第28話 悪役聖女と忠誠のコロッセオ

「……聖女様。あなた様は、一体、何者なのですか」


 ガウェイン団長の問いは、驚きと、困惑と、そして、長年の苦しみから解放されるかもしれないという、藁にもすがるような期待がない混ぜになった、悲痛な響きをしていた。


 私は、彼の目をまっすぐに見返す。


「わたくしは、この国の理を歪める、あらゆる呪いを断罪する者。ただ、それだけですわ」


 私の言葉に、団長は、何か大きなものが吹っ切れたように、深く、長い息を吐いた。


「……承知した。聖女様。もし、本当に我らを、この永劫の苦しみから解放してくださるというのなら、このガウェインの命、そして、太陽の騎士団の魂、あなた様に預けよう」


 彼の決断は、早かった。

 私達は場所を移した。駐屯地の片隅にある、騎士団の者だけが祈りを捧げることを許された、古びた石造りの礼拝堂。そこに、団長と、彼が選んだ数名のベテラン騎士たちが、覚悟を決めた顔で並んでいる。彼らは皆、騎士団の中でも特に呪いの影響が深刻な者たちだ。


 礼拝堂の入り口では、アルフォンス殿下、クロード、そしてライナーが、固唾を飲んで私を見守っている。


「始めます」


 私は短く告げると、団長とその部下たち、そして、この礼拝堂に宿る「騎士団の魂」そのものに意識を集中させた。これまでで最も規模が大きく、複雑な浄化。全身の魔力が、急速に吸い上げられていくのが分かる。


「《聖域穿孔サンクチュアリ・ピアス》!」


 眩い光と共に、世界が歪む。次に目を開けた時、私は、巨大な円形闘技場コロッセオの真ん中に立っていた。

 石造りの観客席は、天高く、霞んで見えるほどに広い。そして、その席を埋め尽くしているのは、無数の、甲冑をまとった半透明の騎士たちの亡霊だった。彼らは、ただ静かに、闘技場の中央に立つ私を見下ろしている。


 ここが、太陽の騎士団の精神世界。「忠誠のコロッセオ」。彼らの誇りと栄光、そして、呪われた運命が具現化した、巨大なダンジョン。

 その時、闘技場の砂地から、ぞろり、ぞろりと、錆びついた甲冑をまとった騎士の亡霊たちが姿を現した。その数は、瞬く間に数十にも膨れ上がる。


『王家ノタメニ!』

『忠誠ヲ! 我ラガ忠誠ヲ示セ!』


 彼らは、呪いによって歪められた、かつての太陽の騎士たちの成れの果て。「嘆きの騎士」たちだ。彼らの瞳には、もはや理性の光はなく、ただ、盲目的な忠誠心だけが、青白い炎のように燃えている。

 やりきれない気持ちを振り払い、私は杖を構えた。襲いかかってくる嘆きの騎士たちを、聖なる光で次々と打ち払っていく。

 だが、彼らは、倒しても、倒しても、観客席に座る亡霊たちからの、不気味な声援を受けて、すぐに蘇ってしまう。キリがない。

 私は、闘技場の最奥に視線を向けた。皇帝が座るであろう、ひときわ豪華な貴賓席。

 そこに、一体の、禍々しいオーラを放つ存在が鎮座していた。

 全身を黄金の鎧で覆い、その隙間という隙間から、黒い茨のような呪いが溢れ出している、巨大な騎士王。

 あれが、この呪いの元凶。「祝福」が、長い年月を経て、歪みに歪んだ成れの果て。「呪縛の王」。その、呪縛の王が、玉座から、ゆっくりと立ち上がった。


『何人たりとも、我らが忠誠をけがすことは許さぬ』


 コロッセオ全体に響き渡る、威厳に満ちた、しかし、どこか苦しげな声。

 その声に応えるかのように、闘技場にいる全ての嘆きの騎士、そして、観客席にいる数え切れないほどの亡霊たちが、一斉に、私に敵意を向けた。

 四方八方、三百六十度、全てが敵。絶望的な数の、呪われた忠誠心。


(これが……太陽の騎士団が、数百年もの間、背負い続けてきた、呪いの重さ……!)


 私は、この絶望的な状況を前に、どうすれば、このあまりにも一途で、それゆえに歪んでしまった「忠誠心」そのものを救えるのか、思考を巡らせながら、ぎり、と杖を握りしめた。

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