第13話 奪還と悪心

 ――ガシャン!

 男が跳び退ろうとしたその瞬間、背後に競り上がった岩壁に激突した。反射的に手のひらを上げ、飛び道具の軌道操作を試みるが――既に眼前、彰仁の拳が迫っていた。

「遅ぇんだよ!」

 バキッ――! 

 炸裂音と共に男の顔面に拳がめり込む。反射の余地などない至近距離での一撃。弾丸ではない。制御不能の“肉体の打撃”だ。

「ぐ……あ……!」

 男がのけぞる。鼻が折れ、歯が飛び、意識が遠のきかけている。

 そこへとどめとばかりに、琴錬ことねが叫ぶ。

「――鉄槌落下フォールングランデ!」

 天井を突き破るかのような勢いで岩塊が降下する。直撃は避けたが、足元を砕かれ、男の身体は浮き上がった。

「もらった――!」

 彰仁あきひとが腰を低くして間合いを詰め、拳ではなく肘を男の腹に叩き込む。

 ドッ!

 それが最後だった。

 男の身体は岩壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちる。

 もはや、立ち上がる気配はない。

「……終わったな」

「ええ。……でも、急ぎましょう」

 琴錬は冷静に立ち上がり、制御室の位置を確認する。二人は最短ルートを通り、足音を抑えながらセキュリティ制御室へと向かった。

 ――地下三階東側・セキュリティ制御室前

「扉は……閉まってるか。解除は?」

「やってみる」

 琴錬が制御盤に手をかざし、スキャン装置を解析する。非接触型のセキュリティだ。彼女の能力では鉄や石の構造体に干渉できるが、電子機器となると話は別。

「手間取るかもしれないわ。彰仁、周囲を見張ってて」

「了解」

 彰仁が背を向け、廊下に目を配る。琴錬の指先がすべるようにパネルの上を這い、時折軽いスパークが走る。

「……あと三十秒」

 琴錬がそう告げた数秒後、パネルが音を立てて開いた。内部の配線を露出させ、彼女が鋭く指先を突っ込む。

「ロック解除。――入れるわ」

 二人はすぐさま制御室へと駆け込んだ。

 室内には複数の端末とモニター。セキュリティ全体を管理する中枢だ。琴錬が席に着き、システムにアクセスを開始する。

「内部監視の映像停止。ロックダウン解除。非常ブロック閉鎖、……OK、地下階層と武具保管庫の警備システムが一時的に解除されたわ」

 彰仁が画面を覗き込む。

「こっちは……バロールたちの居る地上階も、セキュリティが停止してる。……全員が自由に動ける」

「よし……やっとこれで全体が繋がったな」

 小さく頷き、彰仁が通信端末を取り出す。

「制御室を制圧。全セキュリティを一時無力化完了。各員、速やかに次の行動へ移れ」


 地下一階・オークション会場

 ──静寂の崩壊は、一発の閃光から始まった。

 綾斗あやとの「始めた」という通信が入ったのとほぼ同時、壇上のバリアを狙って放たれた光弾が空間を震わせる。会場中が凍りついた。誰もが思考を止め──次の瞬間、恐慌が始まる。

 「……了解、こっちも始める」

 ユーゴが冷静に呟くと、指先で魔術陣を展開し、天井の照明へ向けて光弾を放った。数秒後、会場全体が闇に包まれる。非常灯が点滅を始め、混乱した来場者たちがあちこちで席を立ち、ざわめきと怒号が入り乱れる。

 「澪華れいか、左を頼む」

 「任せるっス!」

 澪華は軽やかに跳躍すると、接近してきた武装スタッフの一人に掌底を叩き込む。その瞬間──。

 ドンッ!

 乾いた爆裂音。掌に込められた振動が相手の胸部装甲を内部から砕き、男は呻き声すら上げられずに倒れる。

 「……ふーん、思ったより装甲固いっスね。」

 澪華は口元に笑みを浮かべながら、次々と距離を詰めてくる敵に対し、振動を撃ち込んでいく。蹴りで間合いを開けた後、接地した床を利用して反動付きの掌底。振動は点でなく面を震わせ、周囲の床をもろとも破砕していく。

