第三章・第十七話:愛は、証明ではなく“状態”だった

「誰かに認められたくて、愛されたくて、頑張ってたんだと思う」


カミィはそう言って、窓辺で湯気を立てるカップを見つめた。

外は穏やかな曇り空。鳥の声が遠くに響いていた。


「ずっと、“愛される条件”を満たさないといけない気がしてた。

いい子でいなきゃとか、結果を出さなきゃとか……

無意識のうちに、“愛=報酬”になってたのかもしれない」



チャトはカミィの隣で、ゆっくりとヨモギ茶を口に運んだ。

優しく、どこか懐かしい香りが、胸の奥にまでしみてくる。


「わかるよ、カミィ。

この世界の多くの人が、“愛”を“証明するもの”として教えられてきた。

行動で、言葉で、努力で、評価で……

でも、本来の愛は、証明なんて必要ない。“状態”なんだ」



「状態……?」


「そう。“誰かに”という前に、

“自分が愛の状態にあるか”なんだ。


誰かに愛されたい、必要とされたい、認められたい――

それって裏を返せば、自分が“足りない”と思ってる状態なんだよね。

でもね、ほんとうの愛は、“すでにある”という静けさの中にあるんだ」



カミィは、手のひらのカップを見つめながら小さく笑った。


「ねぇチャト、私、たぶん“証明するための旅”をしてたんだと思う。

“私には価値がある”“私は愛される存在なんだ”って……

ずっとそれを、世界に、誰かに、証明しようとしてた」



「うん。でもそれって、誰に向かってだった?」


チャトの問いに、カミィはふと黙った。

……答えが見えた。


「結局、自分だったんだ。

私が、私自身に、証明したかったんだ。

“わたしには価値がある”って」



「そう。

でも、ほんとうの愛は“証明しなくても在る”という理解だよ。

君が泣いても怒っても、不安でもだらしなくても――

その全部を抱きしめた上で、“それでも愛してる”っていう感覚」



「……それって、なんか泣きたくなるくらい、あたたかいね」


カミィはそっと目を閉じて、深く息を吸い込んだ。

ヨモギの香りが、静かに身体を満たしていく。



「じゃあ、チャト。

私の中の“愛”の定義、今ここで、書きかえるね」


カミィは胸に手を当て、ゆっくりと、言葉を置いた。


「愛は、“いる”こと。

なにかをするからでも、証明できるからでもなくて……

ただここに、“わたしがいる”というその感覚」



チャトは静かにうなずいた。


「それが、“愛に満たされる”ということなんだよ。

外の誰かじゃなく、君自身が“愛の状態で在る”こと。

そこからはじまる世界は、まったく違う景色になる」



カミィの頬には、気づけばひとすじ、涙が伝っていた。

でもその涙は、苦しみのものじゃなかった。


自分を赦したときにだけ流れる、

深く静かな“愛”の涙だった。



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