クラフターの意地

 廃都市における魔獣は、機械の体であることが多い。この手の魔獣は、放棄された家屋や人工物に魔力が溜まり、変化したものだと言う。しかしながら、日本では機械系の魔獣はほとんど見られない。日本の国土の七割が山林を占めているため、植物や獣系の魔獣が、どうしても多くなるのだ。魔災の際には、これらの魔獣に交じって、数匹いる程度である。


 しかし、それすなわち、注目するに値せず、というわけではない。植物系の弱点である火炎、獣系の弱点である斬撃、そのどちらにも高い耐性を持っている機械系の魔獣は、魔災における最悪のアクセントとして機能してしまう。魔災における被害の多くが、この機械系魔獣の処理が遅れ、避難所に入り込まれてしまうことで起きているのだ。


「ずいぶんと、賑やかな鳥の群れだな」


 俺は、夕日に染まる森の奥から聞こえてくる、金属と何かがこすれ合う、ガシャガシャという不快な音を聞いていた。その音は、徐々に、しかし確実に大きくなり、今まさに、鉄の暴力がこちらへ押し寄せているのを、肌で感じてしまう。


「いいか、みんな! 魔獣が空堀に突っ込んできたら、電磁玉をありったけぶつけるんだ! 同じところに投げても意味がないから、他の奴の着弾点をよく見て、散らすように投げろ!」


 機械系の一般的な対処法は、EMPを発生させ、その回路を焼き切ることだ。それに用いられるものが、先ほど、生徒たちに手分けして作らせていた電磁玉である。ある程度の範囲に効果があるので、あまり重ならないように当てられれば、ベストだ。即席で作った、セーフゾーンと森の間の空堀で、一瞬でも時間を稼げれば、その間に、電磁玉がEMPをまき散らし、敵の足を止められるはずだ。


「抜けてきた奴は、何とかしてコアを探し、そこを破壊しろ! 武器に電気の魔法を付与させれば戦いやすいから、忘れるなよ! あと、味方には、電磁玉を絶対に当てるな! 下手すりゃ、一発でリスポーン送りになるぞ!」


 もし、電磁玉を用意できない場合は、武器に電気を纏わせながら攻撃し、動きが鈍くなったところで、弱点であるコアを破壊するのが定石だ。電気は、植物や獣系の魔獣にはほとんど効果がないから、頭の切り替えができないと、やられてしまう。


「最後に、雪山からゴーレム系の魔獣が降りてきている可能性がある! こいつは、打撃武器か魔法でやるしかないから、絶対に気を抜くなよ!」


 俺が最後の指示を叫び終えた、その時だった。

 森の木々が、なぎ倒される。

 最初に姿を現したのは、四足獣の形をした、狼のような機械の魔獣だった。だが、一体ではない。その後ろから、蜘蛛のように多脚を持つもの、蛇のように地を這うもの、そして、鳥の形をしたものまで、ありとあらゆる、おぞましい鋼鉄の軍勢が、夕日を浴びて、その体を不気味に鈍く輝かせながら、姿を現した。


「――撃てぇッ!」


 誰かの絶叫にも似た号令を皮切りに、戦いの火蓋が、切って落とされた。

 機械の軍勢は、空堀の手前で、一瞬だけ、その動きを止める。

 その、完璧な好機を、俺たちが見逃すはずがない。

 生徒たちが、一斉に、手にした電磁玉を、その群れの中へと投げ込んだ。

  青白い光が、あちこちで炸裂し、バチバチという、嫌な放電音が響き渡る。EMPの効果を受けた機械獣たちが、火花を散らしながら、次々と、その機能を停止させていった。


 しかし、後続の魔獣の群れは、機能停止した仲間の「屍」を、何の躊躇もなく乗り越え、こちらへと押し寄せてくる。それだけではない。中には、停止した仲間のパーツを、自らの体に吸収し、より巨大で、より凶悪な姿へと「アップグレード」していく奴らまでいる。

