15 真剣さ

 翌週の月曜日、鳥井は憂鬱そうな雰囲気で自販機の前に立っていた。ただでさえ月曜日はしんどいというのに今週末は高体連がある。彼自身なんとかレギュラーにはなれたものの、やはりというべきかプレッシャーというものはそれなりにかかる。

「早く終わんねえかなぁ、高体連」

鳥井はスポーツドリンクを選ぼうとした。だが何故か気が進まない。ここ最近は毎日この飲料を飲んでいるので飽きが来たのだろうか。そう思っていると横から大西が歩いてくるのが見えた。

「よう鳥井、お疲れ」

「あ、ああお疲れ」

大西は彼の様子がどこかおかしいことをなんとなく察したようだ。

「どうした?テスト疲れか?」

「いや、今週末高体連でさ、ちょっとナーバスになってて」

「ああそうか、それってレギュラーに入れたってこと?」

「え?うんまあ」

すると自販機に入れていた小銭が吐き出された。余程時間がかかっていたのだろう。鳥井は慌てて小銭を財布に戻した。

「なんかダメだなぁ俺、上杉程強くないし、それに今年入ってきた1年より強いかって言われるとそうでもないし。それなのに高体連に出て勝てるかなって」

「勝った後のイメージが湧かないってことか」

「・・・覚えてたんだ」

それは以前鳥井が大西へ投げかけた言葉だった。だが今となってはそれを自分自身へ言い聞かせなければならないフェーズに入ったようだ。

「ダメだなぁ、あんな偉そうに言ったのにその俺がこんな悩むって」

「いや、でもそれだけナーバスってことはさ、それだけテニスに真剣なんだろ?鳥井は」

「真剣?」

「昔先生に言われたんだよ。緊張しすぎたら本領発揮出来ないけど緊張感のない奴は真剣に臨んでないって。鳥井はそれだけ真剣ってことじゃん」

そう言われて鳥井はハッとした。確かに今までそのように考えたことは無かった。むしろ緊張はしない方が良いと考えていた。

「そっか、俺、自分が思ってたより真剣だったのか」

そう言うと鳥井は自分の中の何かつっかえのようなものが取れたように感じた。

「ありがとう。なんかスッキリした。なんか奢るよ」

「え?いや良いって・・・それより、学祭の班分けってどうなった?」

このまま奢られるのはどうも気が引けるため、大西は話題を変えて気をそらそうとした。

「俺?とりあえず露店かな。まだ何やるか決めてないけど、去年みたく焼きそば作るのはしんどいしなぁ」

「ああやってたな。俺は壁新聞作るわ」

「そうなんだ、頑張ってね。それでどれにする?」

気をそらす作戦は失敗したようだ。

「いや、本当に良いから」

「いや奢らせてよ、これで勝てたら今度は大西君応援するから」


 梅原は遠巻きに二人の様子を見ていた。鳥井は相変わらず明るい感じで他人に接している。それが梅原にとっては気に食わなかった。たとえそれが男子だったとしてもだ。

「・・・楽しそう」

梅原は踵を返して教室に戻ろうとした。すると丁度久保田と遭遇した。

「うわ、ごめん」

梅原は彼女を無視して教室に戻った。久保田はその様子をどこか不思議そうに眺めていた。

「何かあったのかな」

 教室に戻った梅原はクラスメイトの女子から学校祭の件で話しかけられた。梅原は人と接するのがあまり好きではなかったので装飾班に入ることにしていた。

「梅原さん、実は来週までにどんな装飾にするか案出し合いたいからこれにイメージ図描いてきて」

「どんな感じの方がいい?」

「廊下の壁飾るからあんまり装飾重そうなのはやめておいた方が良いかな。あとはみんなのセンス次第だって」

センスと言われても梅原自身美術の成績もそこまで良い方だとは言えない。そんな自分がセンスと言われてもいまいちピンと来ない。

「分かった。来週ね」

梅原は用紙をもらうとしばらくその紙を眺めていた。廊下に飾るものとは言っても思いつくのは花びらが無造作に貼られたものだけだ。そんなもの提案したところで秒で却下されるのは明確だろう。

「良い案無いかな」


 放課後、梅原は帰り道にある書店に立ち寄った。丁度絵画や風景写真の本が並んでいる。ここから何かインスピレーションを得られないか探していた。

「・・・マグリット、なんか変な絵」

梅原はマグリットの絵画が収められた書籍を手に取った。だがどれも彼女にとっては理解しがたい内容のものばかりだ。そもそも何故人間の顔が青リンゴになっているのはまるで分からない。

「でもピカソよりはごちゃごちゃしてないかな」

梅原は色彩の多い絵があまり好みではなかった。特にピカソの作品はそう言った傾向が強いのでいまいち好きになれなかった。だがマグリットの作品は理解不能だが嫌いにはならなかった。むしろここまで自由にやっても良いのだと気づかされたような気がした。

「人の子・・・」


 鳥井は帰る支度をしているといつものように星野から声をかけられた。

「お疲れ。そう言えばお前も露店だったよな?」

「ああ。でもどうする今年?もう焼きそば作るの嫌なんだけど」

「だからさ、今年はどっかから買ってきてそれ売るってので良いんじゃない?先輩達も去年サブウェイ売ってたじゃん」

「まあそう言うのが楽かぁ。ていうかそう言うのってどうやって買えばいいの?俺よくわかんねえ」

そんなことを話しながら二人は廊下に出た。鳥井としてもここ数週間部活に集中していた為いまいち学祭に向けての気持ちが湧かない。そのため露店で何をしたら楽しいかいまいち発想が湧いてこないのだ。

「とりあえず、今週の高体連終わったら考えよう」

「それもそうだな。今年こそ準決勝行ってやらあ!」

星野は自身を鼓舞するように言い放った。その様子を見て鳥井は昼頃大西に言われたことを思い出した。

「真剣さ・・・」

その言葉を思い出し、鳥井も少しやる気が湧きてきた気がした。

「それじゃあ、俺は全道目指すかぁ!」

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