素直な人(二)
「え……?オーナーのことが知りたいの?」
淡い水色の長い髪に、知的な顔立ちをしたセナはウイスキーをグラスに注ぐと、ベッドの上で隣に座るαへ手渡した。
羨ましいほど滑らかな白い肌に、引き込まれそうな綺麗な瞳。サラサラとした淡い金髪は触ったら気持ちよさそうだ。
急に新規のお客様でΩの女を三人も指名してきたと聞いた時は、見栄っ張りな面倒くさい人だったらどうしようかと思っていたけれど……いざ扉を開けてみれば、そこにいたのは場違いなほど強いαのフェロモンを纏った美しい男だった。
「抑制剤でお世話になってるけど、薬はいつもエンツァから貰ってるから……遠目でしか見た事ないかな」
「あれ、セナは話したことなかったっけ」
のほほんとした雰囲気のスエラが、空いているベルティの右隣に腰を埋める。左手に持っているグラスの中で、琥珀色の液体が心地よく揺れていた。
「いい人だよ〜。見た目ちょっと近寄りがたいけど、話てみると柔らかいっていうか」
――柔らかい?
対談で話した時とは全く違う印象に、ベルティは笑みを繕いながら頭に?を浮かべる。仲間思いだとは感じていたが、もっと取っ付きにくい高みの存在なのかと思っていた。
「パティはこの間、なんか謝りに行ったんでしょ?私発情期だったからよく知らないんだけど、何やらかしたの?」
「うっ……言わないで、今罪滅ぼししているところなんだから」
セナとスエラが持っているウイスキーを羨ましそうに見つめながら、パティは自身のグラスを握りしめる。二人は水で薄めているが自分のは正真正銘の水だけだ。
「でも、言われてみるとあんまりオーナーのこと知らないかも……フェクダのボスってことは知ってるけど」
「フェクダってマフィアなんでしょ……?怖くないの?」
「怖くないよ。優しいし」
「何で優しい人がマフィアのボスなんてやってるの?」
セナの問いに、そう言えばそうだとパティは頭を捻った。
もしかしたら……裏ではとんでもなく悪いことをしているのかもしれない。
「エマならよく知ってるんじゃないかな。あの二人幼馴染でしょ?」
「えっ!そうなの!?」
突然出てきた新情報に目を輝かせた。だから二人は仲がいいのか!
ベルティは知らない名前にスエラの顔を覗くように首を傾げる。
「エマ?」
「うん、エマヌエラ。ロウトの館長さん」
――あぁ、彼女か。
初めてここを訪れた時に会った、褐色肌の青い瞳をした女性を思い出した。確かに、あの物怖じしない目は似ているところがある。
「でも何でオーナーのこと知りたいの?」
「彼……俺の『運命の番』なんだ」
思ってもいなかった答えに、セナは持っていたグラスを落としそうになった。
「ふぇっっ!」
「運命のっ番!?」
「本当にいたんだ……!」
娼館で働く者にとって、それほど魅力的でロマン溢れる話はない。
『いつの日か現れる、自分を迎えに来てくれる運命のα』その話題は先輩から後輩へ、飽きる事なく何度も会話に出てきた。
「でも、番になろうって話したら『付き合うつもりはない』って
まるで突き放された子犬のように悲しげに目を伏せる。
その儚げな表情に三人の少女たちは、何ていじらしいαだろうと胸をときめかせた。
――まぁ、嘘半分と言ったところだが。
ベルティは飲み慣れない安いウイスキーに軽く口付けた。
出来ることならさっさと番にして後継の一人でも産んでほしいが、彼は番のαを殺した過去がある。
ヴィラの言うとおり、無理やり番にしたところで何度も殺しにこられては面倒だし、自ら命を絶ってしまう可能性もあるだろう。
そこで昨日寝る前に考えたが……セヴェーロに俺を好きになってもらうのが一番丸いと判断した。
番を破棄され本能が壊れているとはいえ、腐ってもΩだ。
Ωはαを求める生き物だし、αのフェロモンには逆らえない。感情で否定しても、これだけ近くに運命がいれば……いずれ身体から求めだすだろう。
「すごい!運命の番って、会った瞬間分かったの?」
「雷に打たれたみたいな衝撃があるって聞いたけど……本当?」
「えっ……それって死んじゃうんじゃないの?」
