第45話 蓉子「草子ちゃんは、雪之丞さんを責められないね」
雪之丞さんの死にショックを受けているだろう冬美さんを一人にするのは不安だったが、雪之丞さんの看病もしていたらしい医者の娘さんがそばについていてくれることになった。
私と蓉子さんと桃華ちゃんは家路を歩きながらぽつりぽつりと会話を交わす。
私はふと思いつき。
「東照大権現さまに生き返りを頼めないかなぁ」
と口にした。
実際叶うかどうかは別として、神頼みしてみるくらいいいだろうという考えだったのだが。
「無理である」
桃華ちゃんがきっぱり断言し、蓉子さんも頷いている。
「草子がいた世界の人々は、東照大権現さまの招きに応じて『神ノ都』に降りることが対価となり願いを叶えていただけるが……」
蓉子さんが「逆はないものね」と相槌を打つ。
私はというと。
「対価を払えれば叶えてもらえるという証明でもあるはずです。願う時に何か対価を……」
「神様が納得するような対価って何であるか?」
「こっちが対価に値すると思っても、神様からしたら鼻紙より価値がなかったりするじゃない。きっと」
私の発言にかぶさるようにして反論が返ってきた。
「草子が元居た世界は複数の神様によって成ったものであるが、こちらの『神ノ都』は東照大権現さま一柱で生み出されたものであるからなぁ」
桃華ちゃんの言葉に、蓉子さんも「そうねぇ」と続ける。
「他所の子は甘やかせても、自分の子はちゃんと厳しく躾ないと駄目でしょ」
東照大権現さまにとって私は「他所の子」で桃華ちゃんたちは「自分の子」なのか。
では私が願えば……いや、この世界に来た時点でたぶん「自分の子」にクラスチェンジしているだろう。
「そういえば、草子ちゃんは東照大権現さまに何を願ってここに来たの?」
「おぉ、蓉子殿いい質問である。わらわも聞いたことがなかった。どうなのであるか?」
蓉子さんと桃華ちゃんに尋ねられ、端的に答える。
「優馬の目覚めを」
蓉子さんと桃華ちゃんは「目覚め?」と繰り返して質問してくる。
「寝たまま起きてこなかったのであるか?」
「それとも雪之丞さんみたいに帰らぬ人に?」
桃華ちゃんは正解。
蓉子さんは惜しい。
手術を終えても寝たまま三か月。
私が願わなければ「帰らぬ人」になっていた。
「優馬と私でお酒を飲んで、お店から出て帰ろうとしたときにひったくりに遭った人がいたの。優馬が犯人を殴り倒して被害者にかばんを返そうとしたときに……いろいろあって優馬が地面に頭をぶつけて出血して……病院で手術をしたけど三か月目が覚めなかったの」
改めて、雪之丞さんの結核での死と優馬の寝ていた期間の長さが同じだと気づいた。
もし私がこちらの世界の人間ならば願いも叶えてもらえず、冬美さんと同じように大切な人を亡くしていたのだ。
「よかった……東照大権現さまが優馬と私の寿命を入れ替えてくれて」
私がつぶやくと、桃華ちゃんと蓉子さんが二人そろって。
「なんだと?」
「なんですって?」
ひっくり返った声を出した。
いったい何にそんなに驚いたのか。
きょとんとしている私を前にした二人は顔を見合わせた。
しばしのアイコンタクトのあと、蓉子さんが言った。
「草子ちゃんは、雪之丞さんを責められないね」
雪之丞さんを責められない。
私も彼と同様の罪状があるということ?
「相手の幸せを願っているわりには、相手が望んでいないだろうことをしているのである」
桃華ちゃんがやれやれとばかりに肩をすくめる。
「私が、優馬の望まないことをしたと?」
心外だ。私はいつでも優馬を大切にしてきたのに。
「草子ちゃんはさ、自分が寝ていて目が覚めたらいきなり『優馬くんは亡くなったよ』って聞かされたら驚くし悲しくない?」
蓉子さんが説明してくれて、私はやっと想定よりずっと残酷なことをしていたのだと思い至った。
私はもし自分が死ぬことになっても、優馬を身代わりにしてまで生き抜きたいとは願わない。
優馬だってきっと同じだ。
優馬、ごめん。
けれどあの時は最善を選んだつもりだったし、反省はしたが時間を戻したいわけではない。
きっと何度やり直しても同じ選択をするだろう。
だからこそ、残酷なのだ。
私はエゴイストだ。
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