第2話

 汝甘き死許されざらんタルタロス内部、最深層。奈落を思わせる大穴を降り続けるとたどり着けるそこはまさに監獄然としており、無機質。ここにいる囚人はただ一人であり、それゆえ獄室も一つ。



 灯りは蝋のみで、薄暗い廊下の奥にはぼんやりと、過去に大乱を引き起こした『畢竟』を封じる鋼鉄の扉が確認できる。




 看守以外立ち入ることができないそこに、今、侵入者が2人、扉の前に立っていた。




 長身の男が口を開く。




「『よこしまなる忌み子』よ。ここにかのエルフが封じられているのだな?」

「うん♪ 彼女なら間違いなくここだよ」




 男は全身を黒のフードで身を包んでおり、フードの中からは黒髪と、全てを射抜くような鋭い赤眼が覗いていた。



 もう片方は小柄な少女で、片目が包帯で隠れており、それ以外のところも乱雑に包帯が巻かれていた。そして、男と同じ黒のフード。新品であるのが男のフードとの違いだった。




「でもでもぉ……鍵、持ってないよね? ボクのは持ってたっぽいけど! そろそろ看守たちも追いついちゃうよ? どうするのかなぁ??」

「フン……」




 バカにしてくるような少女を意に介さず、男は軽く蹴りを入れる。

 ただそれだけで、今まで不壊ふえを誇っていた扉は粉々になった。




「ほっほ〜〜! ‪なるほど、なるほど……これは確かに、監獄破りをしようと思うのもうなずけるね☆」

「黙れ。あまり許可なく行動するな。少しでも不審な行動をすれば殺す」

「……はぁ〜い」




 そして歩みを進める。そこの埃くささからか、男は若干眉をひそめた。




 奥にはさらに鉄格子が張られており、その部屋の中にはエルフの少女がいた。




「……きたか」



 無機質なその監獄には不釣り合いな、鈴の音のような声がポツリと漏れた。



 投獄から、1678年。昏いエルフの目は、されど野心でギラギラと輝いていた。


 

