第2話 西瓜と風鈴

 軒先で風鈴が揺れている。それを龍華の金の眸が追う。なんだか金魚を追う猫みたいだ、と吾妻は思った。


「ほら、西瓜すいか切ったぞ」

「ありがとー」


 何が楽しいのか、龍華は猛暑の中縁側に出たがる。本当になにが楽しいのか分からない。だが龍華があんまり口うるさいので、吾妻は諦めて縁側に西瓜をお出しする。因みに縁側に繋がる居間はがんがんに冷房が効いていて快適だ。


 しゃくしゃく、と西瓜を喰む龍華は多分、子供好きの人から見たら可愛らしいのだろう。だが吾妻はどうしても口から覗く鋭い牙と、瞬く間になくなっていく西瓜に眼を向けてしまう。


「おい、口についてるぞ」

「ありゃ?」


 口周りの西瓜を取れない龍華にハンカチを差し出していると、ぴんぽーん、と玄関のチャイムが鳴った。


「はーい」


 インターホンを覗いた吾妻は思わず「げっ」とつぶやいた。


『人の顔見て失礼だねぇ、吾妻くん』


 画面に映るのは、三十代半ばくらいの胡散臭い笑みの男性だ。夏だというのにきっちりとしたスーツを纏い、神経質なまでに黒髪をなでつけている。


 吾妻はぶちりとインターホンを切ると、走って玄関扉を開けた。


「こんにちは、今日も不機嫌だねぇ」

「アポ無しで来るなっつったよな、真影まかげ


 真影と呼ばれた男は苛立たしげな吾妻を気にすることなく「邪魔するよ」と買って知ったる様子で部屋に上がった。


「あ、まかげ!」


 西瓜を食べながら龍華もやってくる。


「歩きながら食べるな、汁こぼれる!」

「あはは、ここのカーペット染みだらけだね」


 失礼なことを言った真影は胡散臭い笑みのまま勝手に縁側に座ってお盆に乗せられた西瓜を手に取った。


「あー!りゅうかのすいか!かってにたべるな!」

「ははは龍華くん、この西瓜は僕が吾妻くんにあげたやつなので、真影が食べてもいいんですよ」


 頬をふくらませる龍華の横を通り過ぎ、真影は縁側であぐらをかいて西瓜を食べ始めた。


「おい、汚すなよ」

「わかってますよ、吾妻くん」


 真影とのそこそこ長い付き合いの中で、こいつを相手にしても無駄だと悟っている。吾妻は真影を無視して龍華に向き合った。


「大丈夫だ、冷凍庫にまだある」

「やったー」


 機嫌を直した龍華は手に持った西瓜を皮ごと口に入れると、がりがりと噛み砕きながら真影の元へ駆け寄った。


「すいか、まかげがもってきてくれたやつだったの?」

「おい、口にもの入れたまま喋るな。そうだよ、こいつが龍華に、ってな」


 吾妻は新しい西瓜を切り分けつつ声を張り上げた。


 まず横半分に切り、切断面を上に向けてタネを目安に十二等分。西瓜は真ん中が甘いので、放射線状に切り分けると甘さが均等になる。


 皿に並べて縁側に持っていくと、二人並んだ真影と龍華の背が見えた。側から見れば親戚のおじさんとそれに懐く子供、といったところだろうか。実態はぜんぜん違うが。


「龍華くんは種まで食べるんだねぇ」

「まかげはなんでたねたべないの?」

「美味しくないからだよ」

「龍華、新しい西瓜だ。真影はちょっとこっちこい」


 仲良く喋る二人に割り込む様に西瓜を持った皿を縁側に置く。ついでに空っぽになった皿を回収する。放っておくとアリがたかる。


「吾妻くん、私の追加の西瓜はないのかい?あれ僕があげたものなんだけど」


 ぶつくさ言いつつも縁側から上がった真影は、言われずとも居間のソファに腰掛けた。真影の定位置である。


「欲しいなら後でやる。それより、話があるだろ」


 皿を流しに持っていくと、吾妻は真影の向かいに座った。


「今度はどんな依頼なんだよ、退魔局所属の一級退魔師殿」


 退魔局とは、退魔師が集う政府御用達の組織である。真影はその一員であり、フリーの吾妻に時折依頼を持ってくるのだ。


「嫌味っぽい言い方だなぁ。同じ退魔師なんだから友好的に行こうよ。全く、フリーの実力あるやつはなんでこうも当たりが強いのかなぁ」

「知るか。俺以外のフリーのやつほとんど会ったことねぇし、俺に実力はない」

「まだ言ってるのそれ?いい加減諦めなよ、龍使い殿」

「……その呼び方、するなって言っただろ」


 怒気を込めてもどこ吹く風。真影はスーツのポケットから折り畳まれた紙を取り出した。


「退魔局局長直々のご指名だよ、吾妻くん。北の大地に巣食うもののけを退治してくれないかい?」


 開かれた紙には、退魔局局長の直筆で北に現れ人に害をなしたもののけを討伐して欲しいという旨が書かれていた。


「引き受けてくれるよね?」

「……報酬は?」


 真影が提示した額は、かなりのものだった。が、命がかかっているなら安請け負いはするべきではない。


「龍華に相談してからでもいいか?」

「吾妻くんは慎重だなぁ。龍華くんが断るとは思えないけどね。龍華くんは吾妻くんに退魔の力を貸す。その代わり、龍華くんはある程度の自由を許す。そういう契約だろう?」

「龍華に無理を強いる契約じゃない」

「ははっ、吾妻くんは優しいなぁ」


 真影の口調には嘲りが混じっている。


「あんなに懐かない野良猫みたいだった吾妻くんが、まさかここまで優しくなるとはなぁ」

「昔のことをあれこれ言うな。後俺は別に優しくなんかない」

「またまたぁ、風鈴買ってあげたり、西瓜のおいしい切り方調べたり、そういうの優しさってやつだろう?」

「そ。じゃあ真影は優しくねぇな」

「そりゃそうだよ。僕は国の犬だからね」


 吾妻は真影のことをほとんど知らない。当てもなく彷徨っていた自分を拾った胡散臭い退魔師、それが真影に対する印象だ。


「まぁでも、少し返答を待つくらいならできるよ。なんてったって、僕は吾妻くんの父親だからね。子育てに奮闘する息子を応援するのは当然のことさ」

「お前はただの身元引受人だろ」

「実質父親だろ〜?っていうか、子育ての下りは否定しないんだ?」

「事実、龍華は子供だろ」

「……まぁ、そうだねぇ」

「なになに?りゅーかのおはなし?」


 からの皿を持った龍華が居間に上がってきた。口周りには赤いものがベタベタと付いている。


「ちょ、口周り!」

「あはは、育児は大変だね〜」

「うるせぇ、真影タオル取ってくれ!」

「あれ〜、僕父親じゃないんだよねぇ?」


 なんだかんだ言いつつもタオルを吾妻の顔面によこしてくれた真影は、相変わらず胡散臭い笑みを浮かべていた。

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