密かなすれ違い

ー矢吹美晴

視線の先、ベンチに座る女性。

くすみピンクのパーカー。白いトートバッグ。

スマホをいじる指先が、何となく落ち着かないように見えた。


──知ってる人に、似てる気がしたけど。


でも、それ以上、視線を向けなかった。

見られたくない、という気持ちのほうが先に立ったから。


カップの氷が、からんと音を立てた。

その音に紛れて、もう一口だけ飲んだ。


予定のない日曜は、空白がやけに目立つ。


──誰かを避けるように歩いてるうちは、その空白はずっと埋まらないのかも。


そんなことを思いながら、私は立ち上がった。


コンビニでアイスコーヒーを買って、駅前のカフェのガラスに映る自分の姿を見る。

ちょっと浮いてないかな、と思いながらパーカーの袖を直した。


ふと、窓際の席にひとりの女性が座っていた。

ストローをくるくる回して、じっと窓の外を見ている。


──天竺さん……?


……気のせいかな。

似てるけど、あんな柔らかい表情してたっけ。あんなおかしな眼鏡をかけていたっけ


ほんの数秒見ただけで、視線を外した。

声をかける理由もなかったし。

私のテンションで、踏み込んでいい空気かも、わからなかった。


歩き出したあと、少しだけ後ろを振り返って、やっぱりやめた。まだ、話す準備ができてない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る