第22話 奥方様「桃華は勢いづいたら止まりません」

「いらっしゃいませ。桜井さんは初めまして。清吉の妻の蓉子です」


 現れたのは、着物の合わせ目がゆるめで頬紅の塗り方や歩く所作などが現世のギャルっぽい若い女性だった。


 肌の艶からして私より年下だ。十代後半か二十歳そこそこってとこかな。

 あいさつをされたので私も「どうもご丁寧に。桜井草子です」と頭を下げる。


「夏用の反物が欲し……お求めだとか。色柄は決まっていますか?」


 おや。本題をすぐに切り出すのはスマートではないということかな?


「柄物はまだ私には早い気がするので、無地を探したいのですが」


 私がそう告げると「無地ですか」と蓉子さんは頷き。


「色の候補はあるの……ですか?」

「私の名前に『草』が入っているので緑がいいです」


 蓉子さんはふむふむと。


「緑と一口に言っても濃淡があるよ……ので、いくつか持って来ましょう」


 さっそくといった様子で蓉子さんは店の方へ戻っていった。


 口調はところどころボロが出ていたけれど、外見のギャルっぽさからは想像できない真面目な対応に、私は『清吉さんはなかなか良いお嫁さんをもらっているのかもしれない』と思う。


 そうこうするうちに蓉子さんが帰ってきた。

 手にしている盆の上では巻物状の反物が三角形の山と化していた。

 ずいぶんたくさん持ってきてくれたのだなと目を瞠る。


「萌黄に若草色、老緑おいみどり中緑なかみどり、少し黄色がかった鶸色ひわいろなど、できるだけ様々の緑を持ってき……ご用意いたしました」


 これだけ多くの濃淡を表現できるなんて、染める技術のすごさに感嘆する。


「桜井さま、布地を肩に当ててみては?」


 奥方様が提案し、桃華ちゃんも「それは良いのであるな」と同意した。

 この「なんちゃって江戸時代」な世界では姿見も元居た世界並みにくっきり映る。


 細かなところが私の知っている江戸時代と違うのよね。文明が進んでいるのは良いことなのだろうけれどびっくりする。


 この間も思ったけれど、歴女じゃないから気づいてないだけで他にもいろいろ進んでいる部分があるはずだ。


 老緑を肩にかけると奥方様が


「少し渋すぎるかしら」


 桃華ちゃんも


「そうであるな。老けて見えそうである」


 と感想を漏らし、次に中緑を試すと


「これはちょうどいい気がしますわね」

「うん。ピシッと決まっているのである」


 と奥方様と桃華ちゃんの評価がくだる。

 三番目に萌黄を試したところ


「まあ素敵!」

「似合っているのである!」


 と奥方様と桃華ちゃんが絶賛してくれた。

 私も


「色味もやわらかで好みに合うし、布地が肌に触れるシャリシャリ感も涼しげで……この反物をいただきたいです」


 と思い切って決定した。

 すると奥方様が提案する。


「桜井さまは着物を縫った経験がございませんでしょう? 先ほども口にしましたけれど、蓉子さんはお針子さんとしても優秀だとか。仕立てを頼んではいかがです?」


 それは良いかもと思っていると桃華ちゃんが。


「清吉殿と夫婦めおとになる前は、あのお姑さんとも仲が良かったのであろう? なにせ仕立て屋はお姑さんが営んでいる店であるしの」


 私はここで気づいた。清吉さんは「店にまで乗り込んできて」的なことを言っていた。


 お姑さんは普段は呉服屋にいないということだ。

 なるほど。

 いつもは別の土地に構えている仕立て屋で仕事をしているのか。


「そう……ですね。婚姻を結ぶ前は『働き者だね』と好意的な言葉をかけてもらっていました……」


 蓉子さんは過去を振り返っているのか寂しそうな表情だ。

 ふむ。だとすると、性格の相性が悪いわけではない。


 子が産めないという点さえ克服できればお姑さんと仲直りできる可能性がある。


「蓉子さん。私はこれから失礼な質問をいたします。申し訳ありません」


 そう前置きしてから口を開く。


「あなたは、まったく月経がないのですか?」


  令和のギャルではなく「なんちゃって江戸時代」の世界に生きる女性である蓉子さんならば、初婚である以上それまで男性経験がなかったはず。


 なのに「子供ができない身体である」と断定できたのは、おそらく月経に問題があるからだろう。


 ゆえに尋ねてみると、羞恥を覚えたのか蓉子さんの頬の赤みが増す。


「皆無というわけでは……」


 口ごもりながらも答えてくれた。

 私はさらに続ける。


「それでは、月経は来るものの三日もたたずに終わったり、周期が乱れて次の月経が数か月後に来たりといった具合ですか?」


 蓉子さんは若干うつむき気味になって「そうなのです」と沈んだ声を出す。


「月経不順なのは確かなようですが『子ができない』と断定した根拠は?」


 核心を突く問いに蓉子さんは泣きそうに震えた声で。


「以前医者に診てもらったときに『子はあきらめなさい』と……」


 爪が食い込みそうなほど膝の上の手を握りしめ、苦渋をにじませた。

 私はというと、内心で医者の診断にあきれていた。


「まったく。月経がまったく来ていないならともかく、あるのですから妊娠の可能性はゼロではありませんよ」


 蓉子さんが「えっ」とはじかれたように顔を上げる。


大黄牡丹皮湯だいおうぼたんぴとうという婦人病に効く薬があるのです」


 私の言葉に、蓉子さんは呆然とする。桃華ちゃんは歌うような口ぶりで。


「草子、当然処方してくれるのであろう?」


 とほほ笑む。私の答えは。


「もちろんです」


 すると奥方様が。


「なら、蓉子さんはしばらく我が葛城屋に避難してくれば良いのではないかしら。呉服屋さんにいたらお姑さんが乗り込んできてまた罵ってくるでしょう?」


「さすがお母さま! 良い案ですね!」


 乗り気な桃華ちゃんは「清吉殿に許可を取りに行ってきます!」と当事者である蓉子さんを置き去りに駆け出して行った。


 まだ蓉子さんは応とも否とも決断していないのだが。

 奥方様は「ほっほっほ」と笑って。


「我が娘ながら、桃華は勢いづいたら止まりません。申し訳ありませんわ」


 蓉子さんはしばし当惑していたが、やがてふっと肩から力が抜けたようで。


「お世話になります」


 はにかむような笑顔でそうこぼした。

 私は、上から目線で恐縮だけれど、悪くない表情だと思ったのだった。

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