第12話
遂に夏休みに突入した。
愉快なことが大好きな人達だから、夏休みはさぞ予定が目白押しになるかもという不安は杞憂に終わる。
結局朝から晩まで過去の部誌を読み漁る毎日が続いている。
むしろ学校があった時期の方が、部活動はせいぜい2時間しかなかったから、楽だったのだと思い知らされている日々だ。
サクライヒナコという、郷土文芸ドラゴン部の部員のみが知覚出来る怪異が存在する。
口伝ての伝承の他に、部誌に書き紡がれることで伝わってきた怪談。
怪異が見せた夢によると、女子校時代の部員が何か大きな手がかりを担っている。
そこまでを把握して、また虱潰しに手がかりを探している。
いつから積み重ねられていたのか、山のような段ボール箱に収められた資料を紐解いて、ついに過去の部誌を手に入れた。
まだウチの学校が共学になる前の女子校時代の古い資料。郷土文芸ドラゴン部でもなく、オカルト部でもなく。ただの文芸部だった時代に編纂された部誌。
これがまぁ非常に難物だった。
郷土文芸オカルト部になってから、つまり共学になり部員の人数不足により合併を余儀なくされてからは、部誌は大分マイルドに、それこそ絵や図を大量に用いるようになり雑誌みたいな側面があって読みやすかった。ただ文芸部時代の部誌は素人ながらガチの文芸誌で、硬派な文芸同人誌みたいだった。
数日、そうして目と頭が痛くなるような部誌との格闘の後、ひとつの結論に至る。
文芸部時代の部誌には、サクライヒナコの怪談は載っていないのだ。
部誌が抜け落ちている過去4年分の何処かから、サクライヒナコの怪談は始まった。少なくとも部誌に記載されるという形で伝わったのはこの時期。そこまでをなんとか突き止めた。
「やはり、というか。どうしようもなく、というか。サクライヒナコの怪異は、この4年の何処かに手がかりがあるようだな」
全員が作業の手を止めて。といっても部長はPCゲームの電源を落とし、日向はカバーをかけた文庫サイズの漫画に栞を挟み、夏菜子先輩が紙粘土で作ったドラゴン像に着色するのを止めるだけ。全員が思い思いの活動に没頭し、面倒な作業は俺に押し付けられているだけなのだが。ともかくも皆手を止めて、幽子部長が低い声で語る言葉に耳を傾けている。
いや、夏菜子先輩のドラゴン像、マジでクオリティが高いな、という感想を横目で眺めながら。
「ねぇ幽子。この4年度全ての卒業アルバムを閲覧して、当時の部員、先輩を探せばいいんじゃないの?」
「そうしたいところなのだがな、個人情報の保護とやらで学校に保管されている卒業アルバムを閲覧できるのは1年度だけだそうだ。全くリテラシーが高いのも考えものだな」
夏菜子先輩の言葉に幽子部長が呆れながら答える。あえて何も喋らないことにする。1年度だけでも確認出来るだけで御の字なのだろう。多分この人はそういう人じゃないと信じたいけれど、卒業生を探す、そういう闇サイトを探す。その気になれば幾らもやり方はある。
たかが部活動でそこまではしないというだけで。
「でも4年度のうち、H◯5年だけを探せばいいのでは? H◯6年から共学になった訳なんですよね?」
「共学化した途端、在校生も全て制服が変わった訳じゃないんだ。部誌が抜け落ちているH◯5年度からH◯8年度までのうち、旧女子校時代の生徒はH◯7年度までいるんだ」
部長が静かに説明する。俺だけじゃなく、全員に共通認識を確かめるように。
段ボール箱の山から資料をさらって、H◯5年度からH◯8年度以外の全ての部誌は発見した。内3年間の何処かからサクライヒナコの怪談が記録され始めた計算になり、つまりはサクライヒナコの怪談を記録し始めた人間がいることになる。
夢で見たセーラー服姿の生徒たちが、何らかの理由で部誌に記録を残し始めた
その卒業生を探し、怪談を記録し始めたきっかけを尋ねれば、この怪異の真相にたどり着けるかもしれない。
「そもそも20年近くも昔の話でしょう? 今更卒業生を探し当てたところで、当時のことなんて覚えているのかしら?」
