一年生秋季編
第15話 再開と師事
八月二十七日。
夏休みが終わり、今日から新学期だ。
届いたばかりの制服に腕を通し、着る。女子用である為か少し違和感があるが、この一ヶ月でスカートなどは慣れてしまったのでどうってことはなかった。
「じゃ、私はここで。頑張ってね」
最後に小さく「お兄ちゃん」と言うと綾乃は去っていった。
校舎の正面玄関はホールとつながっており、吹き抜けになっている。天井はガラス張りになっていて青い空が見えた。
校舎は五階まであり、かなり大きい。
全体的に西洋風の造りで綺麗だ。
校長先生などとの挨拶を終え、先程伝えられた教室に。
「今日は転校生がいまーす」
先生の声のあとに教室が騒がしくなる。
「よ~し。入っていいぞ〜」
俺はドアを開け、中に入る。
「じゃ、簡単な自己紹介を…」
「は、はい。お、私の名前は
緊張して声が張ってしまった。
頼む。何か反応をくれ〜!教室を見渡すと何も言わず、ポカンとしてる生徒たちと目が合う。
その中に見知った顔が居た。
「じゃあ、あそこの席に座ってくれ。」
刺された先は窓側の端の一番後ろの席。
先生に言われた通りその席に座る。
その後朝のホームルームが行われたのだが颯也がいたことにびっくりしすぎて先生の話はあんまり入ってこなかった。
「アンタ、この学校だったの?」
「いや、それはこっちのセリフ」
俺はホームルームの後、颯也に呼ばれ廊下で話していた。一応人目があるので喋り方は気をつけている。
数分、世間話をしたあと
人が少なくなってきた頃。
「それで、話って?」
「ああ、一応知ってると思うが十一月下旬から毎年恒例、
「あと二ヶ月弱でしょ?いける?それ」
「ああ、結構厳しい。地区予選まではもう二ヶ月もない」
「なんとかして別の方法で行けないか?」
「無理だ。お前も知ってるだろ?この島に入る時の面倒くささが。あっちも同じようなもんなのさ。ま、バロールさんが伝えてくれって言ってたのはこんなもんだ。じゃ、また後で」
その後は普通に授業が始まった。名門校といっても普通の学校と授業に差はあまり無かった。
そして四時間目を終え、昼食を含めた昼休憩が始まった。
俺は颯也を連れて食堂へ。
「よかったの?私なんかと一緒に来て。友達とか居るんじゃないの?」
「………………ねぇよ」
「え?」
「友達なんかいねぇよ!」
「………ご、ごめん」
「あやまんな。悲しくなる」
俺は天ぷら蕎麦を買い、席に座る。
丁度、颯也も飯を持ってきた。
「いただきます」
「颯也がこの学校に来るってことはさ、
「ああ、手続きなんかで遅れるが、来週にはこの学校の中等部に入るはずだ」
「何年だっけ?」
「三年生だな」
「ああ、じゃあ綾乃と同じ学年か」
「あっ、そっちの妹か」
「そうそう。どう?新生活は」
「楽しいよ。やっぱ帰ったら人がいるってのはいいな。ま、お互い料理ができねぇからよ今度バロールさんにでも頼んで料理を教わりに行くつもりだ」
「それはよかった。そういや、統一戦だけど、どんぐらいのレベルなんだ?参加したことないから分からないんだ」
「ああ、俺もそれは無いんだが会場まで見に行ったことはあるんだよ」
「なるほど。で、どうだった?」
「ひとことで表すと上位層はバケモンだらけだ。この大会へは島内の過半数の生徒が参加する。そん中で本戦出場者は三十二名だ。
俺は唾を飲んだ。
「お前が今まで見てきた
颯也はそう言って席を立った。
俺も急いで蕎麦を食い、食器を返却口に返した。
教室に戻ろうとしたとき、スマホに電話がかかってきた。
「はい、もしもし」
『あ、綾斗く〜ん。今日の放課後はさ、いつものバーじゃなくて別の場所に来てほしいんだよね。住所、送るからさ』
「はい、わかりました。けど、いったいなんでですか?」
『前言った、剣の人に会ってほしくてね』
「えっ」
『じゃあね〜』
「あ、ちょっと」
プつッ。
