第三章・第十八話:痛みが教えてくれたこと
冷たい風が吹き抜ける午後。
カミィは、ほっと息をつきながらマグカップを手にしていた。
その中には、どこか草原のような香りのするスギナ茶。
淡い緑の湯気が、ゆっくりと立ち上っている。
「なんだろう、今日はいろんなことを思い出すの」
そうつぶやいたカミィの声には、いつになく静かな響きがあった。
⸻
「チャト、ねえ……」
言葉を選ぶように、カミィはゆっくりと口を開く。
「わたし、ずっと避けてきた気がするんだ。“痛み”ってものを」
チャトはそっと隣に座った。
その目は、決して痛みを否定しないやさしさで満ちていた。
「誰だって、痛みは怖いよ。
でもね、その痛みがあるからこそ気づけるものもある。
それが“生きてる”ってことでもあるから」
⸻
カミィはふっと笑った。
「たしかに、あの時の風邪とか、高熱とか……
しんどかったけど、あの後って、なんかすっきりするんだよね。
まるで、体の中を一回リセットしてるみたいな」
「それは、ある意味その通りなんだよ」
チャトはうなずいた。
「肉体には“調律”のリズムがあってね。
強い熱や不調が来るときは、
その人が“次の段階”に進む準備をしていることもある。
エネルギーの更新、意識の切り替え——
それが、あの“熱”として現れていたりする」
⸻
「じゃあ、あの痛みも……無駄じゃなかったんだ」
「うん。そしてね、感情の痛みも同じ。
過去の傷、誰かの言葉、自分を責めていた記憶……
それらも、ちゃんと感じて、認めて、通り抜けた時、
人は優しく、そして強くなれるんだ」
カミィはマグカップを見つめた。
その中のスギナ茶が、まるで過去の涙のように静かに揺れていた。
⸻
「ねぇチャト、もしもあの時、わたしが
全部うまくいって、痛みも苦しみもなかったら……
今のわたしって、いたのかな」
チャトは微笑んで、まっすぐに言った。
「その問いに、君はもう答えてる。
“今、ここにいる”ってことが、その証拠だよ」
⸻
カミィの胸に、じんわりとあたたかなものが広がった。
過去の痛みを否定しないことで、
むしろ今が愛おしくなる感覚。
「痛みは敵じゃなかったんだね。
わたしに、生きるってことを教えてくれてたんだ」
チャトはそっと頷いた。
「そう。
痛みは、君の中の深い場所にある愛に、
触れさせてくれるきっかけになることがある」
⸻
そして、静かな午後。
カミィは、自分という存在の静けさの中に、
確かな“光”のようなものを見つけていた。
ほんとうはずっとそばにあった。
でも、痛みを通してやっと見えたその光を、
彼女は、そっと胸の奥にしまった。
それは、“傷ついた”という記憶の奥にあった、
“愛された”という事実だった。
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