17 高い壁

 上杉のサーブはとにかく鋭い。それでいて隙が見えない。どこへ球を打っても必ず何かしらの方法で返され、そして自分が思いもよらない方向へと飛ばされる。

「うわ!」

鳥井は何とか打ち返そうとしたがラケットが届かず、そのままゲームセットとなった。

「いやあやっぱ強いなぁ上杉は」

鳥井はベンチに座ると用意していたスポーツドリンクを飲んだ。ここ最近気温も上がってきているので冷えたスポーツドリンクは非常にありがたい。

「お疲れ。相変わらず強いなあいつ」

星野がタオルで汗を拭きながら鳥井に話しかけてきた。

「ああ。それにしてもここであいつと当たるなんて」

現在彼らは高体連の札幌地区予選に来ている。鳥井も2回戦まではなんとか駒を進めることが出来たのだが、よりによって上杉と対決することになってしまった。その瞬間彼の中の勝ち筋が消えたような感じがした。

「あいつ次は準決勝か。まあ勝つでしょ」

「今年も全国まで行くんだろうなぁ。海斗も良いとこまで行ったのに」

「でもまあ、なんでかそこまで嫌な感じがしないんだよな。なんでだろ」

鳥井自身手を抜いたということは無い。だが彼と自分との力量にはあまりにも差がある。それでも何とか彼から1ゲームは取ることは出来た。彼としてはそれだけでも成長したと言える。

「よく言うよな、本当に倒すべきは昨日の自分って。なんかわかったような気がする」

「昨日の自分ねぇ。俺にはまだ分かんねえけど、とりあえず上杉の試合見届けてやろうぜ」

「ああ」


 優勝はやはりというべきか上杉だった。決勝では私立の強豪校の選手と当たることとなり、上杉本人もかなり苦戦を強いられているように見受けられた。だがそれでも何とか勝つことが出来た。これを辛勝というのだろうか。

「来月は全道大会かぁ。これもうプロ行くんじゃねえの?海斗」

「錦織とかと一緒になるのかな。まあでもまずは全道でどこまで行くかだな」

二人でそんなことを話していると上杉が彼らに声をかけてきた。

「お疲れ。いい試合だったよ」

「こちらこそ。全道頑張れよ」

「その次は全国。ひょっとしたらウィンブルドンか?」

星野は少しからかうように言った。

「いやいや流石にそこは早いって!でもやっぱ海外の選手ともやってみたいなぁ」

上杉はそこまで見通しているのか・・・鳥井は彼のスケールの大きさを感じると同時に自身との壁を改めて感じることになった。

「海外か・・・俺にはそんなこと考えたこともなかったわ」


 翌日、教室に着くと鳥井は学祭の露店班のメンバーに声をかけられた。

「おはよう!高体連どうだった?」

「いやあ3回戦で負けちゃったよ。まあ上杉が優勝したしうちも全道出れるわ」

「マジかすげえじゃん!ああそうだ、昨日学祭の話し合いあったんだけどさ、俺ら今年タコス売ることになったんだよ」

「タコス?」

そう言えば昨日は学祭の準備をする日だった。彼を含めたテニス部は高体連があったので参加できなかったのだ。

「なんか担任の友達がタコスのキッチンカーやってるんだって。どうせやるなら変わったものやろうぜってさ」

「へえ・・・タコスかぁ」

鳥井はタコスを食べたことが無かった。というよりメキシコ料理そのものになじみが無かったのでタコスと言われてもどう反応すべきか分からなかった。ただなんとなく、焼き鳥よりは大変な思いをせずに済みそうだと感じていた。