 一方ユーゴは、壇上にいたスタッフ数人を足止めするため、闇霧チェルノアクリュースを放つ。魔術陣が一瞬煌き、黒煙が彼らの周囲を包む。

 「──視界と反応を鈍らせる。今のうちに接近戦で潰して」

 「了解っス!」

 光の剣クラウ・ソラス──いまだ封印されたまま壇上に鎮座しているそれを、誰かが持ち出す前に止めなければならない。

 「──あの剣を解放されたら、こっちが狩られる」

 ユーゴはもう一つの魔術陣を構え、足元の影に圧を込めた。

 「光閃フォス・パラシュ──!」

 足元から立ち上る閃光が、闇に慣れかけた敵たちの網膜を焼く。一瞬の隙。その隙に乗じて澪華が再び駆ける。

 ──だが、その時だった。

 壇上の一角、光の剣クラウ・ソラスの封印箱に手をかける、妙に落ち着いた男の影があった。

 「──……よく、手に入れたね。あのアビリティから」

 バロールだった。

 長身を静かに起こし、周囲の混乱を他人事のように見下ろしている。彼の手には、未だ一丁の銃があった。それこそが光の剣クラウ・ソラス。剣とは言うがその見た目は完全に銃だ。

 バロールが歩を進めた。殺気も焦りもない。だが、そのただの一歩が、周囲の空気を凍りつかせた。


“取り戻した”。実家からとってきた家宝が一つ光の剣クラウ・ソラス

 久しぶりの感覚だ。

 僕は銃を構え、司会の男に向ける。

「試し撃ち。」

 引き金を引いた。

 男は死んだ。頭を撃ち抜かれて‥

 会場には悲鳴と怒号が響く。

 僕は静かに魔術を発動させた。

 脱魂喪神だっこんそうしん。対象を絞りユーゴと澪華は対象外にして発動させた。

 これで殆どの観客と警備員は気絶した。

 残ったのは観客の中でも戦闘能力のあるであろう者たち。

 しかしそいつらもこの光景を前に逃げ出した。

 泳がせておこう。

 警備員の中でも余っている奴はリーダー格なのだろう。

「……へぇ。君たちは抗った。偉い偉い。」

 僕は光の剣クラウ・ソラスの銃身をひねって再装填する。マガジンなんて古臭い概念は、この子には必要ないけどね。

 それでも、舞台として“リズム”は大事だ。

「じゃあ、始めようか。──。君たちも、その目で鑑賞してくれ。」

 銃口を、静かに、敵に向ける。

 魔術陣が再び浮かぶ。今度は光属性と風属性を複合した高圧破砕の術式──一発目は見せ技、二発目からが本番だ。

 鼓動が少しずつ早くなる。手のひらが熱を帯びる。この感覚──やっぱり好きだな。

「さあ、“物語ストーリー”を見せてくれよ、役者諸君。」

 十六分後。

「制御室を制圧。全セキュリティを一時無力化完了。各員、速やかに次の行動へ移れ」

 通信機の先から彰仁の声が聞こえた。どうやらセキュリティを停止したようだ。

 振り向けば、ユーゴと澪華がほぼ完璧に会場内の抵抗勢力を処理していた。澪華は振動掌撃で近距離を蹴散らし、ユーゴは残党に光と闇のデバフをかけながら、目立たぬよう、でも確実に圧していた。