「もっともだな。我々は怪異の起源も、だが、それ以上に何故サクライヒナコの怪異を我が部の部員だけが知覚できるか。それを確かめる必要がある」
幽子部長が言う。耳を済ましながら、いつか配られたノートのコピーに目を落とす。
学校の怪談 その1 サクライヒナコから夢をかってはいけない。
学校の怪談 その2 皆が同じ夢を見たら、物語の始まり。
学校の怪談 その3 ユメという案内人が昔の記憶を見せる。
学校の怪談 その4 犯人を捕まえなくてはならない。
学校の怪談 その5 サクライヒナコを探してはならない。
学校の怪談 その6 ユメを見つけてはならない。
学校の怪談 その7 ユメを見た人間は……。
この記載された学校の怪談。
文芸部で編纂されていた部誌が、郷土研究部と文芸部そしてオカルト同好会と合併し、3つの流れを汲むものとして編纂され始めた。
時期的に郷土文芸オカルト部の発足と前後してサクライヒナコの怪談が部誌に記載され始めている。
文芸部の部誌をひっくり返しても答えは出なかった。ならばオカルト同好会からの流れなのではないか。
部誌に記載されるサクライヒナコの怪異は、部に語られ続ける不思議として記録が残り続けているだけ。サクライヒナコを題材にした短編小説が載ってもいるが、主な活動は怪異について探るというもの。
書きぶりは論説だから、文芸部と当たりをつけていたのだけれども。或いはオカルト同好会と合併したことで、今まで口伝てに伝えられていたものを部誌という形で残し始めたのか。
そんな思考も巡るが、資料が残っていない。
ここにきて、手詰まり感が出てきた。
ユメという案内人が誰のことを差しているのか。〇〇してはならない、という表記の中に、何故犯人だけは捕まえなくてはならない、なのか。疑問は常に疑問を生み続けている。
目の前の赤い着物の球体人形は、あれ以来動く気配はない。
夢に出てくることもなく、只管にただ、物憂げな視線をこちらに向け続けている。
「さて、雄一郎。考え込んでいるところ悪いが、こちらに戻ってきてくれるか」
幽子部長の声にふっと意識が戻る。じぃっと人形の目を見入りながら考え事にふけこんでしまっていた。
「繰り返すが、来週の合宿に向けて、今日から強化週間に入る」
「強化週間? なんです、それ」
「サクライヒナコの怪異を追うのは一旦止めて、それぞれのタスクを片付けようという訳だ。日向は執筆、夏菜子は制作、私は調査だ。雄一郎は私のアシスタントだな」
知らない内に仕事が決まってしまっていた。というかこの部、ただただダラダラするだけでなく一応の活動内容があったのか、とも驚いている。タスクが溜まっているという認識があるのなら遊んでないでやればよかったじゃないかとも思っている。主にPCゲームに夢中になっていた人や、小説や漫画を読むことに没頭していた人間について。というか夏菜子先輩のドラゴン像の制作が活動になるのなら、一番この人が部活動をしていた、ということになるのだろうか。
こんなメチャクチャな部がよく公認されているなと改めて思う。だからこそ、廃部の危機なのだろうなと他人事のようにも思う。
「部長のアシスタントをやる、っていうのは分かりましたけど。いいんですか? サクライヒナコの怪異について、もっと調べなくても」
「調べる、といっても何をどう調べるつもりだ? なに、心配することはない。相手は散々夢に現れて我々を追い立ててきた。何か動きがあるとすれば、また夢に見るのだろう」
やけに落ち着いた幽子部長の言葉に、そんなものか、と得心がいきそうになっている。
確かにサクライヒナコの怪異は、我々郷土文芸ドラゴン部の部員以外に認識されていない。おそらくこの怪異に紐づいて、やけにリアルな夢を見ている。
でもそれだけなのだった。
赤い着物の人形に目を落とし、腹部をさすりながら、まだ忘れることの出来ない恐怖と痛みを思い出しながらも、あれは夢を見ただけなのだと言い聞かせる。
本当にそれだけなのか、という思いは飲み込むことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます