第39話 冬美「あたいは身売りなんてしない!」

 紅葉狩り当日『聖燈寺』に着いた私たち四人は、新鮮な光景に歓声を上げた。


「青々とした葉のなんてさわやかなこと……」


 私がほぅっと息をつくと、蓉子さんも。


「若干混じっている黄葉が、季節の移り変わる特別なひとときを演出していて良いね!」


 と楽しげに見上げ、桃華ちゃんは。


「綺麗な状態で落ちている葉を拾って押し花にするのである」


 としゃがんで傷みのない葉を捜索する。冬美さんは周囲をきょろきょろと見まわしたあと、やっと葉を視界に入れ脱力するように息を吐いた。


「あ~、綺麗な空気。生き返るねぇ~」


 植物は酸素を出すから、確かに人でいっぱいの地域よりは空気が美味しく感じられるだろうが、さきほどまで冬美さんは緊張していた……ような気がする。


 けれど冬美さんが楽しい雰囲気を壊したくなくて口を閉ざしているのなら、無理に暴くのも良くないかもしれない。


 これが桃華ちゃんとかだったら気にせず聞けるけれど、冬美さんはセンシティブな事情持ちだし、出会って間もないから多少気を使ってしまうんだよな。


「わらわのお母さまが重箱にごちそうを詰めて持たせてくれたのである。一通り観賞し終えたら皆で食そうぞ」


 最初は全員揃って木立の間を歩いていたけれど、徐々に「あっちの方をもっと見て来たいので」とか「あ、紅葉じゃないけどなんか珍しい花がある。あたいちょい興味あるから行ってくる~」とか「おっ、トンボがおるのである!」と方々に気を散らせて一人になった。


 一人は別に苦痛ではないので『聖燈寺』の見物客用の道をぐるりと回り自然の美を堪能した。


 そして合流地点に戻ろうとしたとき。


「祝言はいつにする?」


 声だけでわかる。

 チャラ男だ。


 『祝言』というフォーマルな単語がミスマッチ極まりない響きだ。


「あんたと一緒になるつもりはないよ。あたいは売約済みだって言ったろ!」


 語気強く言い返しているのは冬美さんだ。


「え〜? でも借金はどうするのかな〜?」


 借金?!

 口調こそちゃらんぽらんだけれど実はしっかりものの冬美さんが……そんなはずない!


 と思ったら案の定、冬美さんの父親の借金だった。


 五歳の時に『オヤジさん』に引き取られた冬美さんと実父はもう関係ないはずだけれど……この『なんちゃって江戸時代』では血のつながりはそう簡単に切れるものではないのだろうなぁ。


 私は物陰からそぉ~っと二人の様子を覗く。


「おめぇの父親も罪深いよな。少額の借金をあちこちでこさえて、まさに塵も積もれば山となるだ」


 冬美さんはグッと唇を引き結び、チャラ男を憎々しげに睨んだ。

 チャラ男が笑顔のままなことに怒りが沸き上がったのか。


「その食い散らかしたような借金をわざわざ調べ上げて、すべての借金の証文を手元に集めたあげく『嫁に来てくれればチャラにする』って脅しをかけてくるあんたもたいがい悪党じゃないか!」


 普段のふざけた調子が消え失せた本気の怒声だった。


「オレはさぁ~。欲しいものを手に入れるためには手段を択ばない人間なんだよね~。大事にするから安心してお嫁においで」


 チャラ男は腕を広げるが、当然冬美さんが飛び込むわけもなく。


「借金は働いて返す」


 かたく強張った誓いの言葉だった。


「100年くらい働かなきゃ返せない額だけど?」

「それでも! あたいは身売りなんてしない!」


 私は相手が逆上しないかハラハラしたが、チャラ男は「ふっふふっ」と抑えきれないような笑いを漏らし。


「だよね! そ〜いうとこが好きなんだ。結婚しよう!」


 チャラ男が冬美さんへと突進するが、ひらりとかわす。


「だから嫌だって。しつこい! あんたのせいでハゲができたんだよ!」


 私は内心で『あの十円ハゲの原因のストレスってチャラ男からの求婚だったんだ!』と知り、チャラ男が憎たらしくなった。


 ゆえに、物陰から飛び出して冬美さんを背にかばった。チャラ男は片眉を上げて「なんだこいつ」とでもいうような胡乱な表情をした。


 私はと言えば、無頼漢に襲われる姫を助けるような心地だ。


「桜井ちゃん!」


 焦りと驚きの混じった声だった。

 きっとチャラ男の存在も、借金のことも知られたくなかったのだろう。


「脅さなければ女性の一人も口説けないような人に、冬美さんはあげません!」


「お前、冬美のなに? 確か姉妹はいねーはずだし」


 ふざけたチャラ男オーラを脱ぎ去り、獰猛なライオンのごとき眼差しを向けてくる。

 私はビビってないといったらウソになるけれど、踏ん張った。


「私は……」


 答えようとしたとき。


「草子! 冬美殿も、もう大丈夫である! 悪漢め!」

「桃華ちゃん! もうちょっと様子見ようって言ったのに」


 桃華ちゃんと蓉子さんが来てくれた。


「冬美の周囲では初めて見るメンツじゃん。友達?」


 冬美さんは私たちに危害が及ぶのを防ごうと「違う」と言おうとしたようだが、それより早く。


「友達です!」

「友人なのである!」

「もう親友だよ!」


 みんなが肯定した。

 チャラ男は獰猛なオーラを消し「ふ~ん」と何故か唇を笑ませ。


「またな。冬美」


 との言葉を残し去っていった。

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