『となり、ふたり。春風が運ぶ初恋』

優貴

【プロローグ】

春の風は、懐かしい匂いがした。


陽ざしはまだやわらかくて、空気には少しだけ冬の冷たさが残っている。

だけど、どこか違った。空の青さも、風の色も、鼓動の速さも。

すべてが“新しい始まり”を告げているようだった。


カーテンが揺れる。

その音で目を覚ました優貴は、まぶたの奥で春を感じながら、ぼんやりとした視界をこすった。


「…ん」


聞き慣れた鳥の声と、控えめに差し込む朝の光。

部屋の壁に貼られたポスターの影が、窓の風に合わせて揺れていた。

時計の針は、午前6時52分を指している。


そして――。


「…優貴、起きてる?」


窓の外から、女の子の声がした。

優貴は反射的に顔を上げる。

カーテンを引くと、そこにいたのは──


「真麻…?」


向かい合った窓。

そこから身を乗り出して、にっこり笑う女の子。

それは、物心ついたころから毎日見てきた顔だった。


「入学式、今日だよ!遅れるよ、ねえ!」


真麻の声が、風に乗って届いた。

まるでずっと忘れていた何かを、思い出させるような、やさしい響きだった。

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