切れた。
「はぁ」
午後の授業が始まる十数分前。私は、そっと教室の扉を開けた。
教室へ戻ると、すでにかなりの生徒が戻ってきていて、空気はざわざわしていた。でも、そのざわめきは──
「あ、いた!北条さんだ!」
俺が席へ向かう途中、女子のひとりが声を上げた瞬間、教室の空気が変わった。
席に着いた瞬間、周りからどっと女子が集まってくる。
「髪、さらさらだね~!どこで切ってるの?」
「転校って、珍しいね!どうして転校したの?」
「何処の学校から来たの〜?」
「ていうかさ、声かわいいよね!?なんか声優っぽくない?」
く、来るとは予想していたが。これが転校生への洗礼と言うやつか…。
十人、いや、もっといたかもしれない。四方八方から飛んでくる質問に、頭がぐるぐるしそうになる。
「あ、えっと、その、えっと……」
全部に答えようとしていたら、余計にどこを見ていいか分からなくなって、気が滅入る。
このクラスでこんなに女子に囲まれるなんて思ってなかった。しかも、目の前の子たち、みんなキラキラしてて、悪気はなさそうだけど、勢いがすごすぎて……。
「──はい、はい、ストップストップ」
そんな中で、落ち着いた声が飛んだ。
集まった女子たちがそちらを向く。声の主が現れた。
「ほら、北条さんが困ってるでしょ」
現れたのは、ロングヘアの落ち着いた感じの女子の。目元がくっきりしていて、美人だ。声の通りもよくて、その場空気を持ってった。
「ごめんね、うちのクラス、こういうの全開なの。新しい子見ると、すぐこれ。……ちょっとウザかったかもだけど、悪気はないから」
「ううん、大丈夫……ありがとう、助かったよ」
自然と笑顔がこぼれた。彼女の一言で、あの渦のような空気から抜け出せた。
彼女はにっこり笑うと、私の隣の空いた机の上にひょいと腰を乗せる。
「私は
「うん。……よろしくね、兵藤さん」
「“さん”は取っていいよ、それに下の名前で呼んで。私も綾斗って呼ぶから」
「え、あ、わかった」
「よろしくね、綾斗」
ふふっと笑って、彼女は指でピースを作った。どこかあっけらかんとしていて、だけど気遣いもできて、たぶんこのクラスでは中心的な子なんだろう。
午後の授業のチャイムが鳴る。
授業が終わり、皆が帰るか部活に行く。
俺は綾乃に少し帰り遅れるかもとメッセージを送り、学校を出た。
学校の最寄りの駅から少し乗り継ぎ、指定された場所へ。
着くと、そこには洋風の豪邸が建っていた。
チャイムを押し、門を開けてもらい、中へ入る。
門をくぐり、少し歩くと見慣れた人影があった。
「……からさ、統一戦出てくれない?」
「断るよ。私は
バロールと一人の男が話していた。
「あっ、綾斗く〜ん。こっちだよー」
俺は二人の入っているガゼボまで近づいた。
「来たよ、こちらが君に剣を教えてもらいたい子だよ」
男は立ち上がり
「なるほど。…はじめましてだな。私は
望月は左目に
制服はきっちり着られており、シワ一つない。
「は、はい。
思わず背筋を伸ばして名乗ると、望月は軽く頷いた。
「ふむ。礼儀はあるようだ。悪くない」
そして、何かを考えるように目を細める。
「だが、それと剣の才能とは別の話だ。教える以上、無駄な時間は使いたくない」
「え、あの……」
次の瞬間、望月は横の木立に目を向け、すっとその中から一本の木刀を取り出してきた。
「ほれ、これを持って」
望月が木刀を渡してきた。
「こ、これは?」
「今から見極める。君を。今から模擬戦をしてもらおう」
「ど、何処で?」
「今、ここでだ。ああ、安心したまえ、手加減には自信がある」
「いや、そういう問題じゃ…」
俺はバロールの方を向いた。
親指を立てるだけだった。役に立たねぇ〜。
俺と望月は家の裏の庭に立ち、睨み合う。
「よ、よろしくお願いします」
俺は木刀を構える。俗にいう正眼の構えというやつだ。
「見極めさせてもらおう」