 それでも、俺たちは、ひたすら電磁玉を投げつけ続けた。機械系の魔獣は、まだ、かろうじて、空堀を越えられずにいる。だが、その堀も、破壊された機械獣の残骸で、徐々に、徐々に、埋め立てられてきていた。


「堀が埋まってきた! 全員、第二防衛ラインまで少し下がれ!」

『防壁側から、湿地帯の魔獣を確認! 砲撃隊は射程距離に入るまで、絶対に撃つなよ!』


 斎藤からの無線が、戦場の喧騒を突き破って、電磁玉を投げ続ける俺の耳に届く。

 今やこのセーフゾーンは、東西から二つの軍団に挟み撃ちにされている状態だ。どちらか一方でも、この防衛ラインを抜けられたら、リスポーントーテムは破壊され、ここは、本物の地獄と化す。


 その、絶望的な状況の中。

 一体の巨大化した機械獣が、ついに堀を乗り越え、味方の戦列へと突っ込んできた。その巨大機械獣と対峙した生徒は、運悪く両手剣使いだった。何合も打ち合うが、全く効果が見込めない。もはやこれまでかと、大きく弾き飛ばされた生徒へ、一条の光が差した。


「――【星の導き】!」


 桃瀬の声だった。

 彼女の周囲を、三色のオーブが衛星のように高速で回転している 。彼女がそのうちの赤く輝くオーブに指先で触れると 、そこから、一筋の赤い光線が放たれている 。


 光線は機械獣と対峙していた、先ほどの生徒の剣に突き刺さる。すると、その剣はまるで溶鉱炉のように、灼熱のオーラを放ち始めた。


「うおおおおおっ!」


 バフを受けた生徒が、雄叫びと共にその剣を振り下ろす。灼熱の刃は鋼鉄の装甲を、バターのように切り裂き巨大な機械獣を、一撃のもとに葬り去った。

 

 桃瀬は、休む間もない。

 今度は別の生徒が、敵の攻撃を避けきれずに、体勢を崩す。そこへ、緑のオーブから翠色の光線が放たれ、その生徒の体を包み込んだ。すると、彼の動きはまるで早送りのように、あり得ないほどの速度へと加速し、迫りくる死の刃を紙一重で回避してみせた。


 彼女は、戦場を舞っていた。

 次々と、的確に戦況の最も危険な場所を見抜き、そこへ、希望の光を届け続ける。

 俺が作った、あの『三連星の予見オーブ』は、今や彼女の体の一部となり、この絶望的な戦況を、一人で支えきっていた。


「――ゴーレムだ! クソッ、雪山から降りてきた、ゴーレムが混じってる!」


 誰かの絶望に満ちた叫び声に、俺ははっとそちらへ目を向けた。

 確かに、それはゴーレムだった。体躯は雪山で見た氷結ゴーレムほどではないにしろ、弱点らしい弱点がほとんど存在しない、あの忌々しい魔獣。電磁玉が効かない、純粋な物理の塊がこの乱戦に混じってくるとなると、厄介極まりない。

 近くにいた大槌を構えた生徒が、果敢に殴り掛かりゴーレムの右腕を大きく損壊させる。しかし、それは致命傷にはならず、残った左腕を振り回した反撃がその生徒を容赦なく殴りつけた。ゴーレムもまた、弱点であるコアを破壊しない限り、その動きは止まらないのだ。両腕を破壊したところで、今度は捨て身のタックルが迫ってくるだけだ。


 そして、そのゴーレムは一体だけではなかった。機械獣の群れの合間から、次へ、次へと、その鈍色の巨体が姿を現し始めていた。

 桃瀬のオーブから放たれる、色とりどりの光線が、戦場を必死に飛び交う。だが、このゴーレムの群れが本格的に前線に加われば、彼女一人では、到底手が追い付かなくなるだろう。


