29話 展開が急過ぎます

【アンネリースの視点】



 目が覚めた時、私は枕元の時計を見た。8時を過ぎていたことに少し驚いた。


こんなに寝たのは久しぶりな気がする。


今日は訓練も作戦も無いが……でも、自分の気が緩んでいるような気がして、罪悪感があった。


そしてその『罪悪感』という言葉が、昨日の夜に見た、シアンの照れた表情に結び付いた。


 戦場で圧倒的な戦闘力を見せた彼が、目の前で無防備に照れていた。


そんな彼の様子に、私の心がなぜか波立った。


そしてそれはすぐに、罪悪感になる。だから私は、自己嫌悪に陥る……。


……そのようなことを、私はベッドに寝たまま何度か繰り返していた。


 寝返りを打つ。


 昨日まで居た病院の簡素な寝具とは違い、第一強襲隊駐屯所ここのシルクの布団は柔らかく、私の両脚にまとわりついた。


“混乱”の根は思ったよりもずっと深いようで、私の思考が澄み渡ることは無い。

 

 またしても脈絡無く、昨日のシアンとの会話が蘇る。


「……それに私……。そんなシアンも、どこか可愛く……思っていますから……」


 羞恥心が湧き上がる。男性に『可愛い』なんて言葉を掛けたのは、産まれてはじめてだった。


 しかもシアンは見た目は少年でも、今や『聖者』であり『救世主』である存在だ。彼は今でこそ二等兵だが、すぐに私を追い抜き、マリナ様すら超える可能性が高い……。


そんな彼に「可愛い」なんて……一体私は、何になったつもりなのだろうか?


 とにかく、自分がなぜそんな事を言ったのか理解できない。


酒に酔ったのだろうか? いや……私が二杯のワインで酔ったことなど一度も無い……。


そうだとすると……私は八つも歳が離れた少年の雰囲気に酔ったのだろうか?


あるいは彼の『聖者であり救世主』という肩書きか、または『オーバークロック中の戦闘能力』に酔ったのかもしれない……それなら、多少は理解できる……。


 しかしだからと言って、シアンに対して『何らかの感情』を持った自分を恥じることは、止められなかった。


「どうすれば良いの……?」


 と私は自室の何も無い空間に、独り言を浮かべた。


 すぐにラケルの声が聞こえる。


「恋……ですね……」


 彼女に背を向けたまま答える。


「だから私の感情に……勝手に名前をつけないでください」


 昨日の夜、自室に帰った私は混乱を鎮めるためにラケルを召喚した。そして彼女と思考を整理する間に、私は眠ってしまったのだった。


 ラケルは確定した事実のように述べる。


「私は嬉しいのです。尉官として、あるいは姉として……全てを犠牲にしていたアンネリース様に、ついにご自身の幸せが訪れたのだと……」


「昨日も言いましたが……私はまだ認めていません。戦時の一時の感情の乱れかもしれないですし……」


 振り返る。


ラケルの身体は透けていた。


服が透けて、肌も透けて、自室の壁が見えていた。


これは、先の戦闘でラケルが魔力を消費した影響だった。


「しかし、ラケル……。その身体……いつ戻るのですか?」


 ラケルは透けた自分の腹を見ながら言う。


「私にも分かりません。なにせ、このように存在が消失しかけたことは、私にとっても初めての事ですから……」


「服を着ることはできないのですか?」


「残念ながら……。心造妖精イデアは物質に干渉することは出来ますが、物質に干渉されることは出来ないのです。ですので……私が服を着た場合、あくまで仮想的に服を装着することになりますので……新しく着た服も、半透明になってしまいます」


