第32話 悪役聖女と眠らない街
アルフォンス殿下からの、初めての「依頼」。
それを受けて、私達は数日後、王都を離れ、南の港湾都市サン・マドリアへと向かっていた。
今回の旅には、謹慎中の殿下は同行しない。だが、彼が「王家直属の聖女調査団」という大層な名目を用意してくれたおかげで、道中の警護も、街での滞在も、全てが王家の名の下に保証されていた。あの空っぽ王子が、今や、遠隔で私達を補佐する、有能な後方支援担当となっている。奇妙な話だ。
護衛として私の隣に控えるのは、もちろん、クロードとライナー。もはや、この二人がいないことのほうが、不自然に感じられるようになってしまった。
馬車がサン・マドリアの市門をくぐった瞬間、窓から飛び込んできたのは、王都とは全く違う、喧騒と、解放感に満ちた空気だった。
石畳の道を、様々な肌の色の人々が行き交い、威勢のいい呼び込みの声が響き渡る。潮の香りと、どこか異国の香辛料の匂いが混じり合った、独特の活気。貴族の格式や伝統よりも、金と、実力がものをいう街。それが、サン・マドリアだった。
(……なんだか、前世を思い出すわね)
実力主義の、競争社会。その空気に、私はどこか懐かしさすら覚えていた。
私達はまず、この街の商人ギルドを訪れ、ギルドマスターから話を聞くことにした。彼は、抜け目のない目を光らせた壮年の商人だったが、街を蝕む「眠り病」には心底頭を悩ませているらしく、調査には協力的だった。
「眠りに落ちるのは、なぜか、働き者で、これからという若い商人や職人ばかりなのでさ。最初はただの過労かと思いやしたが、どんな名医に診せても、目を覚まさない。まるで、魂だけが、どこかへ行ってしまったみてえに……」
その言葉は、私のゲーム知識と一致していた。この事件の裏には、「人の夢や活力を喰らう」呪いの魔道具が関わっているはずだ。
私達は、ギルドから提供された情報を元に、患者が出たという職場や家を調査して回った。
一見すると、街は活気に満ち溢れている。だが、その裏側で、人々が過剰な競争心と、隣人を出し抜こうという焦りに駆られているのを、私は感じ取っていた。
そして、気づいた。街のあちこちの露店で、最近流行りだしたという「気力が湧くお香」や「幸運を呼ぶお守り」が、飛ぶように売れていることに。
それらは、微弱ながらも、人の精神に作用する、禍々しい魔力を帯びていた。これらが、人々の活力を異常に高め、魂を消耗させ、「眠り病」にかかりやすい状態にしているのだ。
ライナーが、そのお守りを売っていた露天商の一人を締め上げ、供給源を吐かせた。
その店の看板に、見覚えのある印が、隠し紋として使われているのを、私は見逃さなかった。
「……アルカナの天秤」
やはり、この事件も、彼らが仕組んだものだった。この街の経済的な活力を利用し、人々の魂を糧として、何かを企んでいるのだ。
全ての情報は、一つの場所を指し示していた。
港の一角にそびえ立つ、巨大なレンガ造りの倉庫。最近、羽振りがいいと噂の「オルクス商会」が管理しているという、その場所が、全ての呪具の供給源だった。
その夜、私とクロード、ライナーの三人は、夜陰に紛れて、その倉庫の前に立っていた。
月のない、闇夜。潮風に混じって、濃密な呪いの気配が、倉庫の中から漏れ出してくるのが分かる。
「……どうやら、当たり、のようですわね」
私は、悪役聖女の顔で、不敵に微笑んだ。
「眠らない街の、その悪夢の根源。今宵、わたくしたちが、断罪してさしあげましょう」
三人は顔を見合わせ、頷くと、音もなく、巨大な倉庫の闇へと、その身を滑り込ませていった。
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