告・白

あれは何歳の頃だったか。小さな鳥がいた。何の鳥だったかも、どんな鳥だったかも今ではもう覚えていない。ただ、白く、とても美しかったのを覚えている。


その鳥は怪我をしていたのか、理由はわからないが、うずくまって飛べずにいた。俺はまだ幼く、どうしたらよいかわからなかったのでただその鳥を抱きしめた。治ってくれ、俺は敵じゃない、そんな気持ちを込めて優しく抱きしめたことを覚えてる。


その後、嘘みたいに元気になった鳥は、天高く飛び上がり、瞬く間に見えなくなった。


そんなことを、なぜだかずっと、覚えている。




 *




天使の食欲恐るべし。ベガはカレーとチーズナンはおろか、元々用意していたライスまですべて一人で平らげてしまった。




「帰れると思ってたから、人間界にちょっとお邪魔したスゴイやつみたいな雰囲気出してたのにぃ…。」




彼女は泣きべそをかきながら、空になった皿をずい、と差し出してくる。おかわり、ということだろうか…。




「いやだから、さっき言ったろ?それで最後なんだって…。」




「じゃあラーメンでいい!人間の家には必ずラーメンが置いてあるんでしょ?」




じゃあ〇〇でいい。主婦が言われてムカつくワードだと耳にはしていたが、実際言われると確かにムカつくかもな、なんてことを思いつつ、エイジは律儀に戸棚を漁る。




「…あったわ…。おい、天使…じゃなくてベガ、カップ麺でもいいか?」




ベガは泣きべそかいた顔のままウンウンと、首がもげそうなペースで頷いた。鍋に水道水をため、コンロでお湯を沸かそうとしている間、エイジは気になっていたことを聞いた。




「というかなんか、口調が最初に会ったときとちょっと変わってないか?前はなんかこう…、お前!とか、なんとかだろ!みたいなもっと強い口調だったと思うんだけど。」




ベガは図星を突かれたようにハッとしたあと、顔を少し赤らめた。




「それは…。なんかほら…私って顔がかわいいじゃん?だから人間の世界に来てから変な人に絡まれることも多くて…。だからツンツンして怖くて強い人!って感じのオーラを全面に出しておけば変な人に絡まれることもないかな…って…。目つきとかも鋭くして…。」




「鼻につく性格なのは変わらないのな…。でも、それを言うなら俺も変なやつではあるだろ?」




「うん。」




ベガは即答する。


エイジは予想外の返答に少し呆気にとられた。その反応を見たベガは先程までの泣き面から、少し笑顔を見せてこう続けた。




「…。でもなんていうかさー。変だし、弱っちーし、キザだけど、嘘はついてない気がしたんだよねー。」




今度はエイジが顔を赤らめた。これまた予想外の回答に、これまで攻勢だった彼は大きなカウンターを食らってしまった。ベガは傘を無言で差し出すジェスチャーをし、エイジのキザな行動をいじり倒す。


そうしている内にお湯が沸いたようだ。彼はカップに鍋から慎重にお湯を注ぐ。恥ずかしさから、カップだけでなく彼からも湯気は立ち上りそうだった。




 *




「ズルルっ、というわけで、もぐもぐ、私は、もぐもぐ、お家を探しているのです。」




「食べるか喋るかどっちにしなさい…。」




エイジは、ベガのお転婆ぶりに慣れつつある自分が恐ろしくなっていた。




「とは言ってもなぁ…。一つ屋根の下、付き合ってない男女がこんな感じで暮らすってのは…。それに食費が…。」




彼は現在、自分一人の生活費をまかなうのでもかなりカツカツだった。正直こんな無職の大飯食らいを養うゆとりはない。とは言えそのまま見放すのも彼の流儀に反するので、何かいい案はないか、と思案を巡らせていた。




 *




「…というわけで。」




「というわけで、じゃないよ。勝手に話を進めるな!」




「だって店長前に言ってたでしょ?妹さんが最近家出ていって寂しいって。いいじゃないですか!」




23時、締め作業をちょうど終えたコサキを「相談があるんです。」と連絡し店の前に呼び出した。一通りの説明はしたが、コサキは一つも話が飲み込めていないようだ。




「まずこの子はどこの家の子なんだ。天使って…まあ多様性の時代だ、そういう感じのキャラとか設定は許容しよう。ただその前に、もし仮に預かるとしても、親御さんに話は通しておいたほうが良いだろう?」




エイジはコサキの大人すぎる対応に、しどろもどろになる。




「だから両親も天使だから地上には居なくて…」




コサキは真剣な顔になって言った。




「そういうのはいい。ふざけてないで、ほんとのことを教えて頂戴。ほら、君。名前は?どこに住んでるの?」




急に会話のターンが回ってきたベガは、ビクッとして目が泳ぐ。強気なキャラを作ってない時の彼女は酷く人見知りなようだった。




「あっ、あの…。私、ベガっていいます。エイジにもらった名前です。あのっ、だから…えっと…、ここで働かせてください!!」




「「はい?」」




エイジとコサキは同じリアクションをする。ベガは二人に見つめられ、恥ずかしくなったのか下を向いた。コサキは呆れを通り越した、もう一段深い溜息をついたあと、観念したようにこう言った。




「…。あーもうわかったよ…。私が預かるよ。その代わり、毎日シフト入ってもらうよ!いいね?」




あまりにうまく行き過ぎた状況に、今度はエイジが突っ込む。




「なんでそんな急にまた…。」




コサキは2人を交互に見ながら言う。




「まあ、なんだ。エイジ、あんたは冗談は言っても下らない嘘はつかないでしょ?まあなんか訳があるにせよ、嘘は言ってないような気がしたから、一旦信じてみるだけ。あと彼女もね。あんたとちょっと似てるよ。」




エイジは明らかに不名誉だ、という顔をするとベガに小突かれた。なにはともあれ、これで一件落着と言えるかもしれない。というかベガ、敬語使えたんだな…。明日からの彼女の働きっぷりに乞うご期待だ。




 *




「─ってことがあってさ。」




エイジは帰省中の相原に、電話で雑談がてら事の顛末を伝えた。天使などの話はもちろん信じてくれるとは思わなかったので、伏せて話し、家出少女を店長に預けたという体の話にした。すると彼は何やらバタバタした様子でこう返す。




「そっちも大変なんだな…。こっちはこっちで大変でさ、なんか変な…あっ、わりぃ。ちょっと立て込んでるから一旦切るわ!信じてくれるかわかんないけど、会ったら言うわ。」




電話は一方的に切られた。誰かに呼ばれていた様子だった。




「相原のやつ…なんだったんだ。」




まさか向こうは悪魔を拾ってたりして。


ともかく、カレーを作るだけの1日が、思いがけない仕事を幾つかこなすこととなったが、今日のところは一旦寝ることにした。




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