一年生夏休み編

第1話 始源と変性

 とある学生寮、まさにそこは灼熱であった。

 学生寮と言っても作りはマンションであるが。そんな集合住宅の一室。

 真夏だというのにその部屋のエアコンが故障していた。エアコンの設置業者もこの時期は予約いっぱいだそうで来るまでに数日かかる。

 その部屋の主、北条綾斗ほうじょうあやとは現在、二つの問題に直面していた。

 一つ目は我が家のエアコンがお亡くなりになったこと。

 二つ目は朝起きたら性別が変わっていたことだ。

 朝起きたらまず目線の低さに気づく。そして自分の手をみると指がいつもより細い気がする。声もなんだか高くなってる気がするし、何より下半身に違和感を感じる。洗面所へ向かい自分の姿を見る。

 そこには可愛らしい女の子がいた。

 髪は元々女性のミディアムヘア程度はあった為あまり変わっていない気がするが、少しサラサラになってる気がする。顔も女の子に近くなっており、背も少し縮んだ気がする。胸も心做こころなしか膨らんでる気がする。突然のことにパニックになっていると。

 ピンポーン

(誰だよ、こんなときに)

 心のなかで悪態をつきながら玄関に向かい、ドアスコープを覗く。そこには中等部からのクラスメートである榧野夏澄かやのかすみがいた。どうしよう、どうしようと慌てていると「どうしたの〜?まだ寝てるの〜。」という声が聞こえてきた。

「あれ、空いてる。全く不用心ね。入るわよ〜。」

 今朝ゴミ捨てに行ったときかけ忘れたんだ。

 ドアが開き始め、中に夏澄かすみが入ってきそうになり、咄嗟に隠れようと寝室のベットの中に潜り込む。

「まったく、も〜。鍵くらいかけなさいよ〜。あれ、まだ寝てるのかな?」

 玄関のほうから夏澄のそんな声が聞こえてくる。足音がだんだん近づいてくる。

 マズイ、見つかってしまう。

 寝室のドアが開き夏澄が中には入ってくる。

「こーら、いつまで寝てんの?今日補習のハズでしょっ、、」

 夏澄が布団をはぎ、目が合う。お互い、完全に固まり数秒間、静寂が流れる。

「ま、まさか、綾斗に彼女が、、、しかも女の子を連れ込むだなんて、、、」

「ち、違う!夏澄!話を聞いてくれ。」

 夏澄がとんでもない勘違いをしていたため、誤解を解くのに10分ぐらいかかった。

 夏澄と俺はリビングのローテーブルを挟み正面に座った。

「、で、、結局あなたは誰なの?」

「、、、夏澄、さっき言ったとおりだ。信じてくれ。俺なんだよ、北条綾斗なんだ。」

「ふざけないで!あんたは一体何者なの!」

「ふざけてなんかない、、ほら、2年の文化祭で一緒に迷って、校舎裏の非常口で──」

「──そんな話、あんたが綾斗から聞いたんでしょ。」

「じゃあ、どうすれば信じてくれるんだよ、、、、」

「綾斗なら、“自分のことをこんな風に押しつけて”なんてこない」

 俺は言葉を詰まらせる。

「、、、ごめんな。でも俺、今は“綾斗であること”を、否定されたくないだけなんだ」

「、、、、、」

 夏澄は立ち上がり、部屋を出ていった。

 部屋は静寂に包まれた。

 夏澄は今後なんとかするとして、、もう十時だ今日は十三時から補修があるが、この姿ではどうにもならない。

 まずこういう時は何をすればいいのだろうか。取り敢えず連絡だろうか。ひとまず学校へ電話をかけてみる。

 プルルルルル、プルルルルル、プルルル、何コールかしたあと「はい、多智花たちばな高校の和泉いずみです。」と声がした。

「あ、一年D組の北条です。千速ちはや先生いらっしゃいますか。」

「千速ですね。少々お待ちください。」

 少し間が空きまた携帯から声がする。

「変わりました。千速です。北条君?どうしたの?」

「あの〜。朝起きたら性別が〜。」

「あ、すいません妹さんでしたか?」

 先生がそう言ったあと「あれ?北条君の妹さんって今留学中じゃ、、、」と言っていた。声が高くなっていて勘違いしたのだろう。

「いえ、北条綾斗です。、、その、、朝起きたら性別が変わっていて〜。」

「??、、、、え、、、どういうこと?」

「いや、言葉の通りで〜、朝起きたら女の子になっていまして〜。」

「うん、よくわかんないけど、状況はわかったよ。取り敢えず、学校に来れる?」

「はい、それはいいんですが。、、その、身体が縮んじゃって、制服のサイズが合わないんですよね。」

「あ~、じゃあ取り敢えず私服でもいいや。学生証とかだけ持ってきてくれるかな。あ、、あと補習もあるかもだから。」

「は、、はい」

 そう言って電話は終わった。

 ひとまず、服は妹の服で行こうと思い、前泊まって言ったときに忘れていったままだった服の中から、抵抗の少ないジーパンとカジュアルなシャツを選んだ。

 そして鞄に携帯や財布を入れて家を出た。

 道中、変な目で見られてるんじゃないか。何処か変なとこがあるか。もしかしてこの服の着方とか間違ってるかな。とか思考がぐるぐるしているうちに学校の目の前まで着いていた。

