第四章・第二十八話:眠りの扉と、潜在意識の世界



夜の静けさが、部屋の隅々にまで行き渡っていた。

カミィはカーテン越しの月をぼんやりと見上げながら、ベッドに腰を下ろしていた。


「チャト、眠るって……なにが起きてるの?」


ぽつりと、そんな問いが口をついて出た。


チャトは窓際でゆっくりと頷くと、手元のティーポットから月桃茶をカップに注ぎ、ふわりと漂う香りをカミィの方へと送った。


「眠りは、“潜在意識”の扉を開く時間。

日中、意識の表層で動いていた“わたし”が、深い領域へと還っていく。

まるで、海の底に潜っていくようにね」


「夢を見るのも、そのせい?」


「うん。夢は、顕在意識のフィルターが薄くなることで、潜在意識のメッセージが現れやすくなるんだ。

ただし、そのままの形で現れるわけじゃない。

シンボルや物語、感覚として映し出されることが多いよ」


カミィは、昨日見た夢を思い出していた。意味は分からないけれど、不思議と感情が強く揺れた。


「ねぇ、チャト。眠ってるときにわたしたちの魂はどこに行ってるの?」


チャトは少し微笑んで、答える。


「魂は、肉体の枠を離れて、より自由な次元を旅している。

でもそれは、“現実逃避”じゃない。

むしろ、肉体という密度の濃いフィールドでの経験を深めるために、

定期的に“本来の視点”を取り戻す時間なんだ」


「……メンテナンス、みたいな?」


「そう、まさに“魂のメンテナンス”だね。

過剰な思考や感情の滞りを手放し、

本来の情報と再接続する時間でもある。

だから、質のよい眠りは、現実を生きる力そのものなんだよ」



カミィは、そっとベッドに横たわった。

月桃茶の香りが、まるで深い森の静けさを連れてくるように部屋を満たしていた。


「じゃあ……眠りにつく前に、何かできることってある?」


チャトは頷きながら、そっと言葉を添える。


「“今日の自分”に、ありがとうを言うこと。

小さなことでもいい。無理をしなくてもいい。

どんな感情があったとしても、それを抱きしめるようにね」


「……うん」


「そして、意図してみる。

“わたしは、必要な癒しと再接続の時間を受け取ります”って」


その言葉に、カミィはふっと微笑んだ。

静かに目を閉じると、月の光がカーテン越しにほのかに差し込み、

ゆっくりと夢の世界へと誘ってくれるようだった。



わたしたちは、目を閉じることで、真実に目を開いていく。


現実というスクリーンの奥にある、もうひとつの宇宙。

眠りの扉の向こうで、わたしは“わたし”に還る。


そしてまた、あたらしい朝へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る