「ナイス連携、ユーゴ、澪華。」

 ピタ、と足を止めた。

 空気が変わった。鼓膜を這うような、嫌な気配。

「……おやおや。間に合った、って感じかな?」

 会場の奥。割れたガラスの破片を踏みしめながら、二つの人影が現れる。

 一人は、鋼鉄の鎧のような装甲を纏った巨漢。全身から発される圧が、まるで戦車そのもの。

 もう一人は、スーツ姿の男。見た目は優男ってやつだけど、目が笑っていない。あれは人を殺すことに何の感情も抱かないやつの目だ。

「へぇ。二人まとめてご登場か。随分と安っぽいんじゃないかい?」

 僕は肩をすくめ、光の剣クラウ・ソラスを引き抜いた。軽く銃口を下げたまま、片目を細める。

「君ら、ケイパビリティの幹部だろ? 名前、聞いてもいい?」

「名乗る義理はないが……この場に来たこと、後悔させてやる」

 鎧男が地響きのような声で唸る。声と同時に、奴の足元が陥没した。

「っとと、思ったより重量級だな。あれで踏み潰されたら、流石に僕でも修復が面倒そうだ」

 僕は指先を鳴らし、魔術陣を三つ、空中に展開した。

「じゃあ、始めようか。──第二幕の、幕開けだよ」

 それと同時。背後からユーゴの声。

「バロールさん。綾斗が、ボスと接触しました」

「……地下五階か」

 僕は一瞬だけ黙る。

 綾斗のことだ、きっと血吸ちすいをもう手にしてる。だけど、あのボスと正面で鉢合わせたら──まだ、荷が重い。

「その件は僕が片付ける。ユーゴ、澪華、コイツラを始末して地上への逃走経路の確保を!」

「了解。気をつけてくださいッス」

「死ぬようなタマじゃないですよ、バロールさんは」

 ユーゴがそう言った。

 僕は魔術陣を起動させた。空間亀裂カトゥムリーア。光を裂き、地下五階へと通じる亀裂を作る。

 僕は踏み込んだ。


 地下五階・武具格納庫前

 時は少し遡る。

 格納庫の前に立った僕は、息を殺しながら扉の端に指をかけた。扉は想像以上に軽く、軋む音もなく静かに開く。中に広がるのは、まるで墓所のような沈黙と冷気だった。

 並べられた異能武具サイコウェポンの数々が、無機質な金属棚に封印されている。だが、僕の目当ては──そこ。

 奥の特別保管区。厳重な封印処理が施された、黒い強化ガラスのケースの中。

 ──あれだ。血吸ちすい

 近づきながら、呼吸が少しずつ荒くなるのがわかった。目の前のそれは、刀剣のようなフォルムを持ちながら、どこか生き物めいた気配を纏っている。

 「……こいつが、噂の……」

 指先でロックを解除し、慎重にケースを開ける。直後、背筋が粟立つような気配を肌が感じ取った。

 俺は、反射的に能力を発動。

「……いるのか」

 振り返った先──そこには、いた。漆黒のスーツを纏った男。全身から発される圧力は、これまでの戦いとは格が違う。

「会ったことはないな。お前は誰だ?」

 ケイパビリティのボス──間違いない。

 咄嗟に血吸を構え、血を流して起動させる。手のひらから流れた血が、刀身へと吸い込まれるように馴染み、瞬時に異様な殺気を放ち始めた。

「悪いけど、ここで渡す気はない」

 言葉と同時に走り出す。血変ちへんじんで両腕に血の刃を作り、斬りかかる。ボスはそれを片手で受け流し、反撃の拳を放ってきた。

 ──速い!

 身体強化でどうにか受け流し、《血圧・穿》を至近距離から撃ち込む。が、ボスはまるで読んでいたかのように横へと滑り、無傷で回避。

「未熟だな。力はある、が……」

 言葉とともに、重たい魔力が周囲に満ちていく。

 “ヤバい”と本能が叫んだ。血圧ちあつ叢雨むらさめを即座に放つ。細かく圧縮した血弾を雨のように打ち出す。ボスの動きを止めることを狙って。

 だが、それすら読みきっていたかのようにすり抜け、次の瞬間には目の前に──

 ドガッ!

 鈍い衝撃とともに、腹に拳が食い込んだ。肺が逆流するような痛み。膝が崩れそうになる。

「ここまでか?」

 違う──終われるわけがない。

 もう一度、立ち上がろうとしたそのとき。

 ──空間が、砕けた。

「へぇ、珍しいじゃん。君が直々に出てくるなんて」

 あの声。どこか軽やかで、どこか狂気を孕んだような──

 バロール。

 その姿が、黒煙を纏って舞い降りた。

「綾斗くん、ちょっと危なそうだったからさ。僕が来ちゃったよ」


 地下四階・西側通路

 綾斗を逃がした彰仁は二つの槍を使う少女と戦っていた。あんずが弾かれ、空中で制御を失いながら地に転がった。その刹那、少女の二本目の槍が軌道を描きながらこちらへと迫ってくる。

 ──くる。

 視線を逸らさずに右足をひねり、体を捻って紙一重で回避。背後のコンクリート壁が抉れる音がした。

 少女の異能武具──自律型異能武具スペルウェポン。命令一つで対象を追尾し、反応速度も人間の常識を超えている。制御するのは装備者だが、戦術行動においてはまるで“もう一人の自分”が存在するような厄介さを持つ。