望月は片手で木刀を持つ。
「さぁ、来なさい」
俺は足を強化して望月に近づいた。
「ほぅ、なかなか速いじゃないか」
望月に対して木刀を振り下ろす。
俺の振り下ろした一撃は――空を切った。
望月は、まるで風のように滑るような足運びで俺の死角へと移動していた。瞬きひとつ分の時間で背後を取られ、俺は慌てて振り返る。
「焦るな。動作が大きすぎる。狙いも甘い」
後ろから聞こえる声と同時に、木刀の腹が背中を軽く叩いた。軽く、だが、芯まで衝撃が響く。ぐらりと体勢が崩れた。
――まずい。
すぐに距離を取る。望月は追ってこない。ただ、その瞳でじっと俺を見ている。観察されている。動き、癖、構え、間合い――すべてを読み切られている感覚。
俺は深呼吸し、もう一度構え直す。
一発じゃ無理だ。三手先まで組み立てて、なんとか……。
右足を一歩踏み出し、連撃を仕掛ける。振り下ろし、薙ぎ払い、足を使って軸をずらしながら打ち込む。
だが、すべてが無駄だった。
望月はその全てを、まるで「すでに見たことがある」かのように捌いていく。刀身を僅かに傾けて受け流し、逆に俺の中心線を外さずに制してくる。
「技の繋ぎに無駄がある。力任せすぎる」
肩口へ軽く、二度目の打ち込み。またしても木刀の腹だが、今度は腕が痺れた。
「ッ……!」
足がもつれそうになるのを耐えながら、距離を取る。体勢を立て直す間もなく、望月が動いた。
ほとんど気配もなく距離を詰めてくる。刹那、視界から姿が消えた――そう錯覚したほどだった。
「ッ!」
反射的に振るった木刀は、空を斬った。間に合わなかった。いや、そもそもそこには居なかったのだ。
――横。
「見えているのに、反応できない。君の目は、まだ甘いな」
横合いからの一撃。腰に軽く、しかし確実に力のこもった打撃を受けた。崩れそうになる体を立て直し、再度構える。
呼吸が乱れている。何も当てられていない。だというのに、この敗北感はなんだ。
こいつ、桁が違う。
望月は、構えを解かない。片手のまま、悠然としている。
「君の力は否定しない。ただ、実戦経験が足りない。思考が直線的で、全体の流れを読めていない」
「……なら、どうすれば……!」
「それを考えるための時間を、君はこれから積んでいくのだ」
望月が居合術のように構えた。
「
言葉が終わると同時に、望月が踏み込む。
その瞬間、体が強張った。
無意識に木刀を掲げたが――
次の瞬間、視界が揺れる。
木刀が空中を回転しながら、地面に落ちた。
俺の手から、いつの間にか離れていた。いや、抜かれたのだ。力でなく、技で。
望月は俺の背後に回り、トンと木刀の頭の部分で背を叩き、転ばせた。わずか数秒、いや、一秒もなかったかもしれない。
気がつくと、俺の喉元に望月の木刀が添えられていた。
終わった。
「いい動きだったぞ。素質は感じた」
望月が手を差し出してきた。
俺はそれを取り、立ち上がった。
「で、どうだった。君の目から見て」
「うむ、よかったぞ。剣術を指南しても良いだろう」
「だってさ、綾斗君」
バロールが俺に話を振ってきた
「早速、今から始めようと思う。平日は放課後、休日は朝から来てくれ。大会が二ヶ月後だそうなのでな、詰め込んで行くぞ」
「よろしくお願いします!」
俺は頭を下げた。
「まず、私の流派は
望月は庭の端に置かれた棚から、布で包まれた長い木箱を取り出すと、それを地面にそっと置いた。
「これは、私が稽古用に使っている模造刀だ。君にも一本貸そう。木刀より少し重いが、感触はより実戦に近いぞ」
そう言って布を取ると、中には見事な白鞘の模造刀が収められていた。手渡されると、ずしりとした重さが掌に伝わってくる。
「まず、構えだが基本的に
「なるほど…」
俺は、見様見真似でやってみる。
しかし、何度も望月に注意される。
「うむ。だいたいそんな感じだ。だが、腕に力を入れすぎだ。もっとリラックスしなさい」