『学園島』多智花区にある多智花たちばな高校。関東の南に作られた人工島にある高校の一つである。

 校門から中に入り、上履きに履き替えて職員室へ。

 コン、コン、コン、ドアをノックして開ける。

「失礼します。一年D組の北条です。千速先生いらっしゃいますか?」

「あ~、はいはい、千速せんせーい。」眼鏡をかけた男性教員がそう言うと、奥の方から女性の教員が歩いてくる。背は高く、長い髪は後ろでまとめられている。目鼻立ちが整っており、クールな印象を受ける。

「はいはい、あら?どちら様?」

「あ~、北条です。」

「、、、、っ、はい、わかりました。じゃあ教室に行こうか。」

 リアクションを飲み込んで平然を装っている。

 教室に入り先生に言われ席に座ると先生が訊いてきた。

「一応確認なんだけど、北条綾斗君で間違いない?」

「、、はい、あ、これ学生証です。」

 俺は学生証を差し出した。学生証といっても見た目は小型の端末である。島内の学生証は端末になっており、電源ボタンに指紋認証が付いているため他人に盗まれても盗んだやつは何もできないのである。それに学生証にはGPSが付いているため盗んでもすぐバレてしまう。この島で最も信用できる本人確認方法なのだ。

「、、、っスゥ~。マジかー。」

「はい、、マジです。」

「あ、ごめんね。いや、その、あまりにも容姿が変わってて。いや、いいと思うよ。」

「、、ありがとう、、ございます?」

「オッケー、一旦検査とかを受けてもらえるかな?許可は取ってあるから。」

「はい」

 そうして学校内にある検査室で能力検査と種族検査を受けた。

「ん〜、特に変わってないね。能力も変わってないし、特に体に異常も見られないわね、、、。」

「そうですか、、、」

 だとしたら原因はなんだろうか。あ、そういえば昨日、試食があって食べてみたんだった。いや、それが原因とは思えない。考えてみても分からない。それよりも元に戻る方法だ。、、だめだ、何も思いつかない。

「まあ、もう少しすごしてみます。」

「うん、わかった。こっちでも少し調べてみるね」

「ありがとうございます。では、さようなら。」

 帰ろうと先生に背を向けると呼び止められた。

「ちょっと待ちなさい。補習、やっていける?」

「は、は~い。」

 その後みっちり補習を受けて、学校を出た。

 帰路についている途中、見知った顔を見つけた。同じ学年の沢田さわだだった。

 沢田に話しかけようと近づくが今朝、夏澄に信じられなかったばっかりじゃないかと踏みとどまった。

 しかし少し近づいたところで沢田の様子がおかしいことに気付いた。

 沢田が急に胸を押さえると沢田の体から煤のようなものがでていた。

 次の瞬間。沢田の体が黒い炎に包まれ、見るからに普通ではない状態になっていた。沢田はどうやら正気を失っているようで、暴れ始めた。

 周りにいた学生たちはパニックになり、この場から逃げようと走り出した。『学園島保安委員アカデミー・イージス』も学生たちの避難誘導に手一杯で沢田の方まで人員が割けていなかった。

 そんなとき、一人逃げ遅れている学生がいた。夏澄だった。

 俺の体は勝手に動いていた。沢田の攻撃が夏澄に当たりそうになるギリギリで夏澄をなんとか助け出すことが出来た。しかし、なれない身体で無理に“能力”を使ったせいで身体が少し痛む。

「、、、あんた、、その“能力”は」

「ごめん!夏澄、、話は後で、、取り敢えず沢田を止めないと。歩けるか?」

「まぁ、なんとか、、」

「じゃあ、俺があいつを足止めするから、その間に」

「、、分かった」

「じゃ」

 俺は夏澄をおろすと沢田の前に立ちはだかり、能力を発動し沢田との戦いに挑む。

 俺の“能力”は「血脈強化ヴェインブースト」血液を媒体として自身の身体能力を強化したり、血液を操ったりすることが出来るものだ。

 俺は実戦経験なんてものはないが、直で触れたらやばいってのはわかる。咄嗟に相手から離れ血液を硬めて発射する。しかしあまりダメージになっていないようだ。

 俺は遠距離戦はやめて近距離戦に切り替えた。能力で強化した拳に血液を纏わせ思いっきり殴る。すると今度は少し効果があったのか少し仰け反る。しかし、沢田も攻撃を仕掛けてくる。

