第19話 変化した火種
あれからヴィオリーノには会っていない。
任務の都合でアークボローを長く離れる期間があったり、向こうは向こうで私の休みの期間中に外に出ていたりと、完全にすれ違っていた。
外の任務はそれなりに難しさを増してきている。初めはそれこそ情報収集だけを命じられていて、ただ行って帰るだけのこともあった。だけど最近は明確に魔物退治を言われることも出てきている。
「……水幻狐が十匹も」
「結界をお願い」
ブライポートの街に近い場所で魔物が現れ、通行に支障が出るということで任務に向かっていた。魔法使い二人と私とで行動していると、報告通りの状況になる。水幻狐という水の攻撃を仕掛けてくる魔物だ。大きくはないが魔力による攻撃はそれなりに強い。それに集団で襲われると魔力を使われなくてもさすがに厄介だ。
「『大気壁』!」
風の膜が私たちを覆う。目の前の狐たちは白い尻尾を揺らしながら青白い目を光らせていた。邪魔するものは排除する、という光だ。
「アリア、目くらましとして敢えて火の魔法を放つ。その間に」
わかった、と私は頷き剣を構えた。呪文の詠唱が背後から聞こえる。大分と魔法使いと一緒に戦うという感覚も掴めてきた。魔法が発動して炸裂したその直後が攻撃に一番適している。衝撃を喰らって怯むその隙を逃してはいけない。
「『火焰弾』!!」
言い終えるか終わらないかの時に私は前へ飛び出る。炎の魔法が目の前で炸裂する。でも結界のお陰で熱や衝撃を喰らうことはない。だからそのまま群れの中に突っ込んでいった。
刃に何かを斬る感触が伝わってくるのを捕らえながら、次の標的の位置を見定めていく。炎が晴れれば襲ってくる前に確実な止めを刺した。とはいえ、数が多い。残った魔物が水の攻撃を私に向けてくる。まともに食らえば身体を吹き飛ばされてしまう威力を持つものだ。
「『風圧鎧』!」
私の回りだけに風の結界が張られる。これであれば攻撃を弾き返すことが出来る。いい時に魔法をかけてもらった。あとは私が突っ込むだけ。
(……慣れもあるんだろうけど。戦い方がより明晰になったような気がする)
全ての魔物が動かなくなったのを確認してから、剣を一旦振り下ろす。出来るだけ剣に付いた魔物の体液を払いたいからだ。きちんとした整備は安全な場所に着いてから。とりあえず任務は完了、といったところ。
(相手の動きを読むのに曇りがなくなったような)
あの夜を越えてから、だ。
結局、私はヴィオの声による感覚に浸りきれた気はしていなかった。むしろ、『足りない』と思ったほど。思っていたよりその奈落は深くて、底になんか全然手は届かなかった。ただ分かったのは、そこまで『怖くない』ということだけ。
熱さを過ぎれば、ただ心地の良い温かさが心に残っている。そしてすっきりとしている頭の中。
もうあの勝負の時に名前を呼ばれたときの、得体の知れない炎は呼び起こされない。消えたわけではないけれど、ふとしたときに身体全体を蝕むような燃え広がり方をすることはないと感じている。
でも……
あの夜の身体の感覚は、時折静かに戻ってくる。
ぎゅっと身体の奥を掴まれるような感覚。嫌じゃない。ただ、任務中にくると厄介なだけで。どうやらヴィオリーノに落とされた火種は違ったものに変化したみたい。
(……まだ燻っている)
あの夜の後、私は髪を束ねる革紐をヴィオの手首に巻いてきた。そうしておけば、いつでもまた捕まえて話を聞ける理由になると思ったから。それに、私だってヴィオになにか痕跡を残しておきたかったから。
私ばっかりは、嫌。
負けてばっかり、やられてばっかりは……悔しいから。
あの勝負自体もだし、心に点けられた火種もそう。ヴィオにしてやられてばかり。それを必ずひっくり返したい。どこかにその糸口はあるはずだからそれを探るために
会いたい
会って、もっと知りたい。
アークボローに帰還し、任務の報告を仲間達と済ませてしまう。難しい案件ではなかったけれど、やはり危険な状況と対峙することもあって疲れはあった。それは私だけではなく、同行していた二人もそう。報告を済ませると隊舎へとそのまま帰っていった。私はというと、剣の整備をしたいこともあって、整備道具が置いてある部屋へと向かう。自分の部屋に帰って休みたいけど、これを怠るとあとが更に面倒だから無視することは出来ない。なんとなくいつもよりゆっくり歩いていると、見慣れた影を見つけた。
「メヌエ!?」
「アリアちゃん! 久しぶり!」
髪を一つにまとめ、旅の格好をしたメヌエだった。そしてそこには知っているもう一人の姿。同じように旅の姿をしている。……どういうこと? どうしてメヌエと一緒にいるの?
「……ヴィオ? え?」
ああ、とメヌエは苦笑した。
「最近組み合わせが変わってね、一緒に動いてるのよ」
「そう……なんだ……もしかして帰ってきたところ?」
「そうよーほんとついさっき、ね。アリアちゃんも?」
私は頷いてヴィオの方に目をやった。もう一人の仲間と何かを喋っていて、私に気がついているかは分からない。
「アリアちゃん?」
「……あ、ごめん、ついぼんやりしちゃって。任務が終わって気が抜けちゃったみたい」
メヌエに声をかけられ、我に返り苦笑して答えた。それと同時に今心の中に湧いたよくわからない感覚について考えざるを得ない。
頭の奥にざわっとした嫌なもの。何かが、不快。どうして?
「……アリアちゃん」
「何?」
「このあと、ご飯行かない? ちょっと聞きたいことがあって」
「いいけど?」
メヌエから食事のお誘いだなんて珍しい。心なしかメヌエの表情が真剣な気がしたけど。聞きたいことってなんだろう? 私たちはそれぞれの片付けが終わり次第、よく行く酒場で落ち合うことを約束した。
そこへヴィオリーノがやってくる。いつもと変わらない緊張感のない微笑み。
「あれ、アリアも帰ってきたところ?」
「そう。ブライポートへ討伐に行っていたの」
「そっか、お疲れ様!」
あの夜以来に出会ったけれど、全くもっていつも通り。あの時のことが無かったかのように。
「ヴィオ、報告に行くわよ。ジーグがもう行ってしまったからちょっと急いで! じゃあ、アリアちゃん後でね!」
みれば大柄な剣士の男が既に先を歩き始めて、結構な距離を空け始めていた。ヴィオはじゃあ、と一言だけ言ってメヌエの後を追いかけていく。私はただ彼の後ろ姿を目で追うことしか出来なかった。
(……紐、つけてくれている)
確かにそこに私の痕跡はあった。でも私の心の中がざわざわしている。これは何だろう? 少々苛つきも感じている。でも、どうして? そうなるような事、さっきなにかあっただろうか?
あとでメヌエに聞いてみようか。
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