第12話 狼煙と分断
地下二階・東側・研究資料室
誰か、来る――!
俺たちは咄嗟に隠れる。
――ガチャリ。
扉が開いた。
「……誰か入った痕跡があるな」
「施錠はされてたはずだが……ああ? この端末、起動履歴があるぞ」
警備員の声が近い。足音が床を叩くたび、鼓動が速まる。汗が首筋を伝って落ちる。何秒か、いや何分にも感じる沈黙のあと――
ドスッ。
「ッ!?」
鈍い音と共に、一人の警備員が彰仁に引きずり込まれた。息を呑む暇もなく、琴錬が飛び降り、背後からもう一人の首を腕で絞める。
ガタン、と机の上の備品が転がる音。だが叫び声はない。見事な手際で、警備い二人は無力化された。
「……やれやれ、騒ぎにならなくて済んだわね」
琴錬が吐息を漏らす。
彰仁が扉を閉じ、鍵を掛けた。
「短時間で終わらせるぞ。そこの端末が使えそうだ」
彰仁が研究机のパソコンを指差す。モニターはすでにスリープから復帰していた。
「さっき見つけたんだが…、これを見てくれ。」
画面には地下フロアの構造図が映し出されていた。
「この施設のマップだ」
「……けっこう広いな」
「ここは地下二階の研究資料室、目指すべきはここ、地下五階“武具格納庫”と地下四階の“セキュリティ制御室”だ。この建物は厄介なことに階が東側と西側で分けられていて階段やエレベーターもそれぞれにしかない。そして何よりも厄介なのがセキュリティが東側、格納庫が西側で目的地が丁度分断されてやがるってことだ。」
彰仁が眉をひそめながら言う。
「セキュリティ制御はこっち、異能武具や薬剤の回収ならあっちって感じか」
「じゃあ、分かれるしかないね」琴錬が頷く。
「彰仁と私は“セキュリティ”側を。二人は格納庫へ行って、“
「了解」
俺も、すぐに同意した。短期決戦なら、手分けが一番早い。
「三十分後、東端の連絡通路で合流だ」
彰仁が時計を確認しながら言う。
俺と颯也は研究室を後にし、東側の階段へと慎重に進んだ。
廊下は冷たい蛍光灯の光に照らされているが、ところどころ暗がりもあって不気味だ。センサーや監視カメラが冷たい視線を廊下に当てる。琴錬たちがセキュリティを無力化してくれるまで、油断はできない。
「……こっち」
前を行く颯也が、小さく呟くように言った。
それきり、何も言わない。足音すら殺して、影のように歩く。
階段に差しかかったとき――
カン、と微かな金属音が響いた。
颯也の肩がピクリと動いた。
俺が口を開くより先に、彼はスッと手を伸ばして俺を背後に下げる。
「……来る」
声は低く、乾いていた。
数秒後。階段の上段から、ざっ、と黒い影が滑り降りてきた。
二人。黒尽くめの私兵。警備員より装備がいい。おそらく戦闘要員だ。
警告もなく襲いかかってくるその動きに、ためらいはなかった。
殺す気だ。
「――
呟きとともに、颯也の足元から黒い影が噴き出した。
異形。蠢く腕と目のない顔。見た目はおよそ味方には見えないそれが、一人の兵士を殴り飛ばす。
ドン、と乾いた音。動かない。
もう一人が銃を構えて撃ってくる。
杏は影からさっき入れといた男を出して盾にした。
ナイフを構えて突っ込んでくる。
杏の腕がドリルになり、そいつの腹を串刺しにした。
ぴくりとも動かない。
「……今回は正式な戦いじゃないんだ殺そうがどうってことない」
颯也が冷たく言い放つ。視線は敵に注いだまま、感情は見えない。
何も言わず、また歩き出す。
颯也は吹っ飛ばしたやつの前に行き、銃で眉間を撃った。
何も言わず、また歩き出す。
西側の階段まで行き西側の地下一階へ。
薄暗い廊下を、俺たちは再び歩き出した。
西側の地下一階。格納庫へと続く階段はさらに一つ下だ。だが、その前に警備の巡回ルートを抜けなければならない。
颯也は相変わらず、口を開かない。視線は前をまっすぐ捉えたまま、まるで感情という概念を忘れたかのような無機質な動きで歩いていた。
(……喋らないやつだとは思ってたけど)
この状況で、心強いと言うべきか、それとも不安と言うべきか。判断がつかない。
地下一階道中にあったのは実験資料室、資料室内には様々な資料があった。
その中に一つ、日記があった。
《十一月十八日》
それなのに、あのバカどもは「教育が必要」だとか「人権を考慮しろ」だとか――笑わせる。誰がこいつらに慈悲なんて求める?
