第6話

 ラスティンが去った後の会議室で、いまだ二つの影があった。



 包帯に身を包んだ少女がどこか探るような、あるいはじゃれるような口調で言葉を発する。



「セワルーグちゃんについて、ヴェインはどう思ってる~?」



 ヴェインはすぐには答えず、地図上に残るラスティンの指が触れた場所を無意識に目で追った。あの圧倒的な魔力、そして掴みどころのない態度。



「……どう思っているか、か。……」



 邪はヴェインのわずかな逡巡を見逃さなかった。ふふ、と包帯の下で笑みが形作られる。



「──信用しきれない。そうじゃない?」



 ヴェインは隠すでもなく頷いた。



「それはそうだ。しかしかといって、俺たちは今戦力を選んでいる場合ではない。そうだろう?」

「うんうん、僕もそう思うよ~」



 でもね、といい、指を一本立てて、悪戯っぽく彼女は続ける。



「彼女は僕たちについていく理由を『恩』って言ったよね?? まあ、僕たちがあの子を引っ張り出したのは事実だけど……それにしては邪神さまの復活に協力的すぎる。僕はそう思うんだよねっ☆」

「……魔術学院に行くと自分から言い出したり、か。しかし妙な話ではない。あいつは魔法使いだ。なら、自分が監獄に閉じ込められた間に魔法がどのように変化したのか。知りたがるのも当然だ」

「えー、つまり、魔法使いだから、今の魔法を知るために魔術学院に行きたくて、それが彼女が能動的に動いた理由になる……ってこと?」

「なにも俺が言ったことを復唱する必要はない。監獄生活で頭でも鈍ったか?」



 ピキーン。



 そんな音がこの場に響いた。(ようにヴェインには聞こえた)



 邪の導線が切れる音だった。



「あんまりバカにされると困っちゃうなぁヴェイン♠確かにながーい監獄生活で正気は失いかけたけど……失いかけたけど……うん??」



 邪は自分の言葉に引っかかりを感じ、急に真顔になった。



「どうした?」

「えーっと……僕って大体どれくらい収容されてた?」

「40年くらいだったと思うが」

「うんうん……で、セワルーグちゃんは?」



 ヴェインは顎に手を当てて考え始めた。記録を漁った際の記憶を呼び起こす。確か、異常なまでの長期刑だったはずだ。



「……1600年くらいだろうか?」

「それだよ! それ!! 僕の一番の違和感!!」



 邪はテーブルをバン、と叩いた。その音が必要以上に大きく響く。



「それほどまでに長き時を、どのように正気を保ったか、か。ふむ、確かに……」



 ヴェインも眉をひそめた。40年ですら常軌を逸しているのに、1600年? それは人間の……いや、エルフの精神が耐えられる領域を遥かに超えている。



「僕は邪神さまを復活させたいって意思があった! だから正気を保てたんだ! だったら、僕以上に長く監獄で過ごして、なおかつ正気を保っている彼女はなんらかの強い目的意識があると考えるのが当然! そうでしょ!」



 邪の言葉には、実体験に基づいた切実さと確信がこもっていた。



「一理ある」

「百理あるよ! で、そんなセワルーグちゃんがなんて言って僕らにいま従ってるかな?」

「……恩」



 その言葉が、今や空虚に響く。



「おかしい! おかしいでしょ! 絶対、ぜ~~~~ったい裏がある! 僕も同じあの環境を過ごした仲間、彼女を信じたい気持ちもあるけど……あの虚無を知っているからこそわかるんだ! ……彼女、へんだよ」



 邪の声は、確信と共に微かな恐れすら含んでいるように聞こえた。



「ふむ」

「それに、彼女の目。わかるでしょ? あの底が見えない、昏い輝き。あれはきっと……復讐者の目だ」

「ならば、やつの復讐はとっくに終わっているだろう。それほどまでに長い時を過ごしたんだ」

「……だから、……だから、へんなんだよねぇ~」



 なぜ彼女は邪神復活に積極的なのか? 



 なぜ邪は彼女を復讐者の目と称したか? (復讐が終わっていない、あるいは、別の復讐があるというのか?)



 タルタロスでの1600年。揺らがぬ目的意識。復讐者の目。そして、邪神復活への協力姿勢。その全てが指し示す、一つの可能性。



「まさか」



 ヴェインは脳内でそろったパズルを、そのあまりの突飛さに、否定した。



 ばかげている。



 だから、合理性がないのだ。



 ──ラスティン・セワルーグは神を殺そうとしているのではないか? 



 というのは。





 ★






 山を歩きながら、彼は語り始めた。



「指導の前に、セワルーグ……『滅国』について語ろうか」



 ごくりと喉を鳴らす。



 一つの国を滅ぼすほどの狂気。いったいどんな恐ろしい性格だったのだろうか? 



