第27話 草子「優馬の方が『プロフェッショナル』にふさわしい」
めいっぱい遊んで気分爽快に帰宅した私たちを待っていたのは、般若の面相をしている奥方様だった。
「桃華、お花のお稽古から逃げ出してどこへ行っていたのですか?」
怒りを押し殺した静かな声音に、桃華ちゃんが「お、お母さま……」とマナーモードのスマホのように微細に震える。助けないと。
「わ、私が連れ出したんです! 町を見て回りたくて、案内してもらっていました。申し訳ありません」
頭を下げると、奥方様は。
「たとえ桜井さまに頼まれたのだとしても、お稽古に行かずそちらを優先すると選択したのは桃華自身です。咎は桃華にあります」
厳しい……。
楽しい外出の終わりがお説教だなんて……。
桃華ちゃんに対して申し訳ない気持ちがわき上がる。
なんとかして許してもらえないだろうかと頭をひねっていると、蓉子さんが。
「ごやっかいになってる身で口をはさむのもなんですけど、あまり窮屈に締め付けると解放されたい思いが募って、今度はお稽古どころじゃなくて家から脱出しちゃいますよ。今回はあたしらが悪かったんです。どうか桃華ちゃんを許してあげてくださいませんか?」
奥方様は「家から脱出……」とつぶやきしばし考えた後、ふぅとため息をついて。
「そうですわね。桃華みたいな娘は管理しようとすればするほど糸の切れた凧のようにあっちへふわふわこっちへふわふわ飛んで行ってしまうものなのでしょう」
やれやれといった調子でこぼし、桃華ちゃんへまなざしを向ける。
「桃華、今回のことはもう良いです。ですが、きちんと反省するのですよ。お二人に感謝するように」
それだけ残して奥方様は踵を返し去っていった。
桃華ちゃんはピンチから救われた安堵で長い息をつくと。
「草子、蓉子殿、ありがとうなのである」
蓉子さんは「いやいや、あたしたちも悪かったから」と苦笑する。
私も。
「飴細工や落語のプロフェッショナルな仕事を間近で見れたのは案内してくれた桃華ちゃんのおかげだしね」
と言ったが、桃華ちゃんと蓉子さんは「ぷろふぇ……?」と首を傾げる。
またやってしまった。
「専門職の職人芸を観察できてうれしかったって意味」
改めて説明すると「なるほど」と納得してくれる。
私たち三人は改めて草履を脱いで上がり、桃華ちゃんの部屋に向かう。
「さっきの『ぷろふぇっしょなる』は清吉さんもかも」
蓉子さんが話し出す。
「反物にすごく詳しくて、お客様にすすめる時もその人自身すらしらない魅力を引き出したりして……」
「へぇ~。反物専門のプロフェッショナルなのね」
私が相槌を打つと「そう!」と力強く頷く。
「そういうところを尊敬してるし、だからこそ『清吉さんに寄り添いたい』って思ったんだ。人生を共にしたいと感じた異性は清吉さんが最初で最後かな」
桃華ちゃんが「素敵なのである!」と憧れに染まった瞳で蓉子さんを見上げる。
部屋の前に着き襖を開け、桃華ちゃんに私、蓉子さんの順番で入室した。
「そろそろ昼飯の時間であるが、ここで食べるのでもよいかの。まだまだ三人で話したいゆえ」
私と蓉子さんはもちろん同意し、桃華ちゃんは女中さんに「今日は料理をこちらに運んでおくれ」と頼んだ。
「ぷろふぇっしょなる? とは草子もではないか? 薬の調合などそうそうできないであろう」
女中さんが下がったあと、桃華ちゃんがそう切り出す。
蓉子さんも「そうだよねぇ」とこちらへ視線を向けた。
「確かに専門職ではあるけども……私はまだ新米だからなぁ」
それなら、私より数年も前に就職して『交番のおまわりさん』として臨機応変にどんな厄介事も解決に導き、地域の平和をまもっていた優馬の方が『プロフェッショナル』にふさわしい。
警察官になるって宣言してきちんと叶えている『有言実行』なところも尊敬してるし。
でもこんなこと言ったらまた蓉子さんにツッコミをいれられる気がする。
私はずっと『ただの幼馴染』だと思ってたけど……実は違うってことがあるのかな。
蓉子さんの「男女間に友情など存在しない」は極論だし人それぞれなはずだけど……。
「草子、ぼぉっとしてどうしたのであるか?」
「草子ちゃん、大丈夫? 歩き回って疲れた?」
桃華ちゃんと蓉子さんに心配そうな声をかけられて意識が引き戻される。
「ごめんごめん。そうだね。少し疲れたのかも」
「ご飯を食べ終わったら少し昼寝でもすればいいのである」
桃華ちゃんが提案してくれるが。
「でも『大黄牡丹皮湯』と『六君子湯』の調合をしなきゃいけないから」
蓉子さんと菖蒲くんの健康を預かっているのだ。適当に取り組むなんてなんて許されない。
蓉子さんが「あたしのせいで昼寝もできなくてごめん」としょんぼりしてしまって、私はあわてて。
「やりがいのある仕事だから全然苦じゃないよ。大丈夫。気にしないで」
すると桃華ちゃんが「新米でも情熱では熟達した職人をしのぐかもしれんのお」とコメントしてくれる。
そうこうするうちに昼飯が届き、私たちは色とりどりの料理を囲みながら会話に花を咲かせたのだった。
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