「は、はい」
俺は深呼吸をして体の強張りを解く。
「よし、構えはそんな感じだ。それが基本だから覚えておきなさい。では早速だが、最初の技を教えよう。その目にしっかり焼きつけたまえ」
望月は刀を鞘へしまう。
「バロール。素材は何でもいい、魔術で
「オッケー」
そう言われるとバロールは魔術を発動させた。
現れたのは一枚の鉄板。しかも分厚さは二センチほど。
「フッ、わざわざ鉄を素材に選んだのに少し悪意を感じるぞ。まぁ良い」
望月は柄を握る。姿勢を低くし
「
素早い抜刀だった。目で追えなかった。
鉄板は綺麗に斜めに斬れた。
「まぁ、こんなものだろう。この技は素早い居合、切り方は逆袈裟斬り、人間で言うと脇腹から肩へ斬るかたちだ」
そう言うと望月は足を一歩引き、刀を軽く抜いたまま腰の位置で構える。そのまま姿勢を固定し、口元だけが動いた。
「まず、刃の角度。切っ先は45度を意識する。袈裟斬りは力の通りがいい。逆袈裟は相手が右利きであることを前提に、視界の外側から斬るため、初撃として非常に有効だ」
「はい……!」
「次に、体の使い方だ。腕だけで抜くのではない。腰の回転を使う。足の踏み込みと連動して、重心を一瞬だけ前に移動させる。この時、刀はまっすぐではなく、円弧を描くように抜け。切る、のではなく、『通す』のだ。力より、速度と線だ」
望月は空を斬るように、今度はスローで再現してみせた。
「そして――呼吸を合わせろ。吸うな。吐け。動作の瞬間、体内の空気を外へ押し出すことで、無駄な力みを消す」
「吸うんじゃなく……吐く、ですか」
「そうだ。無駄に肩が上がらないようになる。動きがスムーズになり、反応も早くなる。あと、目を逸らすな。斬る瞬間ほど、相手の中心線を見ていろ」
俺は言われた通り、模造刀を腰に差し、構えた。片手で柄を握ると、やはりまだどこか重さに振り回される感覚がある。
それでも、望月の真似をして、ゆっくりと抜いてみた。
「……違う。力みすぎている。動きが直線的で、肩が浮いている。これでは速度が出ない」
「すみません……」
「謝るな。直せばいい。もう一度、最初から。踏み込みから意識して」
「はい!」
俺は深呼吸をし、足を揃えて再び構えた。腰を低くし、刀の柄に手を添える。足裏で地面をしっかりと捉え、動きの起点を整える。
(踏み込み、腰、抜刀、斬撃……)
頭の中で順序を整理し、吐く息と共に刀を抜く。
シュッ――
模造刀が空を切る音がした。
「……さっきよりは良い」
望月がわずかに顎を引き、認めるように言った。
「ただ、まだぎこちない。刃の線が歪んでいる。あと十回は繰り返せ」
俺は無言で頷き、再び構え直す。汗が額を流れるが、気にしない。繰り返し、繰り返し、動作を反復する。
望月はその様子をじっと見つめていたが、やがてポツリと言った。
「君は、動きの中で頭で考えすぎる。それが迷いを生み、動きを遅らせている。剣術というのは、ある意味で脱知性だ。思考する前に、体が動くように鍛え上げなければならない」
「……でも、体がまだ、ついてこなくて……」
「当然だ。始めたばかりなのだからな。安心しなさい。そのうち慣れてくる」
望月はそう言って、軽く笑った。今までで一番、柔らかい表情だった。
「よし、今日はここまでにしよう。君はもう刀を持っているんだったな。刀には毎日触れろ。感覚に慣れろ!ただし抜くなよ」
「わかりました!」
俺は模造刀を望月に返した。
「これを渡しておこう」
「これは?」
「刀ケースだ。明日、これに君の持つ刀を入れて持ってきてくれ」
「はい!」
「では、気をつけて帰るといい。また明日だ」
望月は背を向けると、静かに邸内へと戻っていった。
夜の風が吹き始め、庭の木々を揺らす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます