第7話 失様

 張り付くワイシャツに風が通り抜け、汗ばむ体を冷やしていく。

 日が落ち始めたことで少しだけ、涼しくなった帰路を澪と高瀬と歩いていた。


 当たり障りのない雑談も、澪のおかげで途切れることはなかった。


 帰り道の途中、小さな坂を登ると、少し開けた場所に出た。

 そこからは分校舎の裏手に古びた建物の屋根が、茂った木々の隙間からちらりと見える。


「あ、あれ見える? あれが旧校舎」


 澪が指を差す。

 古びた木造の校舎が、夏の夕陽に焼かれ、血錆のように赤茶けて見えた。


「まだ使われてるの?」


「んー、今は倉庫代わりって聞いたけど……入るのは一応ダメみたい。建物自体古いし」


 そう言いながら、どこか含みを持たせた声で続ける。


「……まぁ、七不思議とか、あるしね。あそこ」


「七不思議? 初耳だけど」


 高瀬が眉をひそめる。


「この前日下部先生が教えてくれたの! “呪いの用具箱”でしょ、“開かずの放送室”でしょ、あと……“廊下に立つ失様”」


 またしても“失様(ぬかりさま)”だ。


「いや、三つしかねーじゃん」


 高瀬が至極まっとうな指摘をする。


「7つ全部知ると呪われるっていうし。3つくらいでいいんだよ、たぶん」


「どういう理屈だよ」


 二人の会話を聞きつつ、さっきから耳に残る“失様”という言葉が、また頭をよぎった。


「……あんま真に受けないほうがいいぞ」


 高瀬がぼそりと呟いた。けれど、その目もまた、旧校舎の屋根をじっと見ていた。

 そんな沈黙を破るように、澪が笑う。


「ま、どうせ噂だからねー。あーお腹すいちゃった」


 そのまま三人で寮へと歩き出す。空は淡い茜に染まっていた。

 校舎の影が長く伸びる中、僕たちは寮へ戻った。



 寮の食堂は、夕食時になると少しだけ賑わいを見せる。

 と言っても、生徒はわずか数人。ほとんどが静かに食事をしていて、食器の触れ合う音と、かすかな話し声だけが、広い食堂に頼りなく反響している。

 日の落ちた窓の外では、虫の声がいっそう濃くなっていた。


 食堂の片隅ではテレビが小さな音で高校野球の結果を流していた。


 今日のメニューは白ご飯と焼き魚、味噌汁に冷奴。

 質素だが、ちゃんと温かくて、落ち着く味がした。


 入口脇のホワイトボードには、黒いマーカーで「今日の当番:中嶋・早乙女」と書かれている。

 下の欄には、今日の献立と走り書きのようなメモ――「冷奴の薬味は冷蔵庫上段」が添えられていた。


「いただきまーす!」


 澪が声を上げ、それに釣られて高瀬も僕も箸を取る。


「そういえば、明日って午後から自習なんだよね?」


「え? そうなの?」


 思わず、澪に聞き返すと高瀬が口を開いた。


「あー。そうか、明後日失様の日か」


 また出てきた。

 すかさず聞き返す。


「失様って……なに?」


 僕の言葉に、澪がにんまりと笑う。


「あー。遊びだよ、小っちゃいころかごめかごめとかやらなかった? そんな感じの奴」


 なるほど、この地域に伝わる童遊びというわけか。


「高校生にもなってそういうのやるんだ……」


 僕の言葉に、澪がニヤリとしながら続ける。


「私もそう思ってたけど、ここでさっきの七不思議ね」


「“廊下に立つ失様”」


 失様のルール。


■ 失様の遊び方

1.床に輪になって座る


2.輪の中心に供物を置く


3.全員が目を閉じる


4.指名役が失様を選ぶ(肩を叩かれたら失様)


5.失様は音を立てずに供物を回収する


6.失様の動作終了後、指名役が「目を開けて」と告げ、全員が目を開ける


7.全員で失様が誰か話し合い決める。当てられなかった場合、失様の勝利となる。



 僕は焼き魚をほぐしながら、答える。


「意外と面白そうだね」


 澪は僕の肩を軽くポンポンと叩きながら続ける。


「大事なのはここからね」

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