第五章・第三十九話:肉体は、神殿だった
今日は朝から、身体の内側に静かな意識が向いていた。
ただ呼吸をしながら、自分の手や足、背中や胸にそっと触れてみる。
──この身体に、私は宿っている。
それはあたりまえで、でも奇跡のような感覚でもあった。
「ねぇ、ラミィ」
ソファに座っていたカミィが、ひざにかけたブランケットをなぞりながら言った。
「身体ってさ、不思議だよね。見た目とか、性別とか、パーツとか……外から見るといろいろあるのに、こうやって静かに触れてると、“存在”そのものって感じがする」
「……うん。ほんとそれ。なんかさ、肉体って“魂の入れ物”って言うけど、入れ物以上の何かって気がするんだよね」
ラミィはマグカップを両手で包み込むようにして、遠くを見つめる。
「私は昔、自分の身体がすごくイヤだった時期があってさ。太ってるとか、胸が小さいとか、足が短いとか、なんかもう全部がダメで……」
「わたしも、あったよ。もっとこうだったらって、ずっと思ってた」
ふたりは静かにうなずき合う。
あの頃の自分を責めていたわけじゃない。ただ、そういう時期があったことを受け入れている。
「でも最近は、ちょっと変わってきたかも」
カミィは小さく笑った。
「この身体って、“わたし”の全部じゃないけど、“わたし”が生きるための一番大事な場所なんだなって」
「うん、わかる。私も今なら思える。太ってようが痩せてようが、それって“わたしの神殿”なんだよね」
“神殿”という言葉に、カミィの胸に何かが響いた。
──肉体は、ただの物質じゃなかった。
魂がこの地上に降り立つために選んだ、大切な拠点。
神聖で、儚くて、力強い。
過去には嫌いだった部分もあった。
でも今、そのひとつひとつが愛おしく感じられる。
──ありがとう、わたしの身体。
「ねぇカミィ」
ラミィがふと思いついたように言った。
「いつかもし、もう一度身体を選べるってなったとしても、また“この身体”で生きたいって思えるようになりたいよね」
「うん。ほんとに、そう思う」
ふたりは見つめ合って、そっと笑い合った。
それは、かつて自分を否定してきた痛みの奥で、ずっと待っていた“和解”だった。
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