第16話「VS盗賊団」

俺とリューナの真下では、夥しい数の盗賊団が群がっている。それはまるで、餌を求め集まってくる池の鯉のようだ。尤も、今回の場合その餌とは俺達のことだ。逃げ場など無く、大人しく奴らに捕まるしか選択肢の無い哀れな餌だ。


「うーん……。流石にこれはやらかしたな」


思えば何故盗賊団のアジトの中で、奴らを倒すなど息巻いてしまったのだろうか。どう考えても戦犯行為だ。


「はぁ……。なんか策はあるんだよね?」


リューナは溜息を吐く。策はあるのかと聞いているが、その声音からは一切の期待が感じられない。


「まあまあ、ちょっと耳を貸してくれよ」


俺はリューナの耳に近付き、小さく囁く。そしてその内容を聞いた彼女は露骨に嫌そうな顔をした。


「マジで言ってんのそれ……?普通に嫌なんだけど……」


リューナは呆れを通り越して、汚いものを見るような軽蔑の目を俺に向ける。その反応は流石に心に来るのでやめて欲しい。


「いやいや、それ以外他にないんだからしょうがないじゃん……。じゃ、手筈通りに頼むよ」


「……はいはい。やればいんでしょやれば」


俺はリューナの前でサムズアップする。彼女は諦めたように、適当な返事で答える。


そんな俺達の真下で、盗賊団は何やら会話を繰り広げている。

 

「おい。こいつどうするよ?」


「多分あの蜘蛛の巣みてぇなのもそのうち消える。そうなったら、落ちてきたアイツをそのまま袋叩きだ」


盗賊団は俺達を捕らえる計画を立てているようだった。だが、彼らがそれを成し遂げることは残念ながら不可能だ。


「じゃあ、後は任せたぞ」


作戦の要であるリューナに全てを一任する。彼女の表情は未だ不服そうだ。


「はぁ……。人使い荒すぎ。右腕のくせにさ。紅き血潮レッド・ブラッド


そう愚痴を零しながらも、作戦結構の為に再びスキルを発動するリューナ。それにより、足元に広がる紅い蜘蛛の巣は、再び血液へと姿を戻す。


瞬間、真っ赤な血の雨が盗賊団に向かって降りしきる。辺りに鉄の臭いを充満させながら、バケツをひっくり返したような勢いで、赤い液体が溢れ落ちる。


「うわっ!あいつマジか!」


「やばい!目が!」


いきなり降って来た大量の血に、ダメージこそ無いものの、盗賊団達は軽いパニックに陥る。


そして、落ちてくるのは何も血液だけでは無い。


「よし!第一段階成功!やっぱコイツらビビってるよ」


穴の真下に待機していた大半の盗賊団は、顔からべっとりと血液を浴びてしまい軽く動揺している。そしてその際、僅かに隙が生じた。そして、それが俺達の“一つ目”の狙いだ。その好機を逃すこと無く、俺達は血の雨と共に地面に着地した。降り注ぐ血の雨を背に受けながら、盗賊団の輪の中へと降り立つ様は、中々絵になっているのではなかろうか。


「なんでこれが上手く行くのかな……」


リューナは納得出来ないと言わんばかりに頭を搔く。事実、上手くいくかどうかは半分賭けだったが、見事その賭けは成功した。そして、ここまで来れば後は勝ったも同然だ。


「くっ……。怯むなおめぇら!こいつを捕らえろ!!」


この場のリーダー格とおぼわしき声が響く。それを受けて、俺達を囲う盗賊団が一斉に襲いかかって来る。本来なら逃げ場の無い、絶対絶命のピンチ。だが、真に逃げ場が無いのは俺達では無く、奴らの方だ。


「じゃ、最後の仕上げ頼むぞリューナ!」


俺の声を聞き、リューナは呆れたように笑みを零す。


「全く、アタシの負担デカすぎ。ホント、感謝してよね」


そう言いながらも、彼女は依然やる気だ。そして、深く息を吸うと、ゆっくりと“その言葉”を吐く。


「聴け!妾は色欲の魔王リューナ・ドラキュリエル!妾が直々に、お主らに引導を渡してくれよう」


久方振りに魔王としての仮面を被るリューナ。そしてそれは、彼女が本気を出す為のルーティンだ。


「魔王だと……!?いや、ハッタリに決まってる!」


魔王という言葉に盗賊団は一瞬驚くも、それをハッタリと受け取る。その判断が、彼らのミスだ。


「さぁ、眠れ……。血染めの悪夢ブラッディ・メア……!」


瞬間、俺達を取り囲む盗賊団は皆白目を剥き、泡を吹いて倒れる。そして、彼らにべっとりと付着していた血液は、役目を終えたと言わんばかりに、シャボン玉のように弾けて消し飛んだ。


「ひ、ひぃ……。なんなんだコイツは!?」


幸いにも穴から離れていた為に被害が出なかった残りの盗賊達も、一撃で倒れた仲間達の様子を見てたことで、すっかり怯えて戦意を喪失してしまったようだ。


「さぁ、選ぶがいい。このまま大人しく降参するか、それともまだ戦うか」


左手の周りに血液を漂わせながら、リューナは盗賊団達を威圧する。思えば彼女がこのように他人に魔王らしく振る舞う様は、何気に初めて見たかもしれない。とはいえ、今までは正体を隠す必要があったのだから、初めてなのも当然か。