 そこいるエルフは、片手は鎖で壁と繋がれていたにもかかわらず、余裕綽々という態度を崩さず、あぐらをかいた状態で2人を迎えた。




 すべて知っている。そう言わんばかりの、エルフの発する独特のオーラに、一瞬飲み込まれる。



 しかし、空白は一瞬。すぐに気を取り直した男は、エルフを見据えて話し出す。




「『畢竟』だな。手短に話そう。お前をここから出す。代わりに、俺たちに力を貸せ」

「構わない。ここには退屈していた」

「ならばいい」



 男は鉄格子を強引に素手でねじ曲げ、『畢竟』を繋ぐ鎖と、魔法封じの首枷を引きちぎる。

『畢竟』は自由となった手で首元を少し撫で、興味深そうに男を見つめた。



「それが貴様の力か? 私が外にいた時代でもそれほどの怪力を持つものはいなかった。興味深いな」

「ふん……」

「あはっ、褒められ慣れてないのかな? 照れてる〜〜!!」

「黙れ」

「冗談じょうだん! あはは、だから首に手をかけるのやめてよ〜……ね、いや、本当に冗談だから? おちつこ???」



『畢竟』が肩を竦める。そしてなにかに気づいたかのように顎に手を当て、問いた。



「……貴様の仲間か?」

「いや、もう俺だけだ」

「ならば構わんな」



『畢竟』はぐっぐっと体を伸ばしてストレッチし、埃を払うように手を払った。



 ──瞬間。



 轟音。暴風、否、風という概念では表せないほどの衝撃。



 廊下の奥より襲撃犯を殺さんと忍び近づいてきていた看守をいとも容易く吹き飛ばした。



 男はそれが魔法であったと、少ししてから気がついた。



「ほわぇ。近づいて来てるの気づかなかった〜〜! さすがはここの看守だね!!」

「……『邪』、静かにしろ。下がっていろ。邪魔だ」

「ふへぇ……」

「は、私は守ってくれないのか?」

は俺でも捌き切れるかわからん。それにお前の力も試そう。力を貸せ」

「ふはは、そうか、私が試される側か。そうだな、それは久方ぶりだ。どれ──」



 千年ぶりに枷を外され、自由となった首をゴキリと鳴らす。



「──遊んでやろう」



 襲撃犯の殲滅と囚人の再収容を至上命令として、道を塞いでいく看守たち。



 されど、野に放たれた混沌は、傲慢に嗤うのであった。




 ★




 生のよこしまちゃんかわいいね……



 いつも飄々として掴みどころのない彼女だけど、最後までリーダーの男──ヴェインと一緒にいる。自分にとって初めての家族なのだと、崩壊していく神殿に残る姿は感涙ものだ。



 それにしても、だ。いやー、長かった。個人的にはもう五千年くらい経ったと思っていた。ヴェインに獄にいた時間を聞いたらあ、意外にそんなもん……と、少し思ったくらいだ。いや、理論としてはそんなところなんだろうとは思うけど。




 あ、どうにか看守たちからは逃げれました。



 カッコつけたはいいけどあんな監獄守ってる看守なんて強いに決まってるし……まともに相手にしないで逃げるのが正解だ。



 それにしても、娯楽もなく、ずーっと拘束されて、見回りだけが唯一起こるアクションとか、いやーキツいっす。



 俺はいつか出られると知っていたから気を保てたけど、これでこの地獄を過ごした果てが死だとしたら、発狂ものだ。



 何なら数百年は廃人みたいに過ごしてた気がする。もう、看守たちの誰でもない足音が聞こえた時の俺の歓喜はどう表せばいいのやら。

 思わず目がギラギラ輝いちゃいました。



 さて、この監獄の中で何回も確認した、俺の今後の行動を確認しようか。



 まず、彼ら、【邪神教団】の目的は古、俺が生まれるよりずっと昔の神代に存在していたと言われる邪神の復活。



 そして主人公陣営がそれを阻止せんとする『勇者』たち。



 ゲーム内では主人公の『勇者』という青年と、幼なじみの『魔法使い』を基本として、あとは旅で出会うキャラのサブストーリー攻略具合や、ストーリーの進行度で変わる。



 序盤である第一節は【邪神教団】も目立った行動はしていないため世界からの認知度も低いが、第一節終盤に邪神復活のキーパーソン……というか、先駆者である『邪なる忌み子』を解放し仲間に引き入れるために堅剛にして不落を誇っていた汝甘き死許されざらんタルタロス破りを決行。



 教団側は監獄破りに連れてきた手勢を全て失う代わりに、邪神復活の方法を手に入れた……という感じだ。



 その時撹乱用に囚人たちを解放していくから、適当な理由でもつけてついて行こうと思っていたのだが、あっちからスカウトが来たのは少し意外だった。



 まあ、汝甘き死許されざらんタルタロス破りの情報がすぐに出回ることは避けれないし、幹部のほとんどがいなくなった今、教団の戦力増強は早急な課題だ。



 となると、俺がスカウトされるのも妥当とは言えるかもしれない。他の囚人たち──俺を含めて13人──を仲間にするにも、大体のヤツらが精神崩壊してるっぽいしね。



 邪ちゃんは40年前とかに入ってきた新参だから元気だったんだろうし。



 さて、第2章からが真相編と言ったが、その理由を話そう。



 結論、そもそも邪神(と称されている存在)が本来はこの世界を治めていた善良な神で、外から来た女神の方が悪いやつだったということ。



 1章でヴェインら邪神教団を殲滅した主人公陣営は、未だ加護が褪せ豊かさが戻らない土地があることに、疑念を抱き始める。

 女神からは邪神の呪いによって土地が痩せていると聞かされていたからね。



 そこで、邪神教団の資料をこっそりと持ち出し、女神こそが悪ではないかという結論に至った『魔法使い』は『勇者』に相談をする。



 女神を倒さないかと。



『勇者』は疑いきれず、その晩は『魔法使い』と別れた。




 ──翌日、女神の力により殺された『魔法使い』が発見されるところから2章は始まる。




 ……うーん、胸糞ストーリー。



 第1章の王道ストーリーを見せられたあとの第2章の始まりは本当に記憶に残った。それに愛着を持って冒険してきた主要キャラが突然殺されるんだ。女神のクソさに腹も立った。



