第31話 清吉「どうしてだ……」
お姑さんの声は弱弱しく、喧騒から離れた木材置き場でなかったら聞き逃していただろう。
語られた内容は。
「蓉子は働き者でね。しゃべり方がいつもざっくばらんで『目上に対する口調じゃない』って注意したりはしたけど、嫌いじゃなかったね。むしろ可愛かった。だから、清吉と
お姑さんの偽らざる本心だった。
彼女は続ける。
「だからこそ、早く子はできないかと楽しみだった。清吉から『子が産めない』と言われたと聞いてはいたけれど、初婚だしね。なんかの間違いだと思っていたんだ。いや、思いたかったんだろうね……」
声が陰ったからか、お姑さんの姿が小さくしぼんでいく気がした。
「清吉も蓉子も互いに想いあっている仲の良い夫婦なのに、なんで、どうしてと煩悶して……イライラしてしまうようになり、それを蓉子にぶつけていたんだ。最低だね」
うつむいているお姑さんの足元に水滴が落ちる。
泣いているんだと気づき、私は蓉子さんだけでなくお姑さんも苦しんでいたのだと改めて気づいた。
清吉さんが。
「母さん、蓉子に謝ってくれ。そして子のことはもうどうしようもないんだから、俺たちの血は流れていなくても養子でも取って仲良く……」
というがお姑さんは「今更だよ」と感情の抜け落ちた声で答える。
「蓉子に謝罪したところで最低な私の発言が許されるものじゃない。せめて、イライラして怒鳴りつけたくなってももうあんた達のところには行かないようにするから、二人で仲良く暮らすんだよ」
最後に「私の存在は忘れておくれ」と告げ、お姑さんは去っていった。
残された私と桃華ちゃん、それに清吉さんは身動き一つできないままお姑さんの背中が小さくなり消えていくまで見送った。
「どうしてだ……」
清吉さんがくずおれながら涙声でこぼす。
「母さんも、蓉子も、お互いに嫌いあっているわけでもないのになんで……」
桃華ちゃんが清吉さんの背中をやさしくなでる。
蓉子さんを抱きしめてなぐさめていた奥方様の姿が重なり、親子なのだなと実感する。
こうした不意に感じる相似、血のつながりをお姑さんは求めているのだろう。
現在「大黄牡丹皮湯」によって蓉子さんの体質は変わりつつある。
子が産めるようになるかもしれない可能性がある。
けれど、それを今お姑さんに伝えても無駄であろう。
確実性がないから。
実際に蓉子さんが赤子を産んではじめて解決する事柄だ。
「清吉さん……」
私は彼らのためになれば良いのだがと願いながら言葉をかけるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。