絶えず来る質問に適当に答えながら、ウイスキーを口に放った。
セヴェーロに付いてもう少し情報が欲しかったが、娼婦とは軽く話す程度でしか関わっていないのだろう。幼馴染だという館長から聞いたら、詳しい話しを聞き出せるかもしれないが……。
しばらく話していると、ガタガタと部屋の外で階段を駆け上がるような音が聞こえてきた。やはり安い娼館だけあって壁も薄い。
――来たみたいだな。
入り口へ目を向けるとほぼ同時に、隙間の空いた扉がシルビオの大声と共に勢いよく押し開けられた。その向こうには驚いて目を丸くしているセヴェーロとαの部下が、銃を構えたまま固まっている。
「やぁ、セヴェーロ。早かったね。いつもこの時間、娼館に来るの?」
ベルティは軽い口調で「待っていたよ」と微笑んだ。
セヴェーロの視界の先には、キングサイズのベッドの上で楽しそうに話している少女が三人と、平民服姿のベルティ大尉がグラスを片手にその真ん中で座っている。
「シルビオ……?」
「ごめん!オーナー!どうしてもオーナーと話したいってお願いされて、断れなくてさ。でもそんなに悪い人じゃなさそうだし、お金持ちだし、チップくれるし、えっと……楽しんで!」
そう言うと足早に部屋から逃げて行く。
手を突っ込んだポケットの膨らみは、どうやら相当な額を積まれたらしい。
「……後でしばいときます」
「いや、エンツァとエマに任せよう」
オスカーを宥めると銃をホルスターへ仕舞った。
訝しげにベルティへ目を向ける。
「何故、大尉がここに」
「遊びに。……ていうのは建前で、君に会いたくて」
キャッっと少女たちが楽しそうに声を上げた。『運命の番』の話で盛り上がり、だいぶ酒も進んでいる。パティに至ってはその場の空気だけで軽く酔えていた。
「話すことはありません」
「つれないなぁ……唯一の運命なのに」
何が運命だ……。
銃声一つで奪えたエディの支配と何が違う。
見たところパティ達に危害を加える素振りはないが……このまま何を考えているのかわからない男を、エマが知らない状態で放っておく訳にはいかない。
「ここは貴族が来るような場所ではないではないでしょう。お帰りください」
「そうだな……じゃあ、君とこの子達交換で、一杯付き合ってくれたら帰るよ」
「……俺は男娼じゃありません」
「少し話すだけさ、手は出さない」
そう言いながら大尉は胡散臭い笑みを浮かべると、両隣にいるセナとスエラの肩に手を回した。
……αが番に出来るΩの数に限りはない。Ωが発情していなければ番は成立しないが、まだ十代の若いΩは発情期が定まっておらず不安定だ。
いつもαの客が来た時はエマの配分で問題が起きないよう気を配られていたが、今回はたまたま手が空いていた三人が、首輪も付けずに呼ばれてしまったのだろう。ただでさえαに慣れていない彼女達の誰かが、行為中に発情しないとは限らない。
最悪の事態を、たった一杯で回避できるなら安いものだった。
「……いいでしょう」
「ボス!」
引き止めようとするオスカーに、ベルティは懐から札束を取り出すとパティ達の前に差し出した。
「チップだ。セヴェーロと二人きりにしてくれたら、この倍出すよ」
運命の番達のやり取りを見守っていた三人は、その分厚い束に目の色を変える。
慌てて飛び上がると、その勢いのままオスカーの両手と腰に飛びかかった。
「ちょっ、ちょっと!」
「オスカー!行くよ!邪魔しちゃ悪いでしょ!」
「私たちに出来るのは盗み聞きするぐらいだよ!」
「お金欲しい!」
「ボ、ボス!部屋の前にいますから!何かされたら叫んでください!」
「助けますから!」と扉の向こうに押し出されながら、その隙間から必死な声が聞こえる。
――彼奴は俺のことを、か弱い少女だとでも思っているんだろうか。
二人きりになった部屋の中で、扉から離れると座っている大尉と向き合った。
存在感のある大きなベッドの上で、楽しそうに微笑んでいる。
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