第3話 盗賊団 其之弐

ポヨンッ、ポヨョョンッ……


 水風船が跳ねるような柔らかな音を響かせて、マッドゴーレムは街道を逃走していく。


「いい子でちゅから、おとなしくしてまちょーね~~」


 相変わらずゴージョは、馬乗りしたロックゴーレムから安物の宝玉をえぐり取るのに夢中だ。こいつは、マッドゴーレムが逃げ出したことすら気づいていない。ノリノリできしょいセリフを吐いてやがる。


ガンッ!


 怒りに任せて河鬼の後頭部に蹴りを入れると、前に倒れた勢いでクチバシ型の搭乗口カバーが丁度の宝玉に当たり、大きなヒビが入る。もう売り物になるまい、ざまぁみろ。


「ひっどいなぁ、もう少しだったのに……、何するんですか、クー様ぁ~~」


「バカやってないで、あのゴーレムを追うんだよ!」


 ゴージョが起き上がる前に、あたいは走り出していた。


「あら~~、あんな足の遅さで、小生達から逃げられると思っているのかしら?」


 起き上がった河鬼が、魔玉で風を巻き起こす音が後ろから響いて来る。だが、あたいの猿王も重力制御で重さを殺し、飛ぶように早く走っている。風で河鬼を跳ばせても、マッドゴーレムに追い付くのはあたいの方が早いだろうし、それまで十数秒もかからない。

 とはいえ、ただこのままマッドゴーレムと追いかけっこを続けるのも、芸がない。


(射程距離に入ったな)


 猿王の腰の後ろに設置されたホルダーから、あたいはマジックボウガンを引き抜いて構えた。このマジックボウガンという得物は、持ち手の付いた三角形の板の上に小ぶりの魔玉の杖を据え付けた飛び道具だ。


(狙うなら、足だ)


 まだそれが何であるか分からないが、上半身に当てればマッドゴーレムの抱えたお宝も傷つけかねない。あたいは、ロックゴーレムの踵に狙いを定め、猿王の手を通してマジックボウガンに魔力を流す。


ヒュヒュンッ!


 マジックボウガンの先端の魔玉から岩の矢が連続発射され、マッドゴーレムの足元に飛んで行く。が、僅かに狙いが逸れたらしく、ゴーレムの足元に土煙を起こしただけで、よろめかせる事すらできなかった。やはり全力疾走しながら動く的に当てるのは、あたいの腕ではまだまだ厳しい。


シュパンッ!


 空気を切り裂く音と共にゴーレムのすねが裂け、赤茶色の魔力のこもった泥が体内から飛び散り、街道と森の木々を汚す。


(ゴージョか!)


 その場で膝を地面に付いたマッドゴーレムを見て振り返ると、マジックボウガンを構えた河鬼の姿があった。河鬼の腰のホルダーから抜き放たれたマジックボウガンは、ゴージョの得意魔法エアカッターを込めた魔玉で作ったものだ。あの距離からマッドゴーレムの足に命中させたのは、魔法を器用に扱うゴージョならではだ。


「でかしたゴージョ!」


 膝立ちのまま屈むマッドゴーレムが斜めに傾き、奴が両手で大事に抱えていた物が、ようやくあたいの眼前に姿を現す。それは、ホロのかかった大きな馬車の荷台だった。


「お宝は、その馬車の中って訳かよっ!」


、マッドゴーレムはそのまま荷台を街道に下ろし、まるで身を挺してそれをかばうかのように、膝立ちのまま上半身だけをこちらに向ける。足を負傷しながらも主人をかばおうとするその姿は、それがマスターの命令とはいえ健気なものであったが、戦いに情けは無用である。


パァン!


 猿王の腰から抜いた対ゴーレム用モーニングスターが、まるで風船のようにその頭を粉砕する。ゴーレムの血ともいえる、赤茶色の泥が辺り一面に飛び散り、馬車のホロごとそこら中をを泥一色に染め上げていく。

 あたいのモーニングスターの柄には土の魔玉が埋め込まれており、魔力でこの武器の性能を強化できる。具体的にはモーニングスターの硬度上昇及び、その重量の操作だ。何倍にも重さを増した鎖の先の鉄球は、アイアンゴーレムの魔鉄の装甲にすらダメージを与えられる。まして、装甲を一切まとわぬマッドゴーレムの頭など、ひとたまりもない。

 頭を失ったマッドゴーレムは、守ろうとした荷台の横にその巨体を静かに寝そべらせた。これで良い。やるならいっそ一思いに、だ。


「さて、お宝お宝っと」


 ウキウキで、あたいがゴーレムの搭乗口から出ようとした、その時だった。


『おお~~い、忘れ物でござる! 忘れ物でござるよ、二人共~~っ!』


 遠くから、ハーチョの大声が聞こえて来た。振り返ると、あたいの愛用している赤い棍と、ゴージョの仕込み杖を抱えたハーチョが、息も絶え絶えになりながら街道を追いかけて来る。

 うっかりしていた、ゴーレムに乗っている間は無敵でも、油断して降りたところを狙われたのでは、どうしようもない。武器も持たずにゴーレムに乗り込んだのは、油断が過ぎた。


「気が利くね、ハーチョ」


 ゴーレムの手に乗って地上に降りると、ハーチョが愛用の棍を投げて渡してくれた。


「ご苦労、ハーチョ。小生のステッキも頼むよ~~」


 河鬼の掌に乗って、手を振りながらゴージョも地上に降りて来た。


ベチーーン!


 ハーチョが思い切り投げつけた仕込み杖が顔面に命中し、ゴージョをゴーレムの手の上から叩き落としていた。

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