第11話
校長室には過去の卒業アルバムが保管されている。
意外と卒業生からの需要があるようで、閲覧の申請書が用意されているくらいだ。
ただし昨今は個人情報保護の観点から簡単に申請は通らない。
通すことが出来る申請は、部長が言うには1年度だけ。チャンスは1回きり、ということ。
今俺達は、その年度を特定するために行動している。
共学化する前の女子校時代に、郷土文芸ドラゴン部にのみ伝わる怪談が伝承されるきっかけがあった筈なのだ。
あの夢が本当にあったことだとしたら。卒業アルバムに手がかりがあるかもしれなかった。
部の存続という大義名分の他、乗りかかった船という思いと、幼馴染である日向がいつになく真剣な様子でいるから。
俺はまだこの怪異事件を追いかけている。
「なぁ、日向」
「日向、先輩、ね。で、何よ?」
もう何度目になったかの、共に帰る帰り道。
夏に向かう季節は陽の時間が随分長くなっていて、黄昏がいつまでも西の空を明るく染めている。河川敷の帰り道、少し先を行く日向の影と俺の影が並んでいる。
「サクライヒナコの怪談、本当に信じているのかなって思ってさ」
「またその話?」
期末テスト前の部活動停止期間の直前にも、確かにこんな話をしていた。
部員以外、誰もサクライヒナコの名前を認識できない。夢を見せられたり、まるで予定表のような7つの学校の怪談が見つかったりもして、一応の進展の様なものはみせている。
けれど、逆に言えばそれだけでしか無かった。
悪夢を見るというだけの、ただの不可思議な出来事でしか無い。
「前にも言ったと思うけれど、不思議なことが起きているのは確かな訳でしょ。信じるも信じないも、それだけじゃない。在るのだから」
呆れたように日向が言う。幼子を諭すようにも聞こえる声音で。
「でもさ。別にどうしても真相を確かめなくてはいけない理由は無いだろ。部の存続のため目覚ましい功績を上げる必要がある。誰も解決できなかった怪談の真相を突き止めることが出来れば大きなトピックになり、功績になる。理屈は分かるけれど、ならサクライヒナコである理由は何も無いだろ?」
「何がいいたいのよ」
「この怪異事件、別に放りだしてもよくないか?」
「連日の資料整理に遂に嫌気が差した訳?」
「そういう訳じゃなくてさ」
立ち止まり、日向が振り返っている。例によって夕陽の逆光に、その表情は窺えない。
ただ俺の真剣な様子に、ちゃんと向き合ってくれているのは分かる。華奢ですぐに折れてしまいそうな体躯なのに、何も恐れずまっすぐに俺を見据えている。
「滑稽に思えてきてさ。何かもっと価値があったり、わくわくしたりさ、有意義な事があるんじゃないかって思ってさ」
「何よ、やっぱり連日の資料整理に嫌気が差しただけじゃない」
「いや、そうじゃなくってさ……」
自分で言葉を口にして、言葉にならない事がある。自分が思っていることを口にしているつもりで、喋る内に本当の感情に気づいてしまうような事がある。
あるいは、自分が何を思って何を言いたかったのか、分からなくなってしまう事もある。
黄昏に、茜空に、街も河川敷の一本道も、川の水面の反射も、俺達も。皆一葉に染まっている。
橋を渡る学生たちが談笑している様子や、大荷物を担いだ部活帰りの生徒の姿も見える。
その表情にどこか歓喜が湛えられている様に見える。遠目で表情を事細かに眺めることは出来ないのに、そんな風に俺には見える。
通り過ぎていく、俺達ではない全ての人に羨望を思っている。
それぞれにどんな人生があるのだろうか。どんな青春があって、送るのだろうか。
少なくとも、俺達の変わらない距離とは違って、何かしらの進展や、何かしらの喜びや悲しみがあるのだろうと思う。
確かに、サクライヒナコ、という名前を誰も認識することはない。見つかった怪談の並びの通りに、不可思議な出来事が続いている。現実と見紛う様な悪夢を見た。
でもそれは果たして、意味のあることなのだろうか。
「……ねぇ、『THIS MAN』って知っている?」
「ジスマン?」
「本当に何も知らないのね、雄一郎って」
何が言いたいのか。何かを喋りながら、それが分からなくなってしまっている俺に、日向が笑いかけながら近づいてきた。
スマホを突きつけられて、丸顔の眉毛が太いおじさんの絵が映し出されている。
感情のない目で微笑んでいる様子に、何か不気味なものを感じさせられている。
「昔の都市伝説でね。というかある種の共同幻想なんだけど。この人を夢で見たことはありませんか? ってネットに投稿された事があるのよ。そして世界中の人が夢で見たことがあるって反応したわ。夢の内容は本当に千差万別で、ただこの男が出てきた、という共通項だけを同じくしてね」
「確かに、何か夢に出てきそうなおっさんだな」
眼の前にいる日向がくすりと笑って、鞄にスマホをしまう。
「米軍の夢を見させる実験だったとか、この人が夢を渡る超能力者だとか、本当に色んな論説が出たみたいだけどね、事の真相は「THISMAN」なんて存在しない、というオチだったみたいよ。何かのマーケティングだったみたいだけど、何のマーケティングだったのか、ネットに投稿して本当に夢を見たという人が続出したのか、多くの人が夢を見たという噂が独り歩きしたのか、今となっては確かめようもないのだけれどね」
「……えと、何の話だったけ、これ」
「不思議な出来事の真相なんてこんなものだよ、って話よ。けれど、タネ明かしをされるまで、この都市伝説に多くの人が色めきだった事だけは事実だわ。私もそれでいい」
夕陽に顔が茜に染まっている。
昔は同じくらいだった背の丈が、今では俺の方が高くなっているから、日向は見上げるようにして俺の目を見ている。
真剣な、濁りや曇のないまっすぐな視線。
「不思議はきっと、それを追いかけている時にしか存在しないのよ。だから私には、追いかける価値とか真相とか、そういう事はどうだっていい。私を楽しませてくれるなら、それでいい」
「…………」
「さて、柄にもなく話し込んでしまったわ。まぁでも、アンタがどう思っているかなんて関係ないのよね。恥ずかしい秘密をバラされたくなかったら馬車馬のように私のために働きなさい」
「いや、なんかいい話風だったのに、突然凄い人権侵害をぶち込んできたな」
「当然じゃない。折角奴隷の様に使える後輩なんだもの。馬車馬の様に使うわよ」
「いや、日向さん? ガチのマジでコンプライアンス的に問題発言なのでは?」
「煩いわね。ごちゃごちゃ言わずに私に付き従えばいいのよ」
最後に、日向は楽しそうに笑っていた。
陽が地平に沈み、夕闇が辺りを包んで街灯の明かりが灯りだしている。
答えを得たようで得ていないような思い。ただもうしばらくは、彼女の道楽に付き合うのも悪くないと思った。
少し前を行く彼女に続いて、俺達は帰り路を行くのだった。
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