 地面に手を当て、黒い炎の波を出現させる。それを避けながら近づき殴る。しかし炎を纏った拳の攻撃が当たりそうになりギリギリで避ける。

 そこで夏澄が逃げれたか確認しようと少し後ろを向く。どうやらもう逃げれたようだ。

 そうして前を向いた次の瞬間目の前まで炎の拳が迫ってきていた。駄目だ、もう避けれない、直撃をくらう。と身構える、、しかしいつまでも衝撃が来ない。

 恐る恐る目を開けると、目の前に一人の男が立っていた。沢田はその男の目の前に倒れていた。沢田を包んでいた黒い炎も消えていた。男の腕には腕章がついており、それで保安委員イージスのメンバーだと分かった。

「あんた、大丈夫か?」

 男が話しかけてきた。

「は、はい。大丈夫です。あ、貴方は?」

「ああ、俺は露無相梨つゆなしあいりあんたは?」

「あ、北条綾斗ほうじょうあやとといいます。ってそうじゃなくて、怪我とか大丈夫ですか?」

 オロオロしながらそう返す。

「ああ、それなら大丈夫。だって俺の」

 バシッ

「って」

「こ〜ら、油売ってないで仕事しなさい。」

 露無つゆなしの後ろからサイドテールの女子生徒が現れ、クリップボードで頭をはたいた。

「ごめんね。こいつがダル絡みして。」

「いえ、話しかけたのは此方からですし。」

「そう?それならいいのだけれど。」

 そう言われたあと女子生徒に、

「あなたもこういうトラブルに巻き込まれないようにしなさいよ。それに一人で向かっていくなんて危ないんだからね!」

 とお叱りを受けた。

 二人が背を向け立ち去ろうとした。

「あ、待ってください。」

「ん?」

 二人が同時にこっちを向いた。

「さっきは助けていただきありがとうございました。」

 頭を下げて、感謝を伝えた。

 その後真っすぐ家に帰り、今日は料理する気力もわかなかったのでスーパーのお惣菜で夕飯を済ませた。

 そして、壁にぶつかった。

 お風呂に入らなければならないのだ。お風呂に入る。この身体で、、、女の子になってしまったこの身体で、、。トイレに関しては見ないようにして何とか終わらせた。しかし、お風呂となればそうはいかない。

 意を決して服を脱ぎ、お風呂場に入る。できる限り自分の体を見ないように手で手で隠しながら行くが、、なんか逆にいやらしい感じになってしまった、、、、、、。

 一回見てしまえばなんてことなかった。頭と体を洗ったあと湯船に浸かった。

「ふぅ、なんとか一日目乗り切った〜。」

 今日は色々あった。身体が女の子になったり、同学年の奴が暴れ出したり、本当忙しい一日だった。

 お風呂から上がり、以前から愛用している寝間着に着替えた。けれどもやっぱブカブカだった。

 ベッドで横になったが、夏澄の事やこれからどう生きようかということ、どうやったら戻るだろうか、何故沢田は暴走したのか、そもそも何故女の子の身体になったのか。色々考えているうちに眠ってしまった。

 女の子の身体になって二日目、取り敢えず朝ごはんを済ませ家でダラダラしていると、

 ピンポーン

 ドアスコープを覗くと夏澄かすみが立っていた。

 ドアを開け中に入れる。

「ごめん、あなたに話したいことがあって。」

「おう、まあとりあえず上がってくれ。」

 夏澄とリビングへ向かいお茶を出して、ローテーブルを挟んで座る。

「なあ、夏澄、今日話したいことって、、」

「昨日のこと、、、あなたが助けてくれたとき使っていた“能力”、あれは綾斗のものと同じものだった。」

 夏澄がそう話し始める。

「まだ、あなたが綾斗だって信じきれてない、けど信じてみようと思うよ。」

「夏澄、、、、」

「でさ、あなたが綾斗だとして、なんで女の子になってるの?」

「それが俺にも分からないんだ。昨日、朝起きたらこうだったんだ。」

「、、つまり、何もわかんないのね?」

「ああ、そうだ。」

「じゃあ、あなたが下に戻んの手伝ってあげる。」

「え、、」

「もとに戻りたいでしょ?」

「それはもちろん!」

「じゃあ、手伝ってあげる。だって何もわかんないんでしょ?そんなの一人じゃ無理でしょ。」

「夏澄、、ありがとう、、」

 目が少し濡れた気がした。

「ん、」

 夏澄は小さく頷いた。

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