第15話「二人合わせて」

「うわぁぁぁああ!?!落ちる!死ぬ!ミンチになるぅ!!」


穴へと落ちた俺とリューナは現在進行形で真っ逆さまに落下し続けている。


「キャハハハハハ!ヤバい、これ楽しいかも!タカミチももっと楽しみなって!」


絶叫し続ける俺に対して、リューナは楽しそうに叫んでいる。自慢じゃないが、俺は絶叫系やバンジージャンプ自体は別に苦手では無い。だが、今だけは隣で嬉しそうにはしゃいでいるリューナの感性には共感出来ない。


「いやいやいや!ムリムリムリ!てか、このままじゃマジで死ぬって!」


そうだ。今俺達が行っているのは、文字通りの紐無しバンジーそのもの。落下死待った無しの、あの世への片道電車なのだ。


「もータカミチ忘れたの?アタシ飛べるんだから、そんな心配しなくてもいいのに……」


リューナは小さく溜息を吐きながら、やれやれと言わんばかりにそう話す。そうだ。落下の衝撃ですっかり忘れていたが、彼女は背中から羽を生やして飛行できるのだ。


「あ、そうじゃん……。よかったぁ、マジで何考えてんのかと思ったわ……」


流石に無策で飛び込むリューナでは無いようだ。しっかり命の安全が保証されているのなら、あれだけ楽しめるのも頷ける。


「流石に飛べなきゃこんな楽しめないっての。ほら、こんな感じで……」


そう呆れたように突っ込みながら、リューナは羽を展開する。しかし、いつもの三分の一ほど出したところで何故か急に羽の展開をピタリと止める。


「リューナ?どうした?」


俺はリューナに声をかける。すると、彼女は珍しく青い顔をしながら、縋るように俺の方を見る。


そんな彼女の様子に嫌な予感が込み上げてくる。


「……マジなのか?」


俺の問いにリューナは小さく頷く。


「……羽、狭くてこれ以上出せないっぽい」


「ちなみに飛べは……」


「……しないです」


リューナはしおらしく答える。彼女のこの反応は非常にレアだ。しかし、残念ながらそれを堪能している余裕は無かった。


「ちょぉぉぉおおおおい!?!そんなお約束いらないから!!てか、どうすんだよこの状況!?」


鮮やかなフラグ回収に、最早突っ込まずにはいられない。だが、兎にも角にもこの状況を何とかしなければ本当に死にかねない。


「だ、大丈夫!アタシ吸血鬼だし生命力高いから、すぐには死なない……はず」


自信なさげにリューナはそう話す。仮に自信があったところで何のフォローにもなっていないのはご愛嬌だ。


「……って!ってる場合か!考えろ考えろ……。なんかこう、あるはず……」


落下の体感時間は長い。とはいえそれは有限では無い。着々と死へのタイムリミットはゼロへと近付いている。思考を高速で巡らせ、逆転の一手を考える。きっと何かある筈だ。


――そうだ。“アレ”を使えばもしかしたら。


「リューナ!ちょっと痛くするぞ?」


「え?どうしたの急に――」


リューナの返答を待つことなく、俺は彼女の左腕を思い切り引っ掻く。荒々しい傷跡からは真っ赤な血液が滲み出す。


「いっっ……。何急に?!」


痛みに顔を歪ませるリューナは、俺の行動に理解不能と言わんばかりに叫ぶ。


「スキルだ!スキルを使えリューナ!」


俺は構うことなく叫ぶ。それを聞き、リューナは俺の意図を理解したようで、正気を取り戻した顔付きになる。


紅き血潮レッド・ブラッド!!」


リューナがそう叫んだ瞬間、滲んだ血液は紐状に体外へと放出される。血液の紐は、彼女を囲うようにグルグルと周囲を回る。


「それで、こっからどうするつもり?」


リューナは一瞬こちらに目配せしながら叫ぶ。もう地面はすぐそこまで迫っている。だが、俺の予想が正しければ、彼女の血液の紐を用いてこの状況を脱せるはずだ。


「まず、血を限界までドロドロに柔らかくしてくれ!蜂蜜とかスライムみたいに!」


ジャガーノートとの戦いを思い出す。あの時、リューナは血を拘束具のようにしてジャガーノートを締め付けていた。そうなるには、血を硬く凝固させる必要があるはずだ。なら、もし逆のことをこの場でやれば――


「なるほど、そういうことね!」


リューナは俺の作戦を理解したようで、血液の紐を飛ばす。そして地面からおよそ5メートルの高さでそれを格子状に交差させ、まるで蜘蛛の巣のように穴の中に張り巡らせる。


「良い感じだ!あとは、このまま突っ込めぇぇええ!!」

 

俺とリューナは血で出来た蜘蛛の巣へとダイブする。スライムのように極限までドロドロとした血液は、反発することなく深く沈み込む。そして、それが蜘蛛の巣のように交差することで、まるで衝撃を緩和するクッションのような役割を果たしてくれている。


紅い蜘蛛の巣は、その深い粘度で、俺達二人を柔らかく包み込んだ。まるで全てを受け入れる深い慈愛のように、落ちてくる俺達を優しく受け止めてくれたのだ。そして、それを作り出したのは他でもない。誰よりも優しい、俺の魔王様だ。


「……ナイスだリューナ!完璧だ……!」


俺はサムズアップの形を作り、それをリューナの前に出す。窮地を脱し、何とか無惨な肉塊になることを避けた。俺とリューナ、二人合わされば無敵だ。そんな全能感が湧いてくる。


「タカミチのおかげだよ……。アタシ一人じゃ、多分思いつかなかったもん……!」


リューナは汗を掻き、少しばかり息が荒い。恐らく、慣れないスキルの使い方をしたせいで、少なからず負担が掛かったのだろう。だが、そんな事など意にも介さぬように、彼女は達成感に満ち溢れた眩しい笑顔を俺に向けている。


「よし!この調子で盗賊団ぶっ倒そうぜ!」


今なら何でも出来そうだ。そんな思いを抱きながら、俺は力一杯叫ぶ。


「もー調子乗りすぎ。けど、アタシも負ける気はしないかも」


調子に乗る俺を咎めながらも、リューナは何処かノリノリだ。今の俺達の勢い止められる者はいないだろう。そんな事を考えていたら――


「……やっぱりだ!おい!侵入者だぞ!!」


不意に蜘蛛の巣の下から声が響く。それを聞き、俺とリューナは一気に無言になり、同時に下を向く。


そこには、黒い布で口元を覆った男が俺達を見上げていた。その様は、誰がどう見ても盗賊そのものだ。そして、男の声に釣られて、同じような格好をした盗賊達がぞろぞろと蜘蛛の巣の下に集まってくる。


「……だから言ったじゃん。調子に乗りすぎだって」


リューナはジト目で俺を見つめる。華麗な着地から一転。開始早々、俺達は盗賊団に囲われてしまった。

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