リーダーの方針に反対したら、俺だけ別ラボに飛ばされた。冷遇ってやつか。まあいい。こっちの方が自由にやれる。
《十二月七日》
リーダーのやり方にはもうウンザリだ。慎重になり過ぎて臆病になってる。
薬をばらまいて足がつかないよう実験。
けどそれじゃ、いつまでたっても実験が進まない。もっと積極的にやっていかなければ。
拉致や誘拐ぐらいしてみせろ!
クソが!!
《十二月三十日》
アビリティから独立する為の仲間を集めた。
こんな生ぬるくなった組織なんて抜け出して、俺たちが薬を完成させるんだ。
《二月三十日》
実質的な独立を果たした。
俺たちは必ず薬を完成させ、アビリティなんか超えてやるんだ。
《三月十五日》
実験台のガキどもはまた死んだ。どうしても「適合率」が上がらない。
いや、俺が欲しいのは成功例じゃない。武器だ。使い捨てできる兵器。人格なんて不要。喋らなくてもいい。笑わなくていい。ただ命令に従って殺せばいい。
来週には“第二段階”の薬が届く。前の奴らよりは長く持つといいが。副作用? 知ったことか。人間が壊れていく様は、案外見てて飽きない。
《五月二十日》
昨日のガキは面白かった。腕が溶けてもまだ喚いてた。仲間がどうとか、助けてくれとか。誰が助けるかよ、クズが。
この実験が成功すれば、“アレ”に近づける。いや、超えられる。
今に見てろ、クソ上層部ども。全部終わったら、最初にお前らをモルモットにしてやる。
《六月五日》
改造人間を手に入れた。
かのシレノイドシリーズの一体であり、
備考・感情の起伏が少ないようだ。まぁこいつはただの道具だ。道具に感情などいらないだろう。
日記を書いたのはここのボスだろうか。なんというか、一言で表すと異常だ。人道や倫理なんて考えてない。何処かズレた向上心とでも言うのだろうか。
地下一階から地下二階へ。
冷気が増す。地下深くなるほど、空気がよどんでいる。目に見えない“人を人と思っていない”空気。あの資料室で感じた嫌な感覚が、ここにも充満していた。
資料室を出て、俺たちは再び廊下を進む。
地下二階へと続く階段は、右手奥にあった。道中、監視カメラは複数見かけたが、死角を進んで突破した。
俺たちは慎重に階段を下り、地下二階へ足を踏み入れた。
照明が赤みがかっている。非常灯だ。もしかすると、すでに異常は検知されているのかもしれない。
(やばいな……時間が…)
廊下の突き当たりには金属製の扉があり、そこにセキュリティコードを入力するパネルがついていた。彰仁が言っていた通り、西側に行くにはここを抜ける必要がある。
しかし、扉の前には――
「三人か」
颯也がぽつりと呟く。
私兵が三人、扉の前を警戒していた。しかし素人の俺から見ても分かる。彼奴等は訓練された奴らだ。
(このままじゃ、突破は無理だ)
「
血液を圧縮させ解放し発射する“
圧縮された血液が一人を貫く。
「杏」
またあの影が、床から飛び出した。今度は二つの腕を持ち、一本で首を絞め、もう一本で腹を貫く。
最後の一人が応戦しようと構えたが、その前にが炸裂する。
「
血の結晶が飛んで行き、そいつの肝臓辺りを貫く。動きを止めた敵の顔面を、杏の拳が砕いた。
息を吐く暇もない。
「入る」
颯也が扉にカードを差し込む。鍵が開く。今の奴らからくすねたんだろう。
中は殺風景な通路。階段室へと繋がっている。俺たちはすぐに地下三階へと降りた。
――そして、そこで。
その人影を見た瞬間、空気が変わった。
階段の先に、立っていたのは一人の少女。
黒と深紅のボディスーツに、軍用のコートを羽織っている。腰には槍が二本。全身が黒い中で唯一銀髪の髪が目立っていた。
全くの無表情。その存在感だけで、背筋が凍る。
――やばい。
直感で理解した。今までの兵士たちとは、まるで格が違う。
颯也の足が止まる。珍しく、あからさまな“警戒”を見せている。
「………」
女はすうっと手を挙げると、手の甲に埋め込まれた装置に触れた。
「侵入者、排除する」
カチン、と金属音。腰の槍が、勝手に浮かび上がり、女の背後にホバリングした。
「――“
颯也が小さく呟いた。
女が俺の方を
次の瞬間、槍が空気を裂いて突っ込んできた。