「こ、降参する!だから頼む見逃してくれぇ!俺達は、金で雇われただけなんだよぉ!」


盗賊団は次々に武器を捨て、両手を上げて降伏する。神出鬼没の盗賊団と聞いて最初はどうなる事やらと思ったが、いざ蓋を開けてみれば大したことは無かった。


――なんか、思ったより骨の無い奴らだな……。


呆気ない戦いの幕引きに、俺は少々肩透かしを食らう。だが、兎も角これで目的は果たされた。後は此奴らを衛兵にでも引き渡せば、リューナの功績として認められるだろう。街に帰ったら、真っ先にラーゲンには感謝を伝えねばなるまい。


とはいえ、やはり――


「んだよ、大したことねぇなお前ら」


――そうそう、大したことな……。


「……リューナ、今なんか言ったか……?」


俺は恐る恐る彼女に耳打ちする。頼むから気のせいであってくれと切に願う。だがしかし、案の定リューナは首を横に振る。


「ま、金で雇ったチンピラなんてそんなもんか」


奥の通路から声が近付いてくる。荒々しい印象を植え付ける野太くて低い男の声だ。近づく度に、その人影も朧気ながら徐々に顕になる。通路の天井に頭が着きそうな程の巨体。歩く度にズシンズシンと足音が伝わってくる。


「アイツは……」


「ゴ、ゴルベラ様!!」


俺の呟気に被さるように、盗賊団は一斉に男の名前を叫ぶ。ゴルベラと呼ばれた男は、盗賊団の近くまで来ると、その歩みを止めた。その巨体と声に違わず凶悪そうな顔付きの厳つい男だ。目は獲物を狙う獣のようにギラギラと不気味に輝いており、大きな口からは鋭い歯が覗いている。そして、背中には得物とおぼわしき無骨で巨大な大剣を背負っている。


ゴルベラはリューナを見つけるやいなや、訝しげに首を傾げ、倒れている盗賊団とリューナとを交互に見比べる。


「……お前ら、あの嬢ちゃんに負けたのか?」


ゴルベラは盗賊団の残党に問い掛ける。その鋭い眼光で睨まれた盗賊団達は、まるで蛇に睨まれた蛙の如く竦み上がっている。


「そ、それは……」


一人の盗賊は言い訳の言葉を考えるように目を泳がせる。


「あの娘は、彼奴らを一撃で倒しました!油断ならない強敵です!」


それをフォローするように、他の盗賊が叫ぶ。だがその瞬間、ゴルベラはその盗賊を睨み付けた。


「おいお前。まさかオレ様が負けると思ってるのか?」


ゴルベラはその巨大な手で、自身の機嫌を損ねさせた盗賊の頭を掴む。


「めめめめめ、滅相もございません!?!」


「うるせぇ。死ね」


頭を掴まれた盗賊は、怯えながらも必死に否定の言葉を叫ぶ。しかし、それを一切受け入れる事なく、ゴルベラはその巨体から繰り出される剛力で、盗賊の頭をまるでリンゴのように握り潰す。潰れた頭からは果汁が飛ぶかのように、盗賊の血や脳みそが周囲に飛び散ちり、頭を失った体はその血溜まりの中に力無く倒れ込む。


「う、うわぁぁああ!?!」


「オ゛ェッ……」


それ見た盗賊団達は腰を抜かすの物もいれば、吐き気を催している者もいる。完全に彼らの統率は乱れ、阿鼻叫喚の地獄と成り果てていた。


「んだよ……。使い物にならねぇ奴らだな!」


叫びながらゴルベラは大剣に手を伸ばす。そして、それを一気に引き抜くと、その勢いを利用してその場で一回転する。


それは、一瞬の出来事だった。ゴルベラが回転し終わった時、彼の周りには無数の生首が宙を舞い、その数だけ首の無い人間が呆然と立っていた。


ゴルベラが大剣を鞘に戻す。それに呼応するように、宙を舞っていた生首はボトボトと地面に転がり落ち、首の人間達はバタリバタリと倒れていく。


「……嘘だろ」


余りに非現実的な光景に絶句するしか無かった。そして、本能的に理解する。此奴は、今の俺達ではまず勝てない。圧倒的な格上だ。


「……タカミチ。また合図して。そのタイミングで、スキルを使うから」


リューナは俺にそれだけ伝えると、血を漂わせた左手をゴルベラに向ける。彼女も俺と同じく勝てないことを理解している。それを承知の上で『血染めの悪夢』を使い、逃げるだけの時間を稼ぐつもりらしい。


「おいおい。向かってくるってことは、殺っていいんだよな?」


不意にゴルベラが後ろに向かって叫ぶ。それはまるで、誰かに指示を仰いでいるかのようであった。


「……それは止していただきたい。“彼女達”は、大事な商品なのだから」


コツコツとした革靴の音と、品性を感じる声音が響く。そしてそれは、聞き覚えのある声だった。


「嘘……どうして」


リューナは衝撃のあまり言葉を失う。そしてそれは俺も同じ気持ちだ。なぜ彼がここにいるのだ。


「どうも、さっきぶりです。魔王リューナ・ドラキュリエル殿。私の言葉を信じてくださって助かります」


人の良さそうな笑みでそう語る“割腹の良い中年の男”。


ラーゲン・モルセラが、そこにはいた。

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