「なあ、札幌でタコス食える店あったっけ?」

「え?いやあそのキッチンカーで食うってならできるけど、他は分かんないなぁ」

「そっか。俺食べたことないから予習したいんだよね」

「じゃあ昼休みにでも調べとくわ」

「ああ、ありがとう」


 昼休みになり、鳥井はふと自販機の所へ向かいたくなった。というより考えるより先に体が動いていたというべきか。

「ああいたいた、お疲れ」

案の定というべきか、大西が缶コーヒーを買いに自販機まで来ていた。

「お疲れ。高体連どうだった?上杉優勝した?」

「ビンゴ!まあ俺は3回戦であいつと当たって負けちゃったよ」

「何点か取れた?」

「1ゲームは取れたけどそれからはぼろ負けだよ。あいつ何やってもボール打ち返せるんだよ。エスパーなんじゃないかって」

その言葉を聞いて大西は笑い出した。

「ならエスパーとかくとうタイプだなあいつ!」

「何そのポケモンみたいなの!アハハ!」

そんなことを話しながら二人は近くのベンチに座り、学祭のことについて話し始めた。

「映画館に取材かぁ。具体的に何訊きに行くの?」

「最近の売れてる映画についてとか、どういう年齢層の人が来るかとか取材してみようかなって」

「大西って映画好きだったんだ」

「まあね。大学は映画系のとこ行きたいかなって」

「そういうとこあったっけ?」

「日大にそういう学部あるみたいだし。それ以外も探せば結構あったよ。まあそうなると札幌離れないといけなくなるけど」

「へえ・・・じゃあ将来は映画監督かぁ」

「なれるか分かんないけど、とりあえずやってみたいから受けてみるよ。お前は?」

「え、そうだな・・・」

鳥井は彼への返答に困った。彼自身将来何をしたいかというのは具体的に定まっていない。ただなんとなくどこかの大学を受験し、そのまま大学生になるのだと漠然とした考えがあるだけだ。そこでテニスを続けるかと言われるとそれも分からなかった。

「まあ大学生にはなると思うけど・・・俺は平凡に生きるかな」

「へえ、俺はてっきりテニスプレイヤー目指すかと思ったけどな」

「いやいや俺なんて全然だよ。それより聞いてくれよ。俺ら今年露店でタコス売ることになってさぁ」

鳥井はこれ以上踏み込まれても後が無いと感じ、話題を露店についての方へ逸らした。


 格技場に入ると既に安田と米村が到着していた。

「お疲れさまです先輩!」

「お疲れさまです!」

彼女らは元気よく大西に挨拶してきた。

「ああお疲れ。二人とも早いね」

「そう言えば大西先輩って学祭で何やるんですか?」

大西が返事をすると安田がそう質問してきた。

「今年は壁新聞やるよ。なんかリーダーになっちゃったから忙しくなるな」

「そうなんですね。私達露店でドーナツ売ることになったんですよ!」

「ドーナツ?じゃあミスドの?」

「いえ、丁度ひばりが丘に専門店あるのでそこから仕入れようって」

大西はひばりが丘周辺の様子を思い浮かべたがドーナツ店がどのあたりにあるのか皆目見当がつかなかった。というより彼にとってひばりが丘というとツタヤか友人の家があるくらいしか関心が無かった。

「それじゃあ当日はそこ行こうかな」

「待ってます!ちなみに先輩たちのクラスは露店何出すんですか?」

「あれ何だったかな、今度聞いてみるわ」

そんなことを話していると花沢が格技場に入ってきた。

「よう大西。相変わらずハトが三十八式歩兵銃で撃たれたみてえな顔してるな」

「なんだよそれ。ああそう言えばお前学祭何やるの?」

「俺は今年も露店。いももちでも焼こうかなってさ」

「また焼き物かよ。お前去年焼き鳥焼いて懲りてなかったか?」

「いいんだよ、それよりお前来週昇段審査の講習会だろ?これ渡しとくぞ」

花沢は講習会の要項が書かれた用紙を大西に手渡した。場所は厚別通り沿いにある中学校のようだ。

「とりあえず座学で落ちるなよ」

「分かってますって。さて稽古稽古」

そう言って胴着に着替えながら大西は考え事をしていた。講習会が終わればその後はひとまず学祭の準備に専念できる。だが同時に模試が来月頭に行われるらしい。ここで結果が芳しくなければまた親に何を言われるか分かったものではない。だが彼の頭の中はそんなことよりも早瀬のことでいっぱいいっぱいであった。

「・・・今がいい機会だ」

学祭では運よく彼女と同じ班になることが出来た。これで第一関門はクリアだ。次は彼女と連絡先を交換する、これで第二関門はクリアとなる。最終関門は学祭終了後、彼女と二人きりでどこかデートに行くことだ。だがそこまで行くのにどれだけ高い壁があるのか大西自身あまり考えてはいなかった。

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Blue Dystopia 大谷智和 @193Tomokayu

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