 だから……ゲームの世界だと認識した俺はまっさきに思ったのだ。女神を殺そうと。



 とはいえ1人で女神に敵うはずもない。それに勇者がいないとたどり着けない。だから、ゲームが始まるまで待ち、1章時点で、ヴェインらが殺される前に勇者たちに真実に気づかせる。



 愛したゲームのキャラが死ぬ未来をわかってて変えないのも嫌だし、そもそもそういう運命にした女神も嫌いでたまらない。



 だが女神討伐を勇者たちが掲げるのはきっかけがあってから。



 俺が今彼らに接触を図り、女神が真の敵だと言っても相手にされないだろうし、(その後ひっそり女神の力で殺されるのが関の山)俺のちっぽけな脳みそで思いついた方法が、俺こそがラスボスになるということだ。



 勇者陣営でも、邪神陣営でもない俺こそが第三勢力として敵となり、共闘せざるを得ない状況を作り、そして誤解を解き女神討伐の方向へ目を向かせる。



 俺は死んでも構わない。1度死んだ身だ。



 縁のあるやつらも既に生きていないだろうし。



 ……ああ、……ワールズには本当に悪い事をした。



 もしまた会えたらな……



 いや、変な感傷に浸るのはやめよう。俺の存在が輪廻を証明しているようなもんだし。来世では同じ魂のやつと会えるかもしれない。



 と、そんなふうに考えていたら、監獄を出てついに16世紀ぶりの太陽を浴びた。まぶしー。



 手で光を遮りながら、それでも久しぶりの太陽を眺め堪能する。



 これは……朝日か。



「……太陽とは素晴らしいな」

「あれれ、感動してる? かわいいところもあるんだね〜♡」

「……そういうお前は泣いてるじゃないか」

「……およ?」



 邪ちゃんは左目を覆う包帯をぐしゃぐしゃにして、ずびずびと鼻水を垂らしていた。



 苦笑する。



「こい、拭いてやる」

「ん……」



 指を鳴らす。



 布を魔法で作って、鼻をチーンとさせる。

 俺もわかるよ。太陽ってこんなに綺麗だったんだな。



「……フン。あまりもたつくな。いつ追っ手が来るかもわからん」



 ヴェインが一歩前に出て、朝日をバックに振り向いた。

 赤眼が俺を貫く。



「『畢竟』……いや、セワルーグ、俺たちの目的は道中で話した通り、邪神復活だ。貴様がこれを許容できないならばここで別れる。最後の確認だ。貴様は俺たちに付くか?」



 答えは決まりきっていた。



「──もちろん。恩もある。それに邪神の存在については興味深いと思っていた」



 ヴェインと邪ちゃんが目を合わせる。


「……なんか、あやしいよね」

「ああ」

「おい」


 まあいいんだけどね。結果として裏切るつもりだし! 


 あんま信用されるよりかは怪しまれていた方がこっちの心も痛まない。


 フ、とヴェインが笑った。


「改めて、だな。俺はヴェイン。お前の能力も、畢竟と語られるまでに至った魔法の造詣の深さも、なぜ一国を滅ぼしたのかも、お前という存在に対して俺はひどく関心がある。契約だ。お前は俺ら邪神教団の仲間として、俺らに利のある行動をしろ。俺らはお前を仲間とみなし、共に苦難に対抗する」


 頷く。


「そうか」


 そういい、ヴェインと邪ちゃんが着ている黒のフードを渡される。


 さて、囚人服の上にそれを羽織ったところで、次は──主人公陣営との初遭遇だ。

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