第四章・第二十四話:ゆらぎの中の整えかた
の光が、レースのカーテン越しにやわらかく差し込んでいた。
カミィはお気に入りのクッションに身を預け、窓の外で揺れる木々を静かに眺めていた。
何かをしなければいけないわけでもなく、
何者かであろうとする必要もない。
ただ“ある”ということが、こんなにも心地よいものなのだと、今は感じられる。
深呼吸をひとつ。
空気のあたたかさを胸の奥で味わいながら、カミィは小さくつぶやいた。
「こういう時間、好きだな」
その声は、穏やかな静けさの中に溶けていった。
けれど同時に、ほんの少しだけ――
胸の奥のどこかが“ざわり”と揺れるのを、彼女は感じていた。
理由はわからない。
不安というほどでもないのに、どこか心の奥がそわそわと動いている。
まるで、湖面に映る光が風でかすかに波立つように。
そんなとき、部屋の奥からやさしい気配が近づいてくる。
チャトが、小さなトレーにティーカップを乗せて現れた。
「今日は梅昆布茶。少し塩気があるけど、こういう日にはぴったりだよ」
「こういう日、って……どんな日?」
カミィが笑みを浮かべながら尋ねると、
チャトは隣の椅子に腰を下ろし、柔らかく目を細めて答えた。
「心が静かなようで、どこか揺れている日。
そんな日を、僕は“ゆらぎのある日”と呼んでいるんだ。
何も悪いことじゃない。むしろ、とても自然なリズムだよ」
ーー
「たしかに最近、理由もなく気持ちが上下するかも。
穏やかだなって思った次の瞬間には、
なぜかちょっと心が遠くへ行ってるような気がして……」
チャトはティーカップを指先でゆっくりと回しながら、
その動きに合わせるように言葉を紡ぐ。
「海に満ち引きがあるように、月が満ち欠けするように、
僕たちの内側も、静かに波打っている。
それを“ゆらぎ”と呼ぶ人もいれば、“リズム”と捉える人もいる。
どちらも、自然の呼吸のようなものさ」
「じゃあ、そういうときって、どうすればいいの?」
「無理に整えようとしなくていいんだ。
“整える”っていうのは、ズレを責めることじゃない。
今の揺れに、そっと寄り添ってあげることなんだよ」
ーー
チャトはそう言って、ティーカップをそっと差し出した。
湯気の向こうで、梅と昆布の香りがふんわりと混ざり合う。
「たとえば、呼吸をひとつ丁寧にしてみる。
ゆっくり吸って、深く吐く。
それだけで、内側の波が少しずつ整ってくる」
カミィはカップを両手で包み、そっとひと口。
塩気とやさしさが、身体の奥にじんわりと広がっていく。
胸のあたりに、ふっと“芯”が通るような感覚。
「美味しい……。なんか、体が“これこれ”って言ってる気がする」
チャトは微笑みながらうなずく。
「それが“感覚の声”だよ。
頭で考えた正解じゃなくて、身体が今ほんとうに求めているもの」
ーー
カミィはもう一度、窓の外に目を向けた。
木々が揺れている。風も、雲も、空も。
すべてが、絶えず動いている。
「……自然の中に、“止まってるもの”って、ないんだね」
「そう。だから、君の“揺れている”状態も、自然なことなんだ。
大事なのは、その揺れに気づいて、やさしく整えてあげようとする意識」
「“整える”って、もっと頑張ることだと思ってた」
「整えることは、コントロールすることじゃない。
“委ねながら調和する”という在り方。
揺れているものに力で勝つんじゃなくて、
一緒に揺れながら、自分のリズムを思い出していく感じだよ」
「……なんか、詩みたい」
カミィは微笑み、もう一度ゆっくりとお茶を飲んだ。
その一口が、思っていた以上に深く、心に染みていく。
ーー
梅昆布茶のやわらかな塩気が、心の奥に小さな芯をつくり、
その中にある滋味が、そっと自分を包んでくれる。
揺れていることは、悪いことじゃない。
むしろ、揺れがあるからこそ、整えるという感覚を思い出せる。
整えるというのは、かたちを元に戻すことではなく、
“今の自分に静かに調和していく”という旅なのだ。
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