約・束

8月6日、ベガは目を覚ます。おそらく夢を見ていたが、内容は忘れてしまった。なんとなく寂しいものだったような気がする。


寝室にはシングルベットと敷布団があり、ベガはベットの方を貸してもらっていた。ふと寝返りを打ち横を見ると、既に布団が畳まれている。何やら調理する音が聞こえるので、コサキはもうすでに起きているのだろう。


むくりベットから起き上がると、想像以上に体が重たい。目をこすりながらリビングへ向かう。




「おはよう、ベガ。そろそろできるから座って待ってて。」




コサキの挨拶に会釈だけして返すと、いつにも増した猫背でヨタヨタと歩き、椅子に座り、準備ができるのを待った。


時計を見ると朝七時である。ベガは今日も出勤か、と絶望しテーブルに突っ伏した。そんな様子のベガをよそに、コサキは二人分の皿を持ってくる。




「ほら、ベガ。ご飯できたよ。飲み物は自分で用意してね。」




むくっと起き上がったベガの前に皿を置き、自身も椅子に腰掛ける。さあご飯を食べようかという時、鬱屈うっくつとした表情でベガはコサキに問いかけた。




「今日もまたお皿ずっと洗うんですか…?」




やけに憂鬱そうな態度だった彼女の謎が解け、コサキは思わず吹き出す。そしてこう続けた。




「あれ、伝えてなかったっけ。うち、水曜は定休日だよ。」




ベガの目が途端に輝き出す。そして座った状態で小さく、噛み締めるようにガッツポーズを取ると、朝食のスクランブルエッグとトーストをむしゃむしゃと頬張り始めた。


彼女と暮らしてわずかしか経っていないが、表情がコロコロ変わって退屈しない。コサキはベガをこの前は妹のようだと思ったが、どちらかというと娘のようだった。そんな彼女を見ていると、一つ伝え忘れたことがあったのを思い出す。




「そういえば今日は用事があって1日家を空けるんだが、ベガはどうするんだ?」




ベガは口いっぱいのパンをもぐもぐ、と噛んで飲み込んでから言う。




「私は…今日は1日寝てるかもです。…疲れたので。」




うーん、とコサキは腕を組んで何か考える。そして、あっそうだ!と何かを思いついた様子だった。そしてスマートホンでに連絡する。




 *




「…というわけで。」




「というわけで、じゃないんですよ!なんのカウンターですか!」




午前10時過ぎ、急遽ダイニングこでらの前に呼び出されたエイジは、過去自分がコサキにしたことの意趣返しをされたのだと理解した。




「とりあえず私は今日別で用事があるから、ベガと楽しく1日デートしといてくれ。」




エイジは唐突に進められる話に困惑する。自分は彼女に対してこんなことをしていたのか、と少し反省さえしていた。




「デートって…。」




急なことで、そう漏らすとチラリとベガの方を見た。彼女はコンビニの菓子パンを咥えている。多分、家で疲れたから寝ていようとしたところを、店長に引っ張り出され、引き換えにパンを買ってもらった、とかそんなとこだろう。




「うちに置いとこうかとも考えたんだが、そうしたら多分こいつは一日中寝てるとか言い出してさ。だったら誰かと一緒に、有意義な休日を過ごしたほうがいいと思ってね。まあそういうわけだから、頼んだよ。」




当たってるし…。やれやれ、とため息をつきもう一度ベガを見ると、先ほどまで咥えていた菓子パンは既に消えていた。そして彼女はじーっとエイジを見て、食後とは思えないひと言を発する。




「エイジ…。おなか減った。」




コサキはエイジを見て、グッと親指を立てた。ガンバレ!じゃないんですよ…。




 *




コサキは一応保護者役だから、と言って「たくさんご飯食べなさい。お釣りはいらないよ」と1万円も渡してくれた。彼女は時々急に大人な面を見せてきて、それに対しエイジは、子供な自分が見窄みすぼらしく感じる時があった。


君が大人になったらそうしなさい、彼女はいつかそう言った。自分はそうできるだろうか、そんな大人になれるだろうか。


そんなことを思っているとtシャツの袖を引っ張られる。




「あそこのラーメン食べたい!お店でラーメン食べたことないんだ!」




先ほどまでドーナツ屋にいたのに、少し歩いたらこれである。とはいえ現在時刻は12時過ぎ。朝から何も食べていないので少しお腹が減ってきた。店の前でメニューを確認すると、そこはそうやらガッツリ系の店で、様々なメニューがあった。ベガは目を輝かせ熟考した上で、これっ!と一つを指さした。


『スペシャル・ゴージャス・神盛り』


チャーシュー、味玉など人気トッピングがてんこ盛りで、麺の量も規格外な量になっている。それはそうと店主さん、あなたのとこの神盛り、ほんとの神の使いが食べにきてますよ…。




 *




「ラーメン、って美味しいね!エイジの家で食べたやつも美味しかったけど、今日のはもっと美味しかった気がする!」




ゴージャス盛りはとんでもない量で、ベガが完食した様子は店内のおそらく全員がドン引きしていた。


その後、ゲームセンターや雑貨屋、本屋など学生らしいデートを行った。流石に神盛りはお気に召したようで、追加の食費は特に必要なかった。現在は時刻18時半。夕暮れ時、二人で街を散策している。


相変わらずご飯の話が大好きな彼女を微笑ましく眺めていると、急にどこかを指差す。




「あれ!歩道橋だよね!登ろうよ。」




急な提案にやれやれ、とついて行く。少しな急な階段を何段か登り、彼女に合わせたハイペースだったので少し息が上がり始めた頃。足元から視線を上げ、振り返るとそこにあったのは。


弾けるような鮮やかさを持った夕日であった。歩道橋に登ったためか、遮るものがなく、より鮮明となったその姿は、見たもの皆を感傷的にさせた。


エイジも例外ではない。ぼーっと見ていると、少し離れた、歩道橋の中腹ほどにいるベガもそうしていることに気がついた。彼女は夕日を見ながら呟く。




「なんか今ね、この時がずっと続けばいいのにって思った。あと少ししたら日は沈んじゃうし、もっと戻ったらお昼になっちゃう。


太陽ってずっと出てるはずなのに、綺麗だって思えるのは朝と夕方だけなのは何でなんだろうね。」




ベガの美しい問いかけに、エイジは考え込む。答えはなかなか見つからなかったが、彼なりに真剣に考えたうえで、慎重に答えた。




「多分、そうじゃない時間があるから、印象的な瞬間がその分、より強く残るんじゃないかな。


そんな瞬間がおそらく人生には他にもいくつもあって、そしてそれらは思い出になることで、さらに輝きを増す気がするんだ。」




夕日が輝きを増す。噴き出したようなオレンジ色が、街を、人を、すべてを包んで染めてゆく。




「だからこそ、いつかは終わっちゃう今を、思い出に残るようにしっかり焼き付けておく必要があると、俺は思う。後で何度でも見返せるように。」




少し熱く語ってしまったな、と我に返るエイジ。ベガの様子をちらりと見ると、目が合う。彼女は最初こそ真剣な眼差しだったが、すぐニヤニヤした顔になる。




「やっぱりキザだね。」




エイジは顔を赤らめ、やってしまった、という表情になる。




「でもわかるなー。あの雨の日のこと、すっごく覚えてるよ。そして多分忘れない。あの日は一生かかっても忘れられないなーって気がしてるよ。」




急に真剣な顔になるベガに、彼は調子を狂わされる。気恥ずかしそうに視線を逸らすと、ベガは意地悪く、こう言う。




「コサキに感謝だね。」




エイジはすかさず突っ込む。




「って、店長かよ…。」




「ウソウソ、エイジにもね。」




微笑ましいやり取りの後、一拍置いてベガは今まで見たことなかった笑顔でこう言った。




「また来週もデートしてよ!楽しみにしてる!」




二人の間を涼しげな風が通り過ぎる。夕日は少し沈み、オレンジから少し赤みを増していた。


雑踏で、それぞれの物語が続いて行く中、彼女たちの物語も同様に、同じ時間の中で語られ、過ぎ去っていく。

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