1: いつかのはるのひ
四月の風は、少し生温かった記憶がある。
寝ぐせを直す気にもなれず、ぼんやりとあくびをする。窓際の光の程よい明るさに、私は良く晴れた春の朝を感じていた。今日が始業式じゃなければきっと最高の朝だ。二度寝だって気持ちよかっただろうな。
つくづく学生の身分は不自由なことばかりだ。そう一人愚痴りながら朝ごはんを食べていると、ポケットの中でスマホが震える。
途端に僕のいつも通りの朝は少しだけ特別な朝になる。
「おきた?」
たった三文字。されど三文字。画面には『なぎ』の二文字。
既読をつけて、少し返事をする。少し書いて、消して、もう一度書いて送る。君は少しだけ未読にしてから返信してくれる。たまらなく幸せな朝の時間だった。
「おきてるよー」
「朝ごはん食べた?」
「うん」
「そっか」
「凪は?」
「たべてなーい」
「たべなよ」
「ママみたい笑」
「うるせ」
既読。
やっぱり今日も君は突然いなくなる。少しだけ返事を期待しながらも、僕のスマホの画面の光は消える。
話せてはいる。でも、繋がれていない。何かを言いかけて、結局飲み込んで、そのまま何もなかったかのように返答する。
僕だけだろうか。こんなにも言葉に迷っているのは。
でもそれに直面する勇気はない僕は、嫌な感情を振り払ってさっさと登校の準備をする。凪と話さない朝はやっぱり静かで、退屈で、一人ぼっちだ。
玄関を出る直前、スマホに通知が来ていることに気づく。
「じゃ、学校でね」
内容もきちんと見ずに、僕はそう送ってバックにスマホを投げ入れた。
前までは二人で歩いた学校への道は、高校生になった今や一人ぼっちだ。少し前までは僕が早く出て凪の家まで迎えに行っていた。
でも、僕は気づいてしまったんだ。
彼女が少しだけ、二人で行くことをためらう顔をしていたから。
あの手この手でのらりくらりと交わされるようになる前に自分からやめた。あいつより少しだけ早く起きて、少しだけ早く学校に行くようにしたんだ。
「唯は凪と行かなくて良いの?」
「別に僕たちは付き合ってるわけじゃないからさ」
「とかいいつつ好きだったりして!」
「うるさい」
だから最近の朝は、僕の隣りを珍妙な客が占領している。芹沢れい。彼氏持ちの良い噂を聞かない女。しかし根はやさしくて良いやつであることを僕も凪も知っている。
「聞いてよ最近彼氏が冷たくてさー」
「今の状況あいつにバレたら終わるからそんなべたべたくっつかないでくれない?」
「ひっど!うちら友達じゃん!」
「だとしてもだろ...」
彼氏持ちが他の男と学校に行くな...と少しだけ思いつつも、またそれを口に出すことはない。僕は臆病なのだ。仲の良い誰かとの関係性を壊したくないから、都合よく自分を変えていく嘘つき。
そんな僕が、僕は嫌いだ。
だってそうだろう。
結局隣を歩くのを許していたのは僕なんだから。
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