第6話 私だけの「見えない美学」

私は佐藤美穂。


今日、私は「見えない美学」と「自分の弱さ」に気づく。


別に、そんなん、どうでもええんやけどな。


地味な会社員、佐藤美穂、二十代後半。

普段、ファッションや美容には、

それほど気を遣ってなかった。


「別に、誰が見てるわけちゃうし」


口ではそう言うてた。


でも、最近、周りの同僚女子がやけにおしゃれに見えて。

みんな、キラキラしとる。


それに比べて、どこか垢抜けない自分。

漠然とした劣等感を抱き始めてた。


「私、このままでええんかな…」


誰にも言われへん悩みを、

一人で抱えてた。


ある日、同期のユキとランチに行った時。

ユキが、鞄から可愛いポーチを出した。

中には、フリル付きのブラと、

レースの綺麗なパッドが入ってる。


「え、なにこれ? ユキちゃん、そんな可愛いの使うんや」

思わず声が出た。


ユキは、「えへへ、これね、新作なの! 可愛いパッドは、気分も上げてくれるんだよ」って、嬉しそうに言う。

「別に、そんなん、気分の問題やん」ってツンと返したけど、

正直、ちょっと羨ましかった。


その日、会社帰りに、ふらっと下着売り場に立ち寄った。

普段は素通りするコーナーや。


目に飛び込んできたのは、

オンラインショップの広告。

そこに写っていたのは、淡いブルーの、

繊細なレースのパッドだった。


「可愛い……」


思わず、そう呟いてしまった。

でも、すぐに頭をよぎる。


スマホの画面をタップすると、そのパッドの拡大画像が大きく表示された。指先が、購入ボタンの上で震えだす。こんなに可愛いものを買う資格が、私にあるんやろか?


「こんな私に、こんな可愛いパッド、似合うわけないやん!」


「どうせ誰にも見えへんし、無駄遣いやんか! こんなものに頼って、自分を誤魔化すだけちゃうんか?」


自己否定の言葉が、嵐のように押し寄せる。心臓がドクドクと、警鐘のように鳴り響く。指が、購入ボタンの直前でピタリと止まった。喉がカラカラに乾く。


「別に、そんな大層なもんちゃうやろ…たかがパッドやんか…」


理性で自分を落ち着かせようとするが、心の奥底で、ユキのキラキラした笑顔がフラッシュバックする。そして、自分を変えたいという、小さな、でも確かな衝動が湧き上がってきた。


「別に、ユキちゃんのためちゃうけど、私も、ちょっとくらいは、気分、上げてみたいやんか…」


「がんばれ、私!」


小さく震える指先で、意を決して「ポチッ……」購入ボタンを押した。画面が切り替わり「注文完了」の文字が出た瞬間、顔がカッと熱くなった。こんな可愛いパッド、生まれて初めて買う。これは、私だけの秘密の始まりや。


届くまでの数日、私はソワソワしっぱなしだった。

会社でも、ふとした瞬間にパッドのことを考えてしまう。

まるで、私じゃない誰かが、私の中で笑っているみたいだ。


パッドが届いた日。

自分の部屋の鍵をカチリ。ガチャリ。二重にロックする。

箱を開けると、ふわりと、甘い香りがした。

薄いブルーの、繊細なパッド。指でそっと触れる。

ひんやりと、柔らかい感触。

こんな華奢なものが、私に勇気をくれるんやろか。


いつものシンプルな下着を外し、パッドを手に取る。

ひんやりとした感触が、肌に触れる。

ゆっくりとブラのカップに滑り込ませていく。


ああ。

なんてことだ。

鏡に映ったのは、いつもの私じゃない。

ブラの下で、胸元がふんわりと、

今まで見たこともない曲線を描いている。

普段はぺたんこだった胸元も、これなら、

少しだけ自信が持てる気がした。

まるで、生まれ変わったみたいに。


「私…これ、似合ってるかな…」


普段なら絶対に口にしない言葉。

誰にも聞かれない部屋の中なのに、思わずつぶやいた。


猫背気味の背筋が、ピンと伸びる気がする。

心臓が、ドクドクと大きく脈打っている。

まるで、私の中に、ずっとずっと眠っていた何かが、

ゆっくりと、ゆっくりと、目覚めていくみたいだ。


「よしっ!」


小さな声。でも、確かに気合いを入れた。

このパッドが、私を新しい世界へ連れて行ってくれる。

誰にも見えない私だけの秘密。

でも、その秘密が、私に確かな勇気をくれた。


オンラインショップの画面を見つめ、葛藤の末にパッドを購入する佐藤美穂の姿は、内向的な女性が、誰にも見えない「小さな美学」を通して、自分自身に寄り添い、一歩を踏み出す勇気を象徴する。


【SNS】

佐藤美穂の同期(ユキ)の投稿

今日、美穂とランチした! いつもクールな美穂が、私の下着に興味津々で可愛かったな。もしかして、美穂も最近、自分磨きしてるのかな? 応援したいな!


【次回予告】

悩み相談です。私、もうすぐ結婚するんですけど、ウェディングドレスの試着が不安で……。胸が小さいのがコンプレックスで、理想のドレスを着ても、なんだか似合わない気がするんです。花嫁として最高の自分になりたいのに、自信が持てなくて。このパッドがあれば変われるって言われて、値段も高いのに思い切って買うんですけど、本当にこれで自信が持てるんでしょうか? 別に、誰も見てないし関係あらへんけどな!


次回 第7話 ウェディングドレスと「秘め事」〜母の遺した想い〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る