第18話

「――あ、いたいた。探したんだからね」


 ふいに、柔らかな声が届いた。

 振り返ると、なつみが軽く息を弾ませながら走ってきた。


「あぁ……」


 どこか間の抜けた返事になってしまった。


「ごめんね、遅くなっちゃって。さっき会場に着いたんだけど、ちょっと迷っちゃって」


「……ううん、大丈夫」


 ぎこちなく笑ってみせたけれど、自分でもわかるくらい声に力がなかった。

 心ここにあらず――というのは、たぶん、こういう状態のことを言うのだろう。

 なつみは、そんな僕の様子にふと目を留めた。

 小さく首を傾げたけれど、それ以上は何も聞いてこなかった。

 それがありがたくもあり、どこか痛くもあった。

 しばらくのあいだ、他愛もない話を交わす。

 学校のこと、天気のこと、朝食のこと。

 でも、どれも頭の中をすり抜けていくような感覚だった。

 さっき投げつけられた言葉が、ずっと頭にこびりついて離れない。

 ――ヘタクソ。

 ――足を引っぱんなよ。

 あいつの嘲るような笑顔が、脳裏の片隅で何度も再生される。


「……私、ちゃんと観てるから」


 ふいに、なつみが静かに言った。


「だから、頑張ってね」


 優しい声だった。

 その一言だけで、張り詰めていた胸の奥が、ほんの少しだけ緩んでいく。


「……うん」


 絞り出すような返事だったけれど、さっきよりも、少しだけ前を向けた気がした。

 

 その瞬間、場内アナウンスが響いた。二回戦、開始の合図だった。

 コートに立ち、相手チームの面々を見渡す。

 そして——目が合う。

 城山。

 ビブスを着て、笑っていた。

 あのときと何も変わらない、あの薄ら笑いのままで。

 胸がじわじわと熱くなる。さっきの言葉が、血のように全身を巡っていた。

 今度こそ、逃げずに向き合えるだろうか。

 いや、向き合わなきゃいけない。もう、逃げ場所なんてどこにもないんだから。

 

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