 それと同時に、昨日戦った後僕を見逃したその慈悲。



 どうにも、教科書で初めてその存在を習った時のイメージと乖離があるね。



「そうだな。奴の性格を一言で表すと──」



 彼は少し思考に耽った。



「バカ、だな。ああ。その言葉が似合う」

「ばか?」



 ミーファが思わず疑問あげた。



「ああ、バカだ。顔で勘違いされがちだが、あいつはバカだ。なぜあそこまで魔法に興味があるのかわからないが……少なくともバカであるな」

「はあ」



 その後、彼は少し空を見上げ、悲しそうに笑った。



「いや、もう違うか。バカだった。そう表現するのが正しい。実はな。俺たちの故郷は人間たちに燃やされているんだ」

「え……」

「生き残りは俺とセワルーグだけ。その後は別々で生活をしていたが……久しぶりに会った時、あいつは変わっていた」



 彼女に、そんな過去が……



 ミーファも隣で少し複雑そうな面持ちで沈んでいた。



 話は終わりではない、と彼は再び僕たちの意識を集中させる。



「滅国をする前、再び会った時やつは復讐者の目になっていた。到底正気ではなかった」

「だから、滅国を?」



 その言葉を口にしながら、自分の口の中でその音が重く沈んでいくのを感じた。



「ああ──」



 彼の語りはそこで一旦止まり、静かに空を見上げた。

 山の向こうにかすむ雲をしばらく眺め、彼はぽつりと呟いた。



「だが、違和感がある」

「え?」

「俺の知っているあいつはそんな幼稚な八つ当たりをするようなやつではない。するとしても、少なくとも虐殺ではない」

「ん。事実は事実。過大評価?」

「……かもな。ただ、俺には別の目的があるように思えてならない」

「それは、例えばどのようなものかい?」

「さあ。すまんな。ただの勘だ」



 はあ!? 



 長々と話していて最後は根拠のない勘か……



 でも、なんだろう。



 彼のその仮説があまりにも彼女に似合っている気がして、否定しきれない自分がいた。



 理性では馬鹿げていると思うのに、感情がどこか納得しようとしている。



 ──昨日、見逃してもらったから? 



 苦笑する。



 もしそうなら、僕はなんて甘いのだろうか。



 ……冷静に考える。



 あそこで出会ったエルフの少女が滅国なのは間違いないとして、冷静に考えてはおかしい。



 滅国を人生の大きな目標に掲げていたとしたら、彼女はなぜあそこまで意思のある目をできるのか? 



 知り合いでいた。出世することを目標として努力し、実際に出世したことで燃え尽きたようにすべてのやる気がなくなった人が。



 僕が思うに、あれはまだ目的のある人の目だ。



 そして──



「──そして、俺が思うに、セワルーグの究極的な目的は自己の破滅だ」

「意味が不明。発想が突飛すぎ」

「いいや、突飛ではない。あいつは裁判で罪が確定したとき、どうしたと思う?」

「えっと、……絶望したとか?」



 ワールズは首を横に振った。



「笑ったんだよ、あいつは。それはそれは、うれしそうに」

「わら、った?」



 ──狂気だ。



 常人ではない。だって、自分に置き換えてみてほしい。



 今日からずっと苦痛の日々が始まると聞き、だれが心の底から喜べるか? 



「やっぱり、タルタロスに再収用は必須。なんなら今すぐ殺すべき」

「ああ、その通り。救いようのない狂人だ。だが、あいつは完全に狂うには優しすぎた。バカすぎたんだ。それこそ、未来で苦しむとわかっている人がいたらそれを救いたくなるほどには」

「未来で苦しむ人、かい?」

「大した意味はない。今思いついた例え話だ」

「……ずいぶん、あれを善人のように。あなたも変。正気? あくまであれは大量虐殺者。あなたの言葉と実際の像が一致しない」

「だから、俺は、人の子、お前たちから見たら遠く昔から蘇ったのだ。その俺の中でのあいつのイメージと大量虐殺の乖離の理由を求めにな」

「……つまり、あなたは、滅国はあくまで善人で、自身の中の彼女の像が大量虐殺と結びつかないため、実際には彼女は滅国をしていないと。そう思っているわけですね?」

「そういうことだ」

「“あってほしくない真実”を否定したいだけ。くだらない」



 ……ミーファをちらりと見る。

 彼女は、不信感に満ちた目で彼を見ていた。



 彼女の、事実は事実だ、というセリフが正直真理のような気もするね。とはいえ、彼の意見が理解できないわけでもない。



 あまりにも決裂が大きいのなら、僕はミーファの意見を優先する。



 ただ、残るのは無力な僕とそれに付き合わされるミーファだ。



 正直、彼の力を目の当たりにして指導を願う機会をみすみす逃すのはかなり惜しい。



 よ、よし。こ、ここは僕が仲裁を。



「ま、ま、二人とも落ち着いて。結局、エルフの彼女についての意見が完全に一致しなければいけないというわけでもないだろう?」

「「うるさい」」

「ひぃぃ……」



 ミーファと彼の論戦は続いていく。



「人の子。俺は別にセワルーグが善人であるという証明をしたいわけではない。あいつが腹の中に抱えているだろうその目的を明らかにし、滅国をした理由、もしくは滅国が起こった理由を問いただすのみだ」

「……実はやってなかった。そう言ってほしい?」

「願わくばな。だが、再三強調するが俺の目的はそうではない。つまり、俺は、あいつの復讐は、滅国ではなくさらに別の目的にあるのではないかと考えているんだ。そしてそれが、滅国以上の惨事をもたらすのではないかと疑っている」

「目的がある? 証拠なし。全部、ただの希望的観測。……歴史は間違っていた。そう言いたい?」

「ああ。そもそもあいつは善人。もはや復讐の狂気に取りつかれた存在だ」

「目的が分かったら?」

「場合によっては……それがあいつの望みなら、俺が終わらせる」



 ミーファはしばらく黙っていたが、ワールズの言葉に何かを感じ取ったようだった。



 彼女の表情には、疑念と理解が交錯していた。



 しばらくの沈黙。



 そして、ミーファは深くため息をついた。



「……わかった。実際、あなたの力は私たちに必要。あなたの主張はすべて妄想。……でも、あなたみたい滅国を慕う人がいるのも、……善性の証明の一種。私も、滅国の真意を確かめる」



 そう言い、そして、ふてぶてしい目で僕を見つめてきた。



 えっと……つまり? 



「許可。弟子入り」



 ありがとうございます。

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