🌸 第2章:光の日々
📖 ページ1:新しい朝
その朝の光は優しく、穏やかだった。
薄いカーテンの隙間からこぼれる淡い金色の光が、木の床に静かな影を描いていた。埃の粒が光の中でゆっくりと舞い、まるで時間そのものが息を潜めているかのようだった。
布団の中で、春樹は身じろぎした。指先がわずかに動き、静かに目を開けると、天井をじっと見つめた。遠くで蝉の声がかすかに響いている。
――ビー、ビー、ビー!
けたたましい目覚ましが鳴り響く。彼はうめきながら手を伸ばし、それを止めた。
今日はちゃんと起き上がった。寝癖のついた黒髪、夢をまだ引きずっているような瞳。
ベッドの横、床に開かれたままのスケッチブック。
星がちりばめられた空、そして飛ぶ鳥の隣には、リボンで髪を結んだ少女の横顔が描かれていた。
春樹は静かに微笑んだ。
階下からは、母と妹・エミの皿を片付ける音が聞こえてくる。
> 「お兄ちゃーん!あと30秒で降りなきゃ、トーストは私のものだからねー!」
> 「どうせ焦げてるんだろ」と彼は小さく笑った。
制服のネクタイを、いつもより少しゆるく締める。
> 「そんなにきっちりだと、夢見がちな君には似合わないよ」
葵の声が頭の中で響いた。
台所に入ると、母が青い布で包まれた弁当を手渡してくれる。
スーツ姿の父は新聞の向こう側で苦いコーヒーをすすっていた。
> 「模試、どうだった?」と父が目を合わせずに言う。
> 「まあまあ。」
> 「最近、帰りが遅いな。」
> 「スケッチしてただけ。変なことしてないよ。」
父は無言でうなずいた。
テーブルの向こうでエミがにやにやしている。
> 「彼女かな?」
春樹はトーストを落としそうになった。
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📖 ページ2:学校と予感
試験後の学校の廊下は、にぎやかで熱気に満ちていた。
窓から射す光が白い制服を照らし、生徒たちの声が波のように重なり合っていた。
下駄箱の前で、ケンジが春樹の背中を叩く。
> 「おい、試験終わったんだぞ!ゲーセン行こうぜ!」
> 「用事があるかも。」
> 「何の用事?あの3-Cの静かな子のことか?」
> 「…ちょっと面白いやつだよ。」
> 「面白い?それとも『謎めいててスケッチブックに描きたくなる』って意味の面白い?」
春樹はため息をついて前へ歩く。無視するふり。
美術の時間、綾美がにやっと笑いながら近づく。
> 「また彼女描いてるの?」
> 「みんなそう言うけどさ。」
> 「だって…幽霊みたいな雰囲気、あるじゃん。」
――幽霊?
春樹は目の前のスケッチを見つめた。
半分描かれた葵。風を映すようなその瞳。
> いつの間にか、また描いてたんだな……。
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📖 ページ3:再会
昼休み、春樹はまた彼女に会った――屋上で。
彼女は裸足で、コンクリートの上に立っていた。両腕を少し広げて、飛べるかのように。
> 「今日は、床があったかいね」
> 「君って変だな」
> 「君もね。だから、ここに来るんでしょ?」
ふたりは給水タンクの影に座って、弁当を分け合った。
> 「梅干し、食べないの?」
> 「苦手なんだよ」
> 「一番おいしいのに」
彼が返す前に、彼女は梅干しをひょいとつまんで口に入れ、得意げに笑った。
その日の午後、裏門近くの自販機でもまた出会った。
彼の手の缶を見つめながら、彼女が言う。
> 「ブラックコーヒー?」
> 「正直な味だよ。飾ってないから好き。」
> 「焦げた後悔の味、って感じ」
春樹は吹き出してしまった。
放課後、二人は海沿いの堤防を歩いた。
空は淡い紫と桃色に染まっていた。
> 「カモメって、飛ぶのに飽きたりしないのかな?」
> 「普通のこと、考えないの?」
> 「考えないよ」と彼女は笑った。海風みたいに。
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📖 ページ4:遠い記憶
日々は、柔らかな午後に溶けていった。
ときどき彼女は教室の前で待っていた。何も言わず、ただ隣に座るだけで。
まるで、そこにいるのが当然であるかのように。
夢のかけらを交換するように、物語を語り合った。
彼女は祖母の田舎で、浴衣姿で蛍を追いかけた夏の話をした。
> 「いつも逃げられた。でもいいの。星を追いかけてるみたいで。」
春樹は、小さい頃、星座はチョークで空に描かれてると思っていたことを話した。
> 「可愛いじゃん」と彼女は笑った。
ある日、校舎の階段下で、やせた野良猫を見つけた。片耳が裂けていた。
葵はサンドイッチを半分に割り、優しくその前に置いた。
> 「名前は…先生にしよう。」
> 「野良猫によく食べ物あげるの?」
> 「寂しくないふりをしてる子だけね」
彼女の指が、猫の背をそっと撫でた。まるでその静けさを理解するように。
> 君も…そんなふうに見えるのは、なぜだろう。
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📖 ページ5:丘の上
ある夕暮れ、世界は黄金色だった。
ふたりは学校裏の草原の丘を登った。長い草が膝を撫でる。
町は下に、眠たげに広がり始めていた。
空は大きなキャンバスのように、燃えるような色で満たされていた。
葵は両腕を広げて立ち、リボンが風に揺れていた。
> 「ひとつ、約束して」
> 「なに?」
> 「全部が変わっても……私のこと、忘れないって」
春樹はゆっくり彼女の方を向いた。
> 「なんでそんなこと言うの?」
彼女は微笑んだ。だけど、その笑顔は揺れていた。
> 「だってね。夢みたいなものほど、人はすぐに忘れてしまうから」
言葉が出なかった。風だけが、代わりに答えた。
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📖 ページ6:薄れる光
その夜、月の光は青白く、部屋の壁に映っていた。
春樹は机に向かい、スケッチブックを開く。
鳥でも、星でもない。彼女を描いた。
あの丘で、両腕を広げて立つ彼女。
何度も瞳をなぞっても、同じにならなかった。
> どうして、あんなこと言ったんだろう?
ページをめくると、そこは白紙だった。鉛筆が宙で止まる。
スマホが震えた。
> ケンジ:「おい、大丈夫か?最近ちょっと変だぞ?」
返事はせず、机に置いた。
窓の外、遠くで電車が通り過ぎる。汽笛が別れのように響いた。
春樹は天井を見上げた。
> 太陽みたいに消えて、なのに、ぬくもりだけが残る……
そんな人って、いるんだろうか?
わからない。
でも、きっと彼女を描き続けるだろう。
答えが見つかるまで。
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