被告人マリア④
パリスの暴露が中央広場を騒然とさせた。マリアは顔を赤らめ、アキレウスは頭を抱え、アレクサンドロスは息子の話した内容に
加えて、観衆の大人達、とりわけ女性達が黄色い悲鳴を上げているのを耳にした、中央広場で遊ぶ子供達が近くの大人達に事情を訊き、それを知った子供達が遊び仲間に伝えていったことで、事態は収拾がつかなくなっていく。
「静粛に! 静粛に!」
だがそれも、
「本日の裁判はここまでとする。被告人と告訴人には後日追って再審の日時を連絡するので、必ず出廷するように」
宣言を終えた直後、アレクサンドロスは法務官の椅子から立ち上がると、背後に建つ庁舎ではなく、息子の許に行くと耳元で彼にだけ聞こえるように言った。
「すぐに庁舎内の
パリスが「分かりました。父上」と返事したのを受け取ってから、アレクサンドロスは庁舎の中に消えていった。マリアはそれを見てキョトンとしている。
「あ、あの、パリスさま。
「いえ、私的な会話ですよ。あなたには――」
「おい、パリス。誤魔化すのは寄せよ」
パリスが、マリアに父との会話を知られまいと有耶無耶にしようとした時に、アキレウスが割って入る。
「あのね、マリアちゃん。さっきまで君の目の前に座ってた
アキレウスに真実を包み隠さず打ち明けられると、パリスの暴露の時点から混乱状態にあったマリアの頭はさらに滅茶苦茶になっていった。
え?
「お、おい、マリアちゃん!」
頭のオーバーヒートに耐えられなくなり意識を失ったマリアを、アキレウスが急いで抱きかかえてやる。すると、
「あー、雰囲気台無しだー」
と一人の、年頃は十歳と思しき女子が、アキレウスに冷たく言ってきた。
「え? なんでだい? 嬢ちゃん」とアキレウス。女子は答える。
「だって、こういう時はマリアさんに告白されたパリスさんが、やさしーく、王子さまみたいに抱きかかえてやるものじゃなーい?」
「そ、そんなこと言ったって、しょうがないじゃないか。僕の方が早く反応しちゃったんだからさあ……。おい、パリス。お前からもこの子になんか言ってくれよ」
話を振られたパリスはどうしたかといえば、心ここにあらず、といった感じでアキレウスに振り向いて答える。
「すまないが、アキレウス。今日のところはマリアさんを頼む。俺は少し気持ちの整理がつかなくて」
「はぁ? 答えになってないぞ。それ」
「いいから、マリアさんを頼む」
アキレウスが、その後も集まってきた女子からあれこれ詰め寄られているにも関わらず、パリスはそれを無視して中央広場から庁舎内の法務官執務室へと足を運ぶのだった。
◇
「う、うーん……」
マリアが目を覚ました。まもなく今の自分がいるのが自宅の私室で、ベッドに寝かされていることを知る。
「あ、起きた? いやあ、よかった」
アキレウスが、起きたばかりのマリアに応じる。室内の小さなテーブルの上で、いつもなら昼間は日差しを浴びるのが習慣の
コケッ!
「あ、ごめんね、コケコ。また心配させちゃって」
「えぇ……。マリアちゃん、君のおでこに冷たいおしぼりを置いてあげた僕ちゃんには何も言ってくれないのお?」
アキレウスがいつも見せる構ってちゃんな振る舞いに、マリアは呆れつつも「ありがとうございます」と感謝の気持ちを示す。
「あ、こら、ちょっと、コケコ! 私は大丈夫だよ! お口にキスしなくても、私は元気だから!」
その直後、いきなりコケコがテーブルからベッドに飛び移ると、マリアの唇に自身の
「あ、ごめんなさい。アキレウスさん。コケコ、たまにこうやって、私を元気づけようとキスしてくるんですよ。はは」
「へえ、そうなんだ」
相槌を打っていたアキレウスの心境は複雑であった。
僕もマリアちゃんの唇に……いや、駄目だ。僕はそんなこと、望んじゃマズい。
「あ、ところで、パリスさんは……」
マリアからそう尋ねられて、アキレウスは一旦
「あいつは今頃、庁舎内にある
「立たされてる……?」
「あ、まあ、マリアちゃんは気にしなくても大丈夫さ。君が悪いわけじゃないんだから」
「本当、ですか? だって貴族のパリスさまは平民の私とその、親しく付き合うのは良くないって――」
「と、ともかく、マリアちゃんは気にしなくていいの。ほら、今日はもう少し休んで体力を回復させるんだぜ。今日の裁判のせいで、昨日はドキドキして一睡もしてなかったんだろ?」
「だ、誰からその話を――」
「君のお父さんから聞いた。あと、君のお父さんが心労で今日は学校を休校にしたことも、学校に通ってる子供達から教えてもらったぜ」
「そ、そうだったんですね」
「うん。……あ、やべ! 僕ちゃん、これから用事があるんだった。ごめん、マリアちゃん。もう行くね」
「あら? そうだったんですか」
「ああ、そいじゃあね。マリアちゃん。コケコ、僕ちゃんの代わりにマリアちゃんの看護、頼んだぜ!」
足早に部屋を出ていくアキレウスに、マリアは「本当にありがとうございます」と再び感謝の言葉を伝え、コケコは甲高い声を上げて応じるのだった。
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