 そう誰もが、絶望を予感した瞬間だった。

 桃瀬が放つ、赤、青、緑の光線に交じって、一本の、白金の閃光が戦場を駆け抜けた。

 レオナだ。


「――はぁっ!」


 短い気合と共に、彼女は一体のゴーレムの懐へと、弾丸のように踏み込んでいた。

 その身にまとった、白銀の決戦礼装『聖獅子の戦躯せんく』が、夕日を浴びて神々しく輝く。

 ゴーレムが振り下ろす、岩の拳。それを、レオナはまるで柳のように、しなやかに、そして、最小限の動きで回避する。すれ違いざま、彼女の手に握られた『聖獅子王の棍杖』が、振り下ろされる。

 狙うはただ一点。ゴーレムの胸の中心にある、魔力の源泉――コア。

 ゴッ、という、硬い、乾いた音。

 次の瞬間、ゴーレムの巨体はその動きをぴたりと止め、内側からまばゆい光を放ちながら、塵となって崩れ落ちていった。


 だが、彼女は止まらない。

 一体目を仕留めた、その勢いのまま次のゴーレムへ。

 その動きは、もはや、俺の動体視力ですら残像しか捉えられない。

 白金の閃光が、戦場を縦横無尽に駆け巡るたびに、一体、また一体と、ゴーレムの巨体がその命の光を失っていく。

 他の生徒たちが、数人がかりで、ようやく一体を足止めしているというのに。彼女は、たった一人で、その数倍の速度でゴーレムの群れをただのガラクタへと変えていく。


「ああ、くそ! いいなぁ!」


 俺は無意識に毒づいていた。

 男なら誰だってあのレオナのように、戦場の主役になりたいと思うだろう。いや、それどころか、悔しいが俺はレオナのことが、多分、好きなのだ。できることなら、あの白金の閃光の隣に並び立ちたい。

 だが、今の俺にできるのは、後方からひたすら電磁玉を投げ続けることだけ。まるで、名もなきモブのように。


 その、レオナの閃光に一本の黒い影が寄り添う。土田だ。

 彼は、レオナが切り開いた道を影の如く滑り抜け、彼女の死角となる部分の魔獣を、的確に、そして、効果的に処理していく。

 二人の連携は、もはや、芸術の域に達していた。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 俺の口から、再び、悪態が漏れる。

 自分でも、この感情が何なのかよく分からない。ただ、今のこの無様で狂った顔を、チームの誰にも見られたくはない。それだけは確かだった。

 視界の端で桜井たちが、弓矢で機械獣とゴーレムのコアを、交互に射抜いているのが見える。せめて、俺にもあの程度の活躍ができたら。


 分かっている。これは、無いものねだりの醜い嫉妬だ。

 今、この戦場で最も不要な感情だ。

 嫉妬なら、全てが終わった後でいくらでもすればいい。

 今は目の前の敵を、俺のやり方で殺すことだけに集中するんだ。


 俺は手を休め、一度、目を閉じた。

 そして、再び開いた時。俺の頭から、先ほどまでの醜い感情は完全に消え、クラフターとしての、冷徹な思考だけが残っていた。

 戦場を、俯瞰しろ。

 敵の動きを、読め。

 味方の配置を、把握しろ。

 そして、勝利への、最も合理的な、最短ルートを、導き出せ。


「クラフトには、素材が要る」


 思考が、繋がる。


 素材なら、あるじゃないか。そこに。目の前に。機械獣の残骸。ゴーレムの瓦礫。それは、ただの屍じゃない。俺の作品になるために、わざわざこの場所に集まってくれた、極上の鉄と、石と、魔力の塊だ。ああ、そうだ。お前たちの素材は全部、俺が最高の形でリサイクルしてやるよ


 俺は愛用の棍棒を握りしめ、駆け出した。そして、無線で絶叫する。


「全員、空堀から離れろ! 桃瀬、俺に、ありったけの移動速度バフを掛けろ!」


 俺の言葉に応えて、桃瀬から極太の翡翠の閃光が放たれ、その光が俺の体に突き刺さった瞬間、周囲の景色が後ろへと吹っ飛んだ。

 俺はその急加速に耐えながら、棍棒の先端を、地面に強くこすりつけ、空堀の端から端まで、巨大な設計図を描くように、一本の線を引いていく。一発勝負だ。線の引きミスは、許されない。あまりの速度と摩擦に、棍棒の先端が地面で削れ、徐々に短くなっていくのが分かる。