颯也が俺の肩を掴み、横へ飛ぶ。
壁に突き刺さった槍が、そのまま爆ぜた。
衝撃波だ。空気ごと弾ける。
「……逃げ切れるか?」
低く、呟いたのは颯也だった。
次の瞬間、杏が飛び出す。女と衝突――したかに見えた瞬間、女はそれを紙一重で躱し、浮かぶ槍で応戦した。
「
俺はそう言ってその場から離れた。
地下三階東側
監視カメラの死角を縫いながら、彰仁たちは壁際に体を寄せて進む。
「妙に静かね」
琴錬がぽつりと呟く。その声はいつも通り落ち着いていたが、わずかに眉がひそめられている。
「ああ。想定より警備が薄い……」
彰仁は足を止め、廊下の先――赤く点滅する非常灯の奥を見やる。警戒を促すような沈黙が二人を包む。
そのとき二人の前に一人の男が現れた。
「おっと、ここは関係者以外立ち入り禁止だよ。会場まで案内しようか?」
ヘラヘラした口調で男が訊いてきた。
「いや、その必要はない。俺たちはこの先に用があるんでな」
「あ、そうかい?じゃあ、始末しないといけないみたいだ‥」
男が動き出す前に彰仁が銃を構え男に対して撃つ。
男は避けようともせず掌を天井に向けた。
やったか、と彰仁は思ってしまった。
このような場面で「やったか」と思ったとき、だいたいやっていない。
今回もそうであった。
男の方に向かった銃弾は男の手のひらの上でUターンして彰仁に向かって飛んできた。
彰仁は飛んできた銃弾を避けた。
「ッチ、俺が前へ出る。お前は後方から援護を頼む。」
「了解!」
彰仁は男に近づき殴りかかる。
単純な格闘戦。
“無能力者”である彰仁は肉弾戦か武器に頼った戦いしかできない。
この島に置いて無能力者は人口の一パーセント以下。
能力の出力強度に差はあれど九割九分以上の物が何かしらの能力者か魔術師、獣人である。
無能力者というのは戦いに置いて圧倒的不利である。
「お前、能力を使っていないな。無能力者か!」
男がそう言いながら彰仁から離れる。
「無能力者がオレに勝てるわけがない。今なら見逃してやるぞ」
「いらねぇよ。そんなの。……琴錬!」
琴錬が地面に手を置き能力を発動させる。
「
琴錬の前の地面が盛り上がり尖った岩が大量に生えた。
尖った岩は男の方に向かって生えていった。
男は上体を大きくのけ反らせ、間一髪で鋭い岩の一撃を回避した。だが、その表情にはまだ余裕がある。
「ちょっと痛そうだな、これは」
そう言って、男は両手を横に広げた。
「でも、俺とあった時点でお前等の負けは決まってんだ」
彼の手のひらの周囲に、空気の揺らぎが生じる。見えない圧が生じ、まるで重力が逆転したかのように、近くにあった鉄製の棚の破片が浮き上がった。ゆっくりと旋回し始める。
「オレからの情けで教えてやろう。オレの能力は“
琴錬が再び手を地面につける。今度は前方だけでなく左右にも地形がせり上がる。
「――
ゴォォォッ!
地面がうねり、無数の岩柱が迷路のように押し寄せる。
飛ぶことができない岩の群れは、空間制御の影響を受けず、次々と男との間合いを圧迫する。
「チッ、やっかいな女だな!」
旋回していた金属片の一つを解放し、飛来してきた岩を破壊するが――次の岩はすぐに来る。
その隙を、彰仁は逃さなかった。
「――はっ!」
低い姿勢から一気に飛び出し、拳を突き出す。飛び道具は使えない。ならばこの男には肉弾戦を挑むしかない。
ガッ!
拳と掌がぶつかる。直撃は避けられたが、その重みは男の表情をわずかに歪めさせた。
「この……無能力者のくせに!」
「言ったろ。いらねぇって、見逃しなんて」
そのまま体勢を崩させるべく足払いを放つも、跳ねるように回避される。
だが確実に、距離は詰められていた。
「こいつ、反射能力に頼りすぎて肉弾戦の型が甘い……!」
彰仁は見切っていた。
「琴錬、もう一発、能力で壁を作れ! こいつの退路を塞ぐ!」
「わかった!」
再び地面に手を置き、能力を展開。今度は背後から巨大な岩の壁が競り上がる。
「ッ――しまった!」
逃げ場を失った男が、急に焦りを見せた。
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