かがやくゆめ
@KagayakuAsif
📘 第1章:屋上の少女
ページ1:朝の光
淡いカーテン越しに、朝の最初の黄金の光が静かに差し込み、空中を漂う塵の粒が舞い始めた。相羽陽輝(あいば はるき)はベッドの中で身じろぎしながら、夢の名残にしがみついていた。
けたたましく響くアラーム音が静寂を切り裂く——「ビーッ、ビーッ、ビーッ」。
彼の手が宙を探り、ようやく停止ボタンを叩いた。デジタル時計の表示は「6:32 AM」。
陽輝はゆっくりと起き上がった。部屋は、少年と大人のはざまにいる彼の静かな世界。
壁には色あせたバンドのポスターが端をめくりながら貼られており、部屋の隅には弦の張られていないギターが寂しく佇んでいる。机の上には開かれたスケッチブック——飛びかけた鳥の翼が途中で止まっていた。
彼は目をこすった。机の上にかかるカレンダーには、赤い丸印がいくつも記されていた。
——大学入試の日が近づいている。
そのとき、スマホが震えた。
> 健司:「模試だぞ、弁当持ってこないと死ぬぞ🍱💀」
小さな笑みが陽輝の唇に浮かんだ。
彼は眠気の残る動きで制服に着替え、緩くネクタイを結び、髪を整えながらも乱れたまま、冷蔵庫からサンドイッチを取り出した。靴を履きながらイヤホンを耳に差し込む。
お気に入りのアニメのオープニングが流れ、世界が柔らかな弦の旋律と懐かしい記憶のざわめきに包まれた。
外では蝉が鳴き、遠くで電車の音が聞こえた。
新しい一日が、始まろうとしていた。
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ページ2:通学路
東京郊外の道は、朝の光に染まっていた。
子どもたちは交差点で跳ねるように歩き、コーヒーを片手にした会社員たちは駅へ向かって流れるように進んでいく。
陽輝はポケットに手を入れ、片方のイヤホンを外したまま歩いた。
心はどこか遠くへとさまよっていた。
細い路地を通ると、自販機の上に座る野良猫が尻尾を揺らしていた。
パン屋の前を通ると、温かいあんパンの匂いが通りに広がり、店主のおばあさんが眠たげに会釈してくれた。
交差点で、小さな女の子が母親の手を握って立っていた。
> 「ママ、見て!鳥さん!」
彼女が空を指さした。陽輝も見上げた。
一羽のカラスが、淡い青空を滑るように飛んでいた。
その瞬間、世界が一時的に止まった気がした。
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ページ3:学校の廊下
藤坂高校は、まるで日常そのものの記念碑のように佇んでいた。
床に響く足音、ロッカーの音、交差する声——テストの不安、部活の噂、恋の話。
「よっ、陽輝!」と、歩きながらあゆみが手を振る。
彼は軽く頷いて、教室へ向かった。
3年B組の教室で、窓際の席に腰を下ろす。柔らかな日差しが机の上に広がっていた。
先生が模試の問題用紙を配り始めると、教室には静寂が広がった。
陽輝は鉛筆をトントンと机に当てながら、ぼんやりと最初の問題を見つめた。
——だが、意識はいつも通り、どこか遠くへ飛んでいた。
回答用紙の隅に、彼はそっと鳥を描き始めた。一羽、また一羽。やがて余白は空になった。
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ページ4:屋上の逃避
昼休みのチャイムが鳴った。
陽輝は食堂には向かわず、錆びた階段を登って屋上へ。そこは誰も来ない、彼だけの場所だった。
扉を開けると、風が優しく出迎えた。
屋上からは、無数の屋根、クレーン、そして遠くに霞む東京の街並みが見渡せた。
スケッチブックを膝に広げ、ページが風に舞うように揺れる。
彼は足を組み、少し身を乗り出すように座った。イヤホンは外してある。
この静けさが好きだった。誰も急かさず、何も求められない。
鳥が急降下する姿を描き終えたその時、背後から優しい声が聞こえた。
> 「いつも鳥を描くのね。星は描かないの?」
陽輝は振り返った。
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ページ5:謎の少女
屋上の扉のそばに、ひとりの少女が立っていた。黒髪が風に揺れ、赤いリボンで結ばれていた。制服のブレザーは少し開いており、胸元には「3年C組」と書かれたバッジが光っていた。
彼女はゆっくりと近づいてきた。
> 「名前は?」春の風のような声で尋ねる。
> 「陽輝。君は?」
> 「月白葵(つきしろ あおい)。先月転校してきたの。」
陽輝は眉をひそめた。彼女のことをまったく覚えていなかった。——一度も。
それでも、疑念はなかった。むしろ、懐かしさのような感覚があった。忘れていた夢のような。
葵は彼の隣に座り、雲を見つめた。
> 「鳥っていつも高く飛んでるよね。疲れないのかな。」
陽輝は彼女にスケッチブックを差し出した。
彼女は何も言わず、ゆっくりと描き始めた。
星だった。彼女は鳥のまわりに星を散りばめた。
> 「これで、鳥たちは目指す場所ができたね。」
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ページ6:止まった時間
遠くで午後のチャイムが鳴った。
しかし、二人とも動かなかった。
都市の広がりと、遥か高く流れる雲。屋上は二つの世界の狭間にあった。
その瞬間、時間が止まったようだった。
> 「どうしてここに来るの?」陽輝が尋ねた。
葵の瞳は、遠くの地平線に留まったままだった。
> 「ここなら…落ちていかない気がするの。」
その言葉には、何かを深く抱えた悲しみと、名づけられない願いが込められていた。
風がページと制服をそっと揺らす。
> 「明日も来てくれる?」陽輝が尋ねた。その声には、拒絶されることへの不安が滲んでいた。
葵は彼を見つめた。瞳に宿る、言葉にならない輝き。
> 「星が許してくれたらね。」
彼女は立ち上がり、足音と夏の風の匂いだけを残して去っていった。
陽輝は再び一人になったが、何かが確かに変わっていた。
そして——遥か遠くの空に、ひとつの星が早すぎる時間に姿を現した。
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