 そう言ってお辞儀をしたラケルの胸は、服から透けていて、形がはっきりと分かった。


 私はため息をつく。


「……困りましたね」


「?? 困りませんが? 私は人間と違って、裸体に羞恥を感じません」


「違います。ラケルのことではありません。……私が・・、困るのです」


 幼少のころは気にはならなかった。


むしろ、幼い自分と比べていかにも女性らしい体を持つアデルに、憧れや、誇らしさすら感じていた。


 しかし私は成長するごとに、どんどんと女性らしさが際立った。


気付くと、胸はかなり大きくなり、腰のくびれも明確になっていた。


 そして私のこの体型は、今やラケルとそっくりになってしまっていた。


だからこそ、ラケルが半透明になってしまうと私は困る。


 なぜなら裸を彷彿とさせるような格好のアデルを私が召喚すると、それを見た者はおのずと、私の裸を連想してしまうからだ。


戦時ならそのような事も仕方ないかもしれないが……。しかし男性には、このようなラケルを絶対に見られたくない。


……とくに、シアンには……もっと……。


 しかし昨日の夜、私の胸で鼻の下を伸ばしたシアンを見て、羞恥と同時に少しの幸せを感じ……何よりも『可愛い』と思ってしまった自分が居たことも、事実だった……。



 そうして、思考がまたしても彼に満たされてしまった私は、ふたたびため息をついた。


「はぁ……。本当にこれこそが……『業』という物なのでしょうか……」


 ラケルは微笑む。


「お認めになられれば良いのでは無いでしょうか? アンネリース様は恋に落ちたと……」


「……いけません」


「何故ですか?」


「戦時に判断を鈍る可能性が考えられます。それに……彼は今や反乱軍の象徴である『救世主』ですし……何よりも『少年』なんです」


「いいでは無いでしょうか? 昨今では年の差結婚の例も少なくはありません」


「け、結婚!?!? ……何を言ってるんですか!? ラケル? ……ふしだらですよ?」


「そうでしょうか? ふしだらでしょうか?」


「そうです。ふしだらです……。それに……私はすでに、身も心も血と死臭で穢れきった者です……。ですので、退役後はナバヤの元で尼として暮らすことに決めてます」


「また、『女の園』に戻りたいと……? 本当にアンネリース様は”お好き“ですね……」


「ラ、ラケル……? あなた少し、変わりましたか? 以前よりなんというか……あけすけと言うか……少し下世話に落ちてしまった気がします。……もしかすると……サロメの影響でしょうか……」


「私は心造妖精イデアでございます。ですから……私の思考はアンネリース様の感情の影響を受けます。……それと……以前にシアン様は、『20代年上女性の白い下着が好き』と仰っていました。それに『女性の胸部も好き』だとも……。これは……アンネリース様とかなり合致する部分があるのでは、無いでしょうか?」


 ラケルにそう言われて、今日の自分の下着が白色だったことを思い出した。しかしラケルは、なぜ今に限ってそんな事を?


羞恥が急激に高まり、思わず強い言葉をラケルに使ってしまう。


「ラ、ラケルはちょっと黙っていて!!」


「も、申し訳ございません……。ただ……お元気になっていただこうと思い……」


 ラケルの様子にさらなる罪悪感が加わる。


 謝罪する。


「い、いえ……。私のほうこそ、言い過ぎました。ごめんなさい。ラケル……」


 そう言いながら私は、もう一度寝返りを打った。


 素足に絡まる布団が、さらに複雑に絡みつく。


 様々な感情が入り乱れて、思考もどこまでも散漫だった。


おそらく……このまま思い悩んでいても、埒があかない。


たぶん……鍛錬か訓練でもしたほうがよっぽど有益だと思う。しかし今日は、あいにく休日だ。


 それならいっそ、確かめてみたほうが良いのかもしれない。


おそらく彼も、今日は休息日だったはず……。


 そう考えた私は、ベッドに座った。


乱れて目に掛かった前髪を、指で払う。


 そんな私に驚いたラケルは言う。


「どうされましたか? アンネリース様……?」


「決めました。私は本日……シアンを昼食に誘います」


 ラケルの顔に笑顔がもどった。どうやら彼女は、私とシアンの関係の進展を本気で願っているようだ。


「それは素晴らしいことです。それなら……夜も誘われて、一夜を共に過ごされてはいかがですか?」


「ち、違います。ラケル。いくらなんでもそれは、展開が急過ぎます」


「そうでしょうか? 電撃戦こそが我々第一強襲隊の肝ではございませんか?」


「戦争じゃありませんから。それに、『間違えて』います。私は……『確認』をしたいんです」


「確認? ……ですか?」


「ええ。確認です。私のその……シアンに対する感情が本当かどうか——その確認です」


「なるほど……確認ですか。言うならば……『斥候』ですね?」


「斥候……? それも何か違う気がしますが……まあ、良いです。ともかく、今日私はシアンを街に誘います」


 ラケルは微笑む。


「わかりました。素敵な結果をお待ちしております」


「ありがとうございます」


 そう言った私は、いつもどおりワードローブに向かい身支度を始めようとする。


 しかしラケルの慌てた声が被さる。


「ちょ、ちょっと待ってください。アンネリース様。……お化粧は?」


「お化粧……?」


「それにその手に持たれているお召し物は……?」


 私はハンガーから外した軍服を持って振り返る。


「隊服ですが……? 何か、間違えていますか?」


 そんな私を見たラケルは、ため息をついた。


ラケルのそのような嘆いた顔を、私は久しぶりに見た気がする。


 ラケルは私の隊服を見ながら言う。


「私の思考に間違いは多いかもしれませんが……。今アンネリース様が選ばれたお召し物が、今最も『間違えている』と……ラケルは思います……」



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