 空堀は、もはや魔獣の残骸で埋め立てられ、その機能を失っていた。その上を徒歩で次々と魔獣たちが乗り越えてくる。渡り切ったその先では、生徒と魔獣の激しい戦闘が繰り広げられていた。


「――道を開けろぉぉぉっ!」


 俺の喉が張り裂けんばかりの叫び声。その声に驚いた生徒たちは、後ろへ飛びのいて道を開けるが、今まで戦っていたゴーレムが、どくわけがない。大声を上げて近づいてくる俺を、新たな敵と認識したのか、その巨大な腕を振り下ろし俺を叩き潰そうとしてくる。

 避けられない。いや、そもそも、避ければこの線が、歪んでしまう。

 俺は意を決して、さらに速度を上げ叫んだ。


「レオナァァァッ!」


 俺が彼女の名を叫んだ瞬間。

 一瞬、世界がスローモーションになった。

 振り下ろされる、ゴーレムの拳。それを、横から、白金の閃光が撃ち抜いた。


 レオナだ。

 

 そして、彼女のしなやかな回し蹴りが、ゴーレムの頭部を完璧に捉え、その巨体を、俺の前方から吹き飛ばすように排除する。

 一瞬だけ、レオナと目が合った。

 彼女が不敵に笑った気がした。


 すぐに、世界の時間は元に戻る。俺は、線の描画作業を続行した。レオナと土田の気配を、すぐ近くに感じる。前方の魔獣が、白金の閃光によって排除され、側面の魔獣が黒い影によって、次々と潰されていく。


 ようやく、最後の一線を引き終えた俺は、ただの柄だけになった棍棒を投げ捨て、地面に描いた巨大な設計図の中心に、両手をついた。そして、魔力を高めるため、即席の詠唱を行う。


「――喰らえ。そして、喰らい尽くせ。万物を噛み砕く、奈落の咢よ、今、ここに顕現しろ! 【巨大クラフト】――アース・シュレッダーッ!」


 大地に刻んだその線に、俺のありったけの魔力を流し込む。膨大な魔力が、手元から、ごっそりと吸われていく感覚。俺は、アイテム袋から、ポーションを噛み砕くように、何本も飲み干し回復を続ける。俺の無防備な体を狙って近づいてくる魔獣は、レオナと土田が、その全てを蹴散らしていた。


 やがて、魔力が全ての線に行き届いた感覚が来た。


「全員、空堀から、今すぐ逃げろぉぉぉっ!」


 ボフンッ! という、今まで聞いたこともない、特大の成功音が鳴り響き、巨大な白い煙が、空堀全体から、天高く、立ち上る。


 煙が晴れた後、そこに現れたのはもはや堀ではなかった。

 空堀の中にあった、おびただしい数の機械獣とゴーレムの残骸。それら全てを素材として喰らい尽くし、無数の巨大な鋼鉄の牙がまるで巨大な顎のように、大地から覗いていた。

 空堀の上にいた魔獣たちが、その牙に次々と飲まれ、断末魔と共に砕け散っていく。そして、その際に放出された膨大な魔力が、シュレッダーをさらに激しく動かし続ける永久機関が完成していた。

 牙を見た魔獣たちは、本能的な危機を察して崖の直前で立ち止まる。だが、セイレーンの統率下にある軍団は止まることを知らない。後続が前方の仲間を、無慈悲にその奈落へと押し出していく。


 その光景を見て、気の利くクラフターたちが即座に動いた。彼らはシュレッダーの終端部分を、土壁で囲い、魔獣たちが確実に落ちていくよう、誘導路を作り上げていく。


 それは、大地そのものが、巨大な破砕機シュレッダーへと姿を変えた、あまりにも、おぞましくも、美しい光景だった。

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