉄と血のにおい。



 ──ここは、ゲームではなく、現実だ。



 ゲームでは、あんなにも悲壮な顔をして死んでいく家族の描写などあっただろうか? 希望を託し散っていく戦士の描写などあったか? せめて若者だけでもと、純真な祈りをし殺される仲間の描写などあったか? 



『……っ、あ……ああ、ああああっ』

『ラスティン!』



 涙がぽろぽろとこぼれる。



 みんな、みんな死んだ。もう会えない。もう会えないんだ。



 しかも、この虐殺に意味なんてない。



 なんで、なんで他人の幸せをそんなにも簡単に奪える? 



 なんで、他人の人生を、こんなにも軽々しく壊せる? 



 憎い。



 そんなことをした存在が許せない。



『女神ィ────ッッ!!!!!』



 気づけば叫んでいた。



 だめだ、だめだ、許せない。



 光の女神が、憎い。



 どうしようもなく、憎い。



 絶対、絶対、絶対に殺してやりたい。



 女神女神女神女神女神────



 その名を、脳が焦げるほどに繰り返し叫んだ。



 女神に会って、その顔を見て問いただしたい。



 どうして、俺たちは殺された? 



 どれだけの罪を重ねたら、あんな結末が許される? 



 俺は、俺だけは、絶対に許さない。



 たとえ、何を犠牲にしても──



 あの女を、あの神を、殺す。



『ワールズ、ありがとう、冷静になった、殺さないといけないやつができたんだ。離してくれ、頼む』

『っ……すまん!』



 ワールズが俺に手刀を当てた。



 意識は、黒く落ちていく。



 最後に見えたのは、赤く染まった空と、燃え尽きた故郷だった。




 ★





「っ……はぁっ、はっ、はあ……っ」



 バッと布団を払いのける。



 額に浮かぶ冷たい汗をぬぐう。ぼさぼさの金髪が視界に少し映った。



「くそ女神め……」



 またあの夢か。



 頭痛のする頭を押さえる。



 俺の目的。俺の目的は、勇者くんたちと邪神教団が殺し合うという悲劇を阻止すること。



 そのためには俺がラスボスになって、女神が悪だと勇者くんを正気に返す。



 そして。



 そして、──一刻も早く、女神害虫をこの世界から排除する。



 ふひ、といびつな笑いが漏れた。



 そうだ。この計画は根底が復讐だ。



 ならば、邪神教団と勇者くんたち彼らを救いたいという気持ちが偽物か? 



 ……それは違う。



 彼らも女神の被害者。俺が女神抹殺を目的にするならばその道中で救わなければならない存在だ。



 それに、女神のいるところへ至るには勇者くんの導きが必要。そもそも女神の潜む場所へ至る資格を持っているのが勇者くんだけなのだ。



 だから、だから俺がラスボスになって──すべてを終わらせる。



 それでいい。

 誰も死なずに済むなら──俺が、代わりに。



(……ほんとは、それが一番楽だとも思ってるんだろう?)



 ふと、そんな自分の本音が喉元に引っかかった。



 ただ静かに、誰にも見つからずに壊れていけたら──

 そんなことを、何度思ったかわからない。



 女神を殺す。それだけじゃない。 女神のせいで狂わされた、全ての“物語”を正す。



 ……そのために、俺が狂う。



 誰にも気づかれず、誰にも理解されず。

 憎まれ、恐れられ、拒絶され、やがて殺される。



 それでいい。

 それが、俺の願いなんだから。



「はぁ」



 肩にずっしり感じる重み。



 なんて不器用なのだろう。



 普通に生きていれば、今頃寿命か何かで楽になれていたはずなのに──



 ある朝仲間が突然死んでしまう勇者くんの気持ちを想像して。



 無念の中沈んでいくヴェインのことを考えて。



 単純に、いやだなと思ってしまった。



 それだけだ。



 いっそ、復讐の鬼にでもなれたら楽になれただろうに。すべてをあきらめて、目をつむって生きていけば楽だっただろうに。



 ──ラスティンは優しいからな。



 ……ワールズの言葉がふと、フラッシュバックされた。



 ……くそ



「甘えんな」



 ダメだダメだ。



 朝だからナイーブになっていた。


 ベッドから起きる。冷えた床の感触が、現実をはっきりと思い出させてくれた。



 そうだ。今日はア・モルフェ魔術学院へ行く日だった。



 よし──いこうか。

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