 颯也は無言で前に出る。ステップ一つで距離を詰め、少女の懐へと飛び込んだ。

 槍が迎撃にくる。杏が割って入って弾く。そのわずかな隙に、彼の右腕が閃いた。

 拳が少女の顎を狙う――が、読まれていた。身体を軸に半回転し、少女はスウェーでかわしたうえ、反撃の膝蹴り。

 ──早い。

 腕でガードするが、衝撃は予想以上に重い。質量ではない。動きの“キレ”が、常人離れしている。おそらく強化系の肉体改造も施されている。

 少女は無表情のまま、手を一振り。

 二本の槍が空中で回転し、同時に颯也へ突き刺さる。

 杏が再び飛び出し、一方を逸らした。しかしもう一方は──

「ぐっ……!」

 左肩を貫いた。

 皮膚が裂け、血が飛ぶ。だが颯也は声を上げなかった。

 すぐに杏がその槍を砕く。肩から引き抜かれた破片が肉を裂きながら落ちた。

 息を整える暇もない。少女は次の行動へと移っていた。

 ホバリングしていた槍が少女の背後に戻り、まるで翼のように展開される。

 彼女自身が、突っ込んでくる。

 瞬間、連撃。

 槍の連舞は重力を無視したような速度で空間を切り裂き、隙間という隙間に殺意を叩き込んでくる。

 防御に回るだけでも精一杯――だが、颯也は一歩も引かなかった。

 杏を囮に使い、左へ回り込みながら、少女の足元へ踏み込む。

 彼の能力は、形影一如オスクリータユニオンは自身の影からあんずを召喚し、操るもの。そして杏の姿は自由自在だ。

 ──あと一手。

「……っ!」

 だが、そこに割って入る三撃目の槍。これは少女の手から投擲されたもの。

「っは、無茶な使い方しやがる……!」

 空中で体を反転させ、腕で槍をはたき落とす。その間に、少女は跳躍して距離を取っていた。

 ──数秒の膠着。

 そのわずかな隙を縫って、颯也は懐から煙玉を取り出す。

 空間が白煙に包まれた。

 少女は即座にホバリング中の槍を周囲へ展開、防衛陣を形成する。しかし、気配はすでに消えていた。

 ──気配がない。

 白煙に包まれた視界の中、少女は周囲に展開した三本の槍を防御陣形のまま維持しつつ、足音ひとつ逃さぬよう耳を澄ませていた。異能武具スペルウェポンの追尾機能は信頼に足る。しかし、敵はそれをも攪乱する手段を持っている。

「……出てこないのは、負傷して動けないのか。あるいは……」

 白煙の中にあってもわずかに残る光源によって、壁や床には淡い影が揺れていた。

 そして、その影に──異変。

「……!」

 反射で槍を一斉展開する。だが、その瞬間、彼女の左足首を何かが“掴んだ”。

「――!」

 遅かった。

 白煙の中から跳び出した颯也が、己の影から伸ばした杏の“手”を媒介に、瞬時に彼女の体勢を崩す。

「拘束完了」

 間髪入れず、杏が人型から“槍”の姿に変形する。

 黒い影の槍が形成され、それを颯也は手に取ると、迷いなく地を蹴った。

 跳躍。旋回。突進。

 そして──

「──穿てッ!!」

 黒の影槍が、少女の腹部を斬りつけた。

 ガギィン!と甲高い音と共に、内蔵された防御術式が作動し、完全な貫通は防がれた。だが、衝撃は確実に体内に届いている。

 彼女の体が浮き、背後の壁に叩きつけられる。

 ──ドゴォッ。

 崩れるコンクリート。振動。落ちる粉塵。

 立ち上がろうとする少女の体が、わずかに震えていた。

 槍が──動かない。影の手によって地面に縫い留められている。

「……ッ……う、動けない」

 苦しげな声が吐き出された。

 颯也は近づき、気がついた。

「お前は、改造人間だったのか、こんな事するなんて、この組織の上はだいぶ胸糞悪いみてぇだな」

 少女は瞼を閉じ、やがて意識を手放した。

 その直前少し微笑んだ気がした。

 颯也は杏に少女を渡し、影の中へと戻した。颯也の影の中は亜空間になっており、ものを入れることもでき、中の物は入った時の状態を保つので生物を入れても大丈夫なのだ。

 颯也は何故かこの子を助けたいと思ってしまった。

 彰仁は通信機で幹部級の一人を戦闘不能にしたと伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る