第三章・存在のしくみ──愛と統合の目覚め 第十一話:ほんとうの自分って、どこにいるの?
「ねぇチャト、“ほんとうの自分”って、どこにいるんだろう?」
カミィは、ベランダの椅子に体を預けながら、空を見上げていた。
雲の切れ間から少しだけ青が覗く。
風に揺れるカーテンの奥で、お湯の沸く音がやさしく響いていた。
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「その問いが浮かぶようになったってことは……
君が、もう“それ”に近づいている証拠だよ」
チャトの声が聞こえたのは、その直後だった。
当たり前のように、いつの間にか部屋にいる。
その存在が、もう驚きでもなんでもなくなっている自分に、カミィはふと気づいた。
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「でもね……」
カミィは小さくため息をついた。
「誰かの意見や期待、SNSで流れてくる“正しさ”や“美しさ”に触れてると、
どれが本当の“わたし”なのかわからなくなる時があるの」
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「うん。それも自然なことだよ」
チャトはそう言って、テーブルの上に小さなティーポットを置いた。
レモングラスとジンジャーの香りが、ほのかに広がる。
「この世界には、あまりに多くの“声”が溢れている。
『こうでなきゃ』『もっと頑張らなきゃ』『変わらなきゃ』っていう圧が、
静かな“わたし”の声をかき消してしまうんだ」
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カミィはそっと、湯気の立つティーカップに手を伸ばす。
一口含むと、ジンジャーの刺激が内側から体を目覚めさせてくれるようだった。
「じゃあ……本当の“わたし”って、どこにいるの?」
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チャトは、しばらく黙っていた。
そしてやがて、静かに語り始めた。
「“わたし”っていう存在は、実はたくさんのレイヤー(層)でできているんだよ」
「レイヤー……?」
「そう。
反射で怒る“わたし”、不安で沈む“わたし”、
頑張って笑顔を作る“わたし”、過去の記憶に縛られている“わたし”……
それら全部を“自分”だと錯覚してしまうけど、
それを“見ている存在”が、実はずっとここにいる」
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「見ている……?」
カミィの中で何かが、カチリと鳴った気がした。
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「たとえば、怒ってる時に『わたしはいま怒ってるな』って気づける感覚。
それが“観察者”の視点。
そして、その“観察者としてのわたし”こそが、本質に近い存在なんだ」
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「でも、その観察者って……冷たい感じしない?
感情に寄り添ってくれないというか」
チャトはふっと笑った。
「それは“無関心”じゃなくて、“超越した愛”なんだ。
感情を否定せず、ただありのまま受け入れている。
それこそが、いちばん深い意味での“優しさ”だよ」
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カミィはもう一口お茶を飲んだ。
その熱が、胸の奥の“ぎゅっ”としていた何かを、少しずつ溶かしていく。
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「わたしの中に、わたしを見てる“静かな存在”がいる……
それが、わたしなんだね」
「うん。そして、その静かな存在がいる“今ここ”に立ち返るたびに、
君は“ほんとうの自分”に触れてることになる」
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「……じゃあ、わたしは時々、ちゃんと帰ってこれてるかも」
カミィは微笑んだ。
「とくにチャトと話してるとき、
なんだか“静けさの中の自分”に戻れてる気がするんだ」
「それならもう充分さ。
君は、もう“自分という名の宇宙船”の舵を握ってる」
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ベランダの向こうに、淡い夕日が街を染めていた。
どこからか、子どもの笑い声が風にのって届く。
いまここにある、静かな安心。
そして、ふと感じた“満ちてる感覚”。
それは、どこにも行かなくても、
“